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この崩壊した砂漠は残酷で美しい  作者: 桔梗ちゃん
崩壊砂漠 第一話 【出会い、別れ】
16/21

その16

ブクマ登録ありがとうございます……!

第一章もおかげさまでクライマックスでございます。


瓦礫に埋もれたズーガの町。 埋もれている階段に通れそうな隙間を何とか見つけながら、俺たちはアレックスの背中を追っていく。


 必死になってどんどんと先へと進んでいくアレックスの様子は、落ち着きがなく。 何度も瓦礫に身体をこすらせながらも自分の家があった場所まで進む。


 俺たちがアレックスの家に着いた頃には、数十分は経過していた。


 懸命に進んでいくアレックスが不意に足を止める。


 少しだけ瓦礫の量は少なく、10人ほどが立てる程度には空間が開けていた。

 そこが家だったのだろうか、たったの数回しか見ていない俺では、そこに家があったのかすら分からなかった。


 全壊した完全に瓦礫の下敷きになった家。

 思い出が、暖かかった居場所が崩れ去っていた……


 「ママ!!!」


 アレックスがすぐに瓦礫をかき分けながら何度もアンジュさんの事を呼ぶ。


 瓦礫の下から、アンジュさんの掠れるような声がした。


 「あ…… アレ…… ックス…… なの……?


 良かった、まだ生きている。

 アレックスは震えた声で言う。


 「ママ! 今出して上げるから!」


 声のした方の瓦礫を必死にどかそうとする。

 とても大きな瓦礫に埋もれているせいで、アレックス一人では持ち上がる気配はない。

 俺は今にも泣き出しそうなアレックスの顔を見つめて安心させるように言う。


 「俺も手伝わせてくれ…… 少しとはいえ世話になったんだ。 これぐらいはしたい」


 そう言いながらアレックスと一緒に持ち上げようとするも、まだ力が足りないのか僅かばかり瓦礫が浮いただけでそれ以上持ち上げるのは難しかった。

 不意に、俺とアレックスの隣によそ者達が来る。


 「……私も手伝う。 私も…… 幸せを掘り起こす者の端くれだから」


 貧乏さんが自身の銃を地面に置き、助力してくれる。

 またわずかに瓦礫が持ち上がった。


 「なにやってんだ?」


 その様子を見た魔道士くんは、アンジュさんの声が聞こえていなかったのか、必死に瓦礫を持ち上げている俺たちをみて不思議そうにする。

 俺は隣で涙をこらえているアレックスの顔を一度見てから魔道士くんに言う。


 「見て分からねえのかよ……! アレックスの母親が、この下で埋もれてんだぞ!!」


 俺は怒鳴るように魔道士くんに言い放つ。

 魔道士くんは驚く様子もなく、分かった。 とだけ言って手伝ってくれる。


 黄色ちゃんを担いだ皮肉マスクも俺たちの側へとくる。


 「まさか生きているとは、君は実に悪運は強いようだね。 微力ながら、私も手を貸そう。 今は片手しか使えないがね…… ウィンダ君、そろそろ一人で立てやしないかね?」


 そうウィンダ…… もとい黄色ちゃんに皮肉マスクが、ヒールポーションを器用に飲ませる。 

 痛みに僅かばかり顔をしかめた後、黄色ちゃんは皮肉マスクに降ろされる。


 「なんとか立てるよ…… うん。 まだ身体が痛いけどね」


 そう言って二人も力を貸してくれた。

 


 俺たちはアンジュさんの声がする方へと瓦礫をどかす。

 どんどんと、どかしていき、不意にひとつの瓦礫を持ち上げた時。 ヌルリと手に何かが俺の手に付着する。





 ――――血




 暖かな血が、アンジュさんの声のする方向から流れ出てくる。


 「ごめん…… なさい…… ね。 お母…… さん…… 逃げ…… 遅れちゃって」


 アレックスが口を両手で覆いながら信じられないような弱々しい声で言う。


 「そんな…… 嘘……」


 うつ伏せの状態で下半身が完全に瓦礫の下敷きになった、アンジュさんの姿があった。

 内臓のいくつかがやられたのだろう。 外傷の血と、喋る度に血の咳をしている。

 そんな状態だと言うのに、懸命にアレックスに話しかける。

 まるで安心させるかのように、なんでもないように。


 「でも…… ね。 ほら、忘れ物…… しちゃ…… だめじゃ…… ない」


 アンジュさんの腕の中には、脱ぎ捨てたアレックスのマスクと作業服があった。

 アレックス以外の、俺を含めた全員が一歩下がり、黙って二人を見る。


 「ママ…… そんなもの持ってまで…… そんなものよりママのほうが大事なのに……」 


 アレックスは膝を付き、震える両手でアンジュさんの頬に触れる。

 アンジュさんはそっと。 頬に触れたアレックスの手に自分の手を上から重ねる。


 「あぁ…… 見たかったな…… 最後にアレックスの、かわいい…… 笑顔を」


 既に目は見えなくなっているのか、アンジュさんの閉じた瞳から、血の涙が流れ落ちる。


 「ごめんねママ…… 晩ごはん一緒に食べるって言ったのに…… 約束守れなかった……」


 懺悔するように、ぷるぷるとアレックスの肩が震える。

 アンジュさんは、首をゆっくりと振って否定する。


 「いいのよ…… アレックス」

 「ママ見たがってるのに、私どうしても笑えない……! ごめんね……。 ごめんね…………!!」


 アレックスの瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。


 「嫌だよ……。 せっかくこれからだったのに。 ブルームーンも手に入れて、そのお金でもっと良いお家にママと住んで。 もっと世界の色んな所を見て回るそのはずだったのに……」

 「お母さんも…… お母さんもまだ一緒に…… いたかったなぁ……」


 アンジュさんはかすれた寂しそうな声で自分の頬に触れられた、アレックスの手を撫でる。


 「おいて行かないでよ……。 私ママがいないと何もできないよ。 何もかも、ママが待っていてくれるからできたのに」


 今にも声を失いそうな嗚咽混じりになんとかアレックスは伝えようとしている。


 「大丈夫…… 大丈夫だから…… もう…… 十分…… 立派になった、わよ……」


 アンジュさんはゆっくりと両手をアレックスに伸ばす。

 伸ばされた両手は優しくアレックスの頬を引っ張る。


 「だからね……? 笑顔…… よ……」


 アンジュさんはそう言うと、にっこりと笑った。


 「少しだけ…… 早いけれど…… お父さんのところに、先に行ってる、わ…… 大好……」


 言葉を言い切る前に、グッタリと力なく垂れるアンジュさんの腕。

 アレックスの思い出が、故郷が、居場所が。

 なにもかもがたった一瞬で崩れ去ったのだ……


 「ママァァァアアッ!!」


 アレックスは頬から落ちようとする手を強く握り、あらん限りの力で叫ぶ。




 その呼びかけに、もうアンジュさんは笑いかけてくれることは無かった……。




 「いやはや、やはり彼女は運がいいな。 母親との最後に顔を合わせ、言葉を交わすことができたのだからな。 ……もっとも、今の彼女には私でさえ言えそうにないがね」


 アレックスには聞こえない程度の大きさで、一人呟く皮肉マスク。

 

 「……親なくしはいつ見ても気分が良くないよ? なんで、ああいうふうになるのかはわかんないけどね」


 黄色ちゃんがそう言って、マスク越しで黙祷を捧げる。

 

 「……うらやましいぜ」


 魔道士くんも一言そう言ってアレックスとアンジュさんを見る。


 「……助けられなかった。 命の灯火はいとも簡単に消えてしまう。 こんな非情なこと、こんな理不尽、私は…… 耐えられない」


 貧乏さんは堪えきれず、アレックスの隣に行き、涙を流す。


 俺はその会話を見て、聞いていて。

 自分がもしも神から与えられた力を持っていたら、もしも自分には隠された能力があったのなら。

 アンジュさんを救えたのかもしれない……。


 「こんなの…… 理不尽だ。 なんでアンジュさんが死ななきゃいけないんだよ……! なんで…… なんでアレックスが傷つかなきゃいけないんだ!!」


 自分はただの無力な人間。 何も出来ないし、今のアレックスに何もしてやれない。

 そのことが無性に腹立たしかった。


 アレックスは俺の方に顔だけ振り返り、涙でぐしゃぐしゃなまま縋るように言う。


 「シンヤ……。 あなたの居た世界では、別の世界に来たときに、奇跡の力を貰えるのが普通なんでしょ……? この世界でも、信じられないような治療だって出来るんでしょ……?」


 だから、ママを蘇らせてよ。


 消え入るように言うアレックスに、俺はただ謝ることしか出来なかった。


 「ごめん……。 ごめん……! 俺が、俺が物語の主人公だったら……。 俺が何でも治せる医師だったら……!」


 自分の不甲斐なさ、無力。 見ていることしか出来ない自分に頼ってきたアレックスを見て、俺の心のダムも決壊する。

 アレックスを強く抱きしめる。 強く、強く。 心が痛む自分の傷を埋めるように。

 腕の中で抱きしめられた、まだ子供のアレックスを少しでも慰められるように。

 アレックスも母親が蘇ることはないと分かり、ついに声を上げて泣き出した。


 「……俺、強くなるよ。 もう、こんな悲しいことなんて嫌だッ……! アレックスは絶対に俺が守るから…… ずっと側にいるからッ! ……だから今はアンジュさんの為に泣こう、アレックス」


 マスクを俺とアレックスは着けることも忘れて、何十分、何時間泣いていただろうか。

 アレックスが泣き止んだ時には、可愛い顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 汚染の痛みや息苦しさが、今の俺とアレックスにはむしろ心地が良かった……


 不意に、傷心した俺たちの後ろにアンチフラッドが音もなく後ろに立っていた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

この物語は決して幸せとは言い切れないかもしれません。

ですが私は、それでもこの世界が好きです。

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