夏の終わりと死にたがり
夏休みの最終日
もう、明日から9月だというのに、相も変わらず暑い日だった。
俺は、することもなく、学校も部活も無く、夏休みの宿題も始めの方で終わらせてしまって追加でする気にもなれず、ただあてもなくぶらぶらと近所を歩いていた。
ふと、足が向いた先に公園があった。
この暑さだし、夏休み最終日だし、きっと誰もいないだろうと公園に入ってみると、驚いた事に人がいた。
しかもよく見ると、少し気になってた、けど彼女にも好きな奴がいるらしいと夏休み前に聞いた、同じクラスの女子の小倉 千奈津だった。
話を聞くところによると、彼女も俺と同じく、あてのない散歩をしていたらしい。
そのまま、話をすることになって、近くにあった公園のベンチに座り、少し話をして……段々とそのうちに話題が無くなって……
結局、二人とも黙ってしまった。
これまでもこれからも、今日、この時ほど、話のネタが無くなったことを恨むこともないだろう と思うほど、俺は自分の話のネタの無さを恨んだ。
沈黙のまま、夕暮れに染まった自分たち以外誰もいない公園を眺めていた。
公園に植られている木のどこかにいるのであろう、蝉の鳴き声がよく聞こえる。
改めて、 夏の終わり を実感する。
---突然、彼女は口を開いた。
「私ね? 今まで何度か死のうと思ったことがあるの」
「え?」
俺は、昔から、いつも教室で友人に囲まれ、ニコニコと楽しそうに笑っている彼女の口から飛び出した、そんな言葉に心底驚かされた。
そして、今も彼女はいつもと同じ様に、微笑んでいた。
「え?は?ちょっ、ちょっと待って、いつも、毎日が楽しくて仕方ないみたいな感じなのに?」
「んー……確かに、楽しいのは楽しいんだけどね?………」
彼女はいたいところと突かれたのか、少し困った顔になり苦笑いをすると、ベンチに手をかけて体を反らせ、少し足を上げてぷらぷらと揺らした。
「……楽しいのは楽しいけど………なんだろ…今、少し先の未来が不安で、不安で、たまらなくて…今世より、早く来世に生きたい、って思うようになったと言うか…何というか………」
「へー」
「うーん…できることなら早めに死にたいかな……」
俺は、ただなんとなく相槌を打つことしか出来なかった。
「…でも」
そう呟いて、彼女は揺らしていた足を止め、浮かせたままの足先を見ていた。
「でも…不思議なんだよね……こんなに今世に未練なんてないやって思ってても、なぜか死ねないだよね………」
そう言うとこちらを向き、「不思議でしょ?」と小さく首を傾げてまた微笑んだ。
「ねえ、上村君『自己防衛本能』って知ってる?」
「じこぼうえいほんのう?」
なんだか難しそうな言葉が出てきたことで、俺は顔をしかめた。
「うん、生き物に備わってる、自分を守るためのものなんだけど……自殺ってね?痛覚とその自己防衛本能が厄介なの」
「はぁ…そうなのか……」
そんな感じで俺が生返事をしていると、彼女は「うん、そうなの」と言って座っていたベンチから、勢いをつけ、飛び上がる様にして立ち上がった。
そうして、俺から少し離れた所に立った。
「例えば、こうやって、自分で自分の首を絞めるとする」
そう言って彼女は先程と変わらない表情で、彼女の両手で彼女の首を絞め始めた。
「え?は?ちょっ……」
俺は慌てて止めに入ろうとしたが、彼女は俺からまた離れて同じ様に、いやさっきより力を入れて、自身の首を絞め続ける。
徐々に彼女の細い指が彼女の白い首に食い込んでいく。
さすがにこれ以上はいくらなんでも止めなければと思った時、彼女表情が少し歪み、彼女の手が首から離れた。
手が首から離れると、彼女は少しむせて咳をし、二回ほど深呼吸をすると、悪戯がバレた時の子供の様な感じで、呆気にとられていた俺に向かって首を傾げ、「ね?」と言った。
「だから、自らを殺すって難しいんだよね………」
ウンウンと、一人で頷いている、彼女の首にはくっきりと指の跡が残っていて、どれだけの力で首を絞めたのかを物語っている。
「首、大丈夫なのか?」
「?…ああ、大丈夫、大丈夫、気にしないで、慣れてるから」
「いやいや、こんなことに慣れてても………」
心配してる俺を他所に、当事者の彼女は構わずに続ける。
「他の方法、例えば飛び降りは実際には、ビルの7階から飛び降りないと確実には死ねない、毒は入手が困難だから無理、飛び込みは死んだ後、お金の問題が発生するから良くないし……死んだ後まで迷惑は掛けたくないわ………」
そして、彼女は一つため息をつくと、「それでね………」と言った。
「それで、こんな感じで消去法をしていくと、最終的に残るのやっぱり、病死か、老衰なのよね…まあ、つまりこのまま最後まで生きるのが、私にとって一番いい死に方なのよね………」
そう言うと、彼女はまたにこりと微笑み、
「上村君、こんな変な話、最後まで聞いてくれてありがとうね」
と言った。
その笑顔は、とても綺麗だった。
………………だから
だから、俺は不思議な彼女の本音を聞いて、この笑顔を見た時、自分も言わないければ、と思った。
誰にも言ってない本音、きっと意気地なしの俺は、今を逃せばきっと言わないまま消してしまうであろう本音を。
「いいよ、俺は小倉の事が好きだから、最後まで聞いていたわけだしさ」
ちょっと照れ臭くなって、最後の方はぶっきらぼうになってしまった気がするが、言えた。
「さて、暗くなる前に帰ろうか、明日は始業式だし」
そう言って、誤魔化す様に、公園の出口へと向かった。
彼女は無言だった。
公園の出口に向かう気配もない。
「小倉?」
彼女の様子を不思議に思って、彼女の方を見ると、彼女は先程から固まっていた。
そしてようやく、ぎこちなくこちらに顔を動かして言った。
「ね、ねえ、上村君、どうしよう……私…………私、死にたくなくなっちゃった」
〜Fin〜
〜作者のつぶやき、独り言・蛇足〜
上村君が小倉ちゃんに好きな人がいると聞いて諦めた様に小倉ちゃんも上村君に好きな人がいると聞いて諦めた様です。