その12
アイヴィーは歌いながら感じていた。
こんなことになるなんて。
こんな気持ちになるなんて。
自分が想像した、どんな結果とも違った。
求めたり否定したり。
悲しんだり憎むマネをしたり。
今日まで、いろんな感情で、幻を追いかけてきたけど。
たった一曲で、そんなもの全てを吹き飛ばしちゃった。
他のシチュエーションだったら、泣いていただろうな。
でも、違うんだ。ここでは違う。
“アイ ワナ シング、ジャスト ライク オン ネイチャー”
違うといえば、あれっ?
最前列の客の動かしてる口と、自分が歌ってる歌詞、ひょっとして違う?
アイヴィーが思わずママの方を振り返ると、彼女はイタズラっぽく笑って舌を出した。
違うみたい。じゃあ、ママは合わせてくれてるのかな?
ラフィンのも、ホントに知ってるのかな?
ま、いいや。
歌詞なんかより大事な気持ちが入ってるんだ。
“オー ウェン ダ セインツ、ゴー、マーチニング、イン”
二人は満面の笑顔で歌い切った。
そう、ここはステージの上。
彼女たちの、生きる場所。
喜びも悲しみも、楽しさも苦しさも、すべては歌に乗せて表現できるところなんだ。
涙なんか出るわけない。
動揺なんかするわけない。
今ここは、アタシのステージ。
…ううん、違うな。
アタシだけの、じゃないや。
「ワンモアタイム!」
ママが高らかにそう叫んだ。聴衆は手を高々と上げて歓迎した。二人だけでなく、みんなの声が狭い店内にこだました。
“オー ウェン ダ セインツ、ゴー マーチニング イン、オー ウェン ダ セインツ、ゴー、マーチニング、イン…”
この曲が終わったら。
このステージが終わったら。
きっと、涙をこらえることはできないだろう。
もう感情を抑えることはできないだろう。
「幌馬車」の、ママ。
ママ。
ママ…。
でも、今は。
ステージの上では、ただの、二人の歌い手。
共に歌を取り上げたら他には何も残らない、生粋の歌い手。
その再会は、やっぱり歌で飾るのが相応しいから。
終わらない“聖者の行進”に合わせて。
親子はいつまでも声を重ね合わせ、この世界中で二人にしか作り出せないハーモニーを奏で続けていた。




