その11
聖者の行進。
知ってる。
知ってるよ。
だって、それ…。
“聖者が街にやって来る”でしょ。
ラフィン…でしょ!
アイヴィーはママの方を振り向いた。
彼女は相変わらず、優しい顔でこちらを見ている。
これって偶然なの?
それとも、分かってて選んだの?
この曲を、有名なパンク・バンドがカヴァーしてるってこと。
日本のパンクスたちにとっても、馴染みのある曲だってこと…。
知ってたの?
アイコンタクトの返事代わりに、バンドが奏でる陽気なメロディー。
“聖者の行進”が始まった!
アイヴィーが聴き慣れているバージョンとは、ずいぶん違うリズムに少し戸惑う。ここで曲を止めちゃったら、せっかくのいい雰囲気がぶち壊しになる。
そんなアイヴィーをフォローするかのように、ママが隣に進み出た。ごく自然な動作でリズムを取り、優しく腕を差し出して歌い出しを促す。その意味を、聴衆には一切気づかせないような控えめなしぐさ。
まるで、我が子を陰から支える…。
“オー ウェン ダ セインツ、ゴー マーチニング イン…”
その場にいた全ての人々は、アイヴィーの歌声に感嘆のため息を漏らし、お互いの顔を見合わせ、そして笑顔になった。
彼女の歌声は若さに満ち溢れ、力強くフロア全体に響き渡る。
ママの円熟した声に対する、エネルギーに満ちたフレッシュな声。
本来なら対極に位置する声質だけど。
二本の花は、同じ根っこから生えている。
聴けば誰でも、すぐに分かる根っこが。
アイヴィーは1パートを歌い切った。
“この先は、元の歌詞を知らないんだけど”
そんなアイヴィーの不安を拭ってくれるかのように、バンドは間奏を奏で始める。トランぺッターの男がニッコリ笑って、こっちに親指を立ててきた。
“まさか「俺の街は…」って歌うわけにもいかないしね”
アイヴィーは思わずニヤリとしながら、また隣のママを見た。
彼女もニッコリと微笑んでくれた。
もはや言葉は必要ない。
どんな言語よりも伝わる手段を、二人は共有しているから。
ママがステージの前に進み出た。
それを受けてアイヴィーはやや後ろに下がる。
フロアは先ほどから、割れんばかりの拍手と喝采に包まれている。聴衆は熱狂し、今夜一番の盛り上がりをみせる。
それは飛び入りで歌った新人歌手が、思いがけず美声を発揮したから、というだけじゃなくて。
彼らが聴いているのは、同じ遺伝子の歌。
“”アップ ウェア ダ ストリーツ、アー ペイヴド ウィズ ゴールド…“
アイヴィーは、遅まきながらやっと理解した。
どうしてママが、アイヴィーを目の前にして平静を保っていられるのかを。
そして、今は彼女の歌声を再び耳にしても、自分自身も気持ちが揺れることはない。涙が込み上げることもない。
それは当然のことなんだ。
ママは2パート、そして3パートまでを歌い切り、アイヴィーの背中をそっと押すと、二人はともにステージの中央に進み出た。
アイヴィーはちょっと考えたが、どのみち1パートしか知らないんだ。堂々と歌えばいいだけ。
間奏の終わりとともに、マイクに向かって歌い出す。
そこに、もう一つの声が重なった。
“オー ウェン ダ セインツ、ゴー マーチニング イン…”
高いキーで歌うアイヴィーに、ママが低いキーで合わせてきた。二人の声が重なり、息のピッタリ合ったハーモニーが生まれる。
その瞬間、アイヴィーは…いや、二人は十数年前に戻っていた。歌唱教室で習った歌を得意げに披露する少女と、その出来を褒めながら反復練習をする女性に。
観客たちはいっせいに立ち上がり、これ以上ないという拍手を送った。心からの、スタンディングオベーション。
涙を流している女性もいた。
今夜は間違いなく、「幌馬車」がオープンしてから今までで一番、特別な日に違いないのだから。
そんな夜に立ち会ってしまったのだから。
みんな、このステージを生涯忘れることはないだろう。




