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そのさん

―●●さん、なんでこの判断を下さなかったの?普通に考えたらできるでしょ?

――すいませんでした。


 私を怒っているのは、朝一番に会った先輩。彼女の言っている内容はごもっとも、と思いつつも、押し付けられる雑務さえなければ、その事を考える余裕もあったのだけれど、とふと思う。だが、彼女の性格上、言い訳など一言でもしたら逆上しかねない。

 それに、彼女は言い訳したところで、すべてを論破できるほどに経験と知識があった。つまり、雑務など、はっきりと『できない』と断ればいいのだ、と言うに違いないのだ。

 だけど、職場で一番年下の私が、一回りどころか二回りも三回りも年上の者達の言葉を断る事等できるのだろうか?いいや、今まで断ろうとしたこともあったが、体の調子や自分の立場が上な事―歳を武器に強情に押しつけてきた。奇跡的に断れても、その後で、言う事に逆らう後輩としての噂を広めただけだ。まるで、姑が近所に嫁の悪口を広めるかのように。


 だから、私は、ただただ申し訳なさそうな仮面をつくり、朝一番の先輩に、頭を下げ続ける。何故か心は無感情なまま。

 だけど、彼女はそれを許さない。彼女は職場で一番有能だった。上司からの期待も高い。そして、その代わり彼女にかかるプレッシャーも相当なものだった。


 その日頃のプレッシャーの鬱憤を晴らそうと言わんばかりに、彼女は今先程犯した私の失敗以外にも、w私の日頃の態度や仕事上の見落としをちまちまと責める。そうして、存分に、自分の鬱憤を晴らせる機会―私と言うサンドバックを好きなだけ殴れる機会を逃さない。




―自分で勝手に判断して、仕事しないで!分からないことがあったら、聞いて!

――すみませんでした。

『聞いたら、ため息をついて盛大に呆れてみせる癖に』



―こんな事まで、いちいち聞いてこないで。自分で状況を見て判断しなさい!

――すみませんでした。

『聞きに来いっていったくせに』



―この仕事、●●さんに、どうして任せたの。朝からずっと見ていたけど、●●さんが先に覚えるべき仕事は、こっちの仕事でしょ!

――すみませんでした。

『自分で状況を見て判断したのに。それに最初からずっと見ていたのなら、どうしてその時に言ってくれないの?間違っていると思ったのなら、その時に一言かけてくれれば。どうせ、存分に怒れるネタを貯めにためてから、怒りに来るつもりだったんだろうけれど』




 私は、無表情に仮面を張り付けつつ、ただただ頭を下げる。頭を下げるその度に、何かを思った気がするが、私は無視をする。


 そして、相手の表情の細かな変化を見つつ、適切と思われる仮面―申し訳そうな仮面、『失敗しちゃった、えへへ♡』的なへらへらした仮面、反省しすぎて傷ついたような仮面―をとっかえひっかえ顔に貼り付け、ただただ頭を下げる。

 彼女は、私の反応―表情を見て、ひとしきり満足できれば、すぐにどこかへ行ってくれるだろう。だから、私は、無表情になりそうな顔を必死で、彼女の満足のいく表情の仮面へところころと作り変える。


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