71.5話 収穫と篝火の日
ハロウィン記念になる筈でした(果たされなかった約束)
11月1日。通称・収穫と篝火の日。
日を重ねる毎に秋が深まり、冬が到来を実感するこの日は、収穫を終え一息付くための祭りの日であった。
それと同時に夜が長くなり闇が増えるこの季節では篝火を焚き、邪悪な物を払うという意味を兼ねて篝火の日でもあった。
神話を紐解くと、勇者がこの日に仲間や民達の遺体を篝火で燃やし上げたという伝説がある。これにより二つの大陸では火葬が主流となっていると主張する学者もいる。
多くの者は、貴族も平民も区別なく、この収穫と篝火の日を祝っていた。
だが、そんな日であるにも関わらず、システィーナのサン・ピエルマルコ大聖堂の一室はいささか空気が違っていた。
「まさかガウデン猊下が私めに用があるとは恐縮の限りでございます」
一室にいる者の片方はマルジョリー・マカーリオ=デュヴィヴィエであった。
一室は面談室のようになっており、ソファが2つとテーブルが1つ。お互いの護衛役の補佐官が1名ずつ横に立っている。
時間は昼下がりでありカーテンは閉まってはいないが、薄暗く、蝋燭の火が早くも灯っている。
「そう恐縮するでない。マルジョリー枢軸卿。貴殿も私と同じ枢軸卿ではないか」
そして対面するのはガウデン・ファビアーニ=ゴルディジャーニ。エルディバの神勇教教会の中で伝統派と言われる派閥の第一人者であるとされている。
南方植民地のウエストフェールにおいて多くの影響力と利権を有しており、噂では違法薬物の売買団体とのつながりもあるとかないとかと言われている人物である。
本当は払拭しなければならない悪い噂であるが、その厳つい顔が、物語っているようであった。
そんな人物が今、マルジョリーの目の前にいる。これを緊張せずにどう構えればいいのか。という次第である。
「……時に、マルジョリー殿。貴殿は最近、皇家側室のドラコーヴァ様の長女、オドレイ皇女について調べていると聞くが……」
ガウンデンは静かに、しかし威厳をもって尋ねてみせた。
「オドレイ皇女といえば去年、貴殿がドラコーヴァ家の秘宝の引継ぎの儀に立ち会い、正式に『転生者ではない』と判断を下した人物。いや、転生者かどうかを調べる為に6・7年もの年月をかけて調べ上げた上での判断であった筈。理由をお聞かせ願いたいですな」
続けてガウンデンは話をつづけた。
この一連の言葉に、マルジョリーは驚いていた。
オドレイに探りを入れていたのは事実である。
調査の上で浮上した「オドレイ様は5歳の頃より、急に物静かになり聡明になられた」「と思っていたら筋トレをしだした」「明朝、オドレイ様の所から『体が軽い、もう何も怖くないのじゃああ』という笑い声が聞こえた」などの当時のオドレイを世話をした使用人達の発言に、マルジョリーは引っ掛かりを感じていたのだ。
だが、それだけでは弱かった。少なくとも、システィーナの古巣達を納得させる為の理由としては。
しかし、それを果たして口に出していいのだろうか。いやよくないだろう。という葛藤に、マルジョリーは悩まされる。
その様子を見たガウンデンはフッと笑ってみせた。
「貴殿が言いたいであろう理由を私が言って差し上げましょう。『調査で浮上した疑問点により、オドレイ皇女は転生者である疑いが大であるが、今の教会ではオドレイ皇女を転生者認定できない。だが気になるので調査をこっそりを続けている』。そうでしょう? マルジョリー・M=デュヴィヴィエ枢軸卿?」
「なっ」
まさしくその通りであった。思わず声が出るマルジョリー。
「貴殿の思う処はわかる。 正直に言いますと、私ガウデンは前々から代々の総司教長の方針に、疑問を感じていたのだよ」
そう笑みを浮かべ、語って見せるガウンデン。
「……歴史の話をしましょうか。枢軸卿となられて日が浅くとも、マルジョリー殿にはいらぬ話かと思いますが……」
そう言って立ち上がり、窓へ近づく。
「我々は他国と違いエルディバの神勇教は、創設に転生者が絡んでいます。そう……我々の目的は『転生者の発見・確保・保護』にある」
「……転生者の知識や能力が、我々の世界に悪影響を及ぼさない為に」
ガウンデンの言葉に、枢軸卿としての知識を口にするマルジョリー。
恐ろしい光景である。世界の根幹に関わる重要機密を口にしていたのである。
「そうだ。理由は様々あるが、それが第一の理由なのだ」
ガウンデンは振り返り、マルジョリーを見る。
「しかし、今の教会は、総司教長とその一派の方針により放任主義・放置主義・楽観主義に毒されているのだ!」
これもまた恐ろしい光景である。ガウンデンは今、教会の方針を批判、否、怒りすら感じて弾劾しているのだ。
「パッセ修道院。そこはご存知かな?」
それから一転、落ち着いた口調で問いかけられた。
「は、はい。そここそが転生者の保護施設だと……表向きは難病の治療施設、いえ隔離施設であると……」
どうにか答えて見せるマルジョリー。
「よろしい。しかし現在の収容人数がたったの13人という事はわかりますまい。あの修道院は200人以上を収容できるというのに!」
そう憤慨してみせるガウンデン。
「歴代の総司教長とその一派の方針の放任主義・放置主義により、もたらされた事態は貴殿も知っての通り、火薬の値が暴落したと思ったら鉱山での需要が拡大し、新型の火縄銃が登場し、そしてついに神話の記述や初皇帝の記録、パッセ修道院、その全てに記された忌まわしき『蒸気機関』の開発すらあの学園要塞において進められていると聞く!これは教会の危機である!
それなのに!現総司教長はこの忌々しき事態を黙認している!このままでは身に余る力を得た我々人類は!再び崩壊の日を迎えるだろう!!
それを防ぐのが我々の使命なのである!!!」
そう叫ぶように訴えるガウンデン。
それに気押されるマルジョリー、ふと目をガウンデンの補佐官に向ける。
補佐官はマルジョリーの視線に気づき「大丈夫です。防音は完璧です」と慣れた様子で頷いてみせる。
「折しも現総司教長の容体は現在は小康状態、しかし医官の見立てではもって来年の夏までと言われている」
その言葉にハッとする。
確かに現総司教長は現在、病に侵されている状態であった。それでも回復に向かい、年末年始の行事にはなんとか参加できる。という状態であった。
マルジョリーは悟ったのだ。
総司教長が御崩御なされた際に、ガウンデンは動くつもりなのであると。
「……もし事を起こした場合、手を貸せ。と?」
「そうだ。貴殿ならば可能、否、貴殿だからこそ、なのだ」
ガウンデンの言葉に、マルジョリーは深く考える。
自分がこの世界にいるのは、今は亡き現状維持派の大物に召し抱えられたからである。
これにより、マウテリッツとの確執が始まったと言っていい。
いや、それの事はどうでもいい。問題なのは進退である。
主流派から背くのは確かに危険である。だがその分見返りは素晴らしい物に違いない。
「……数点聞きたいことが。 その場合の次の総司教長様と、オドレイ皇女様の処遇についてです」
マルジョリーは凛として尋ねる。
「次期総司教長は残念ながら教える事はできない。しかし『要らぬ争い』を避ける為に敢えて枢軸卿の外より招く必要があると考えている。これでいいだろうか」
「なるほど。それでオドレイ皇女様の処遇ですが……」
「これも貴殿にとって残念なことに、敢えて何もしない。既にオドレイ皇女様は『転生者ではない』と認定してしまっている。悪戯にこれを取り消す方が却って大乱を産むであろう。と考えている……」
だからもう君の娘さんを教師として学園都市に入れて探り入れるのやめてね? とガウンデンの鋭い眼光が刺さる。
「マウテリッツ・ナッサウ・グノー=オラニエ辺境伯にしても同じである。確かにマウテリッツ伯は一連の件に関与が疑われているが、既に結婚が決まり、それによりデフアンナッサ家として独立を果たすという話であるからして、これも無暗に事を起こすのは危険であると判断している」
その言葉に、マルジョリーは一息を付く。
マウテリッツの事は嫌いだが、死んで欲しくもないからである。
「これでよいだろうか? マルジョリー枢軸卿」
「はい、ガウデン枢軸卿、不肖マルジョリー・マカーリオ=デュヴィヴィエ。貴殿様の作る秩序の為に、尽力する事を誓います」
その言葉に、ガウンデンは笑みをこぼした。
その後、熱い握手を交わし、部屋を後にするマルジョリーであったが、それを目撃していた者に気が付いていなかった。
そしてその者が「マルジョリー枢軸卿とガウンデン枢軸卿の密会……これは……」という声も、届いてはいなかった。
外は、篝火に火がつき、陽気な音楽や厳かな讃美歌等が聞こえ始めていた。
………
……
…
「オドレイ皇女とマウテリッツの放置。嘘なのでしょう? ガウンデン様」
夜も暮れてガウンデンの一室に、一人の黒装束に身を包んだ男がそう言い放つ。
男は気さくな防音バッチシな補佐官ではない。別の男である。
「無論だ。今回の学園都市の開発の品々は全てマウテリッツに嗅ぎつけられている、マウテリッツには死んでもらう」
「俺は政治に興味はない。マウテリッツさえ殺せれば……」
「分かっている。だからこそお前がここにいるのだ」
ガウンデンはぐふふと笑い、赤いワインを飲む。
「一応聞いてみるが、マウテリッツの今の女はどうなる? まぁ大体察しは付くが」
「察しの通りだ、側室皇女様にはこのシスティーナで一生喪に服していただこうではないか。無論私が皇女様の世話をするがな」
「ふん。どうせ総司教長様も世話をする気なのだろう?」
「なんだ。何か文句でもあるのか?」
男の言葉に、機嫌を悪くするガウンデン。
「いや、腰を労わったらどうだ。と思っただけだ」
「ほう!貴様冗談が言えるようになったか!」
「ああ、ついにあのマウテリッツが殺れるんだ。冗談の一つ位言うくらいには上機嫌さ」
男はギチギチと握り拳を作る。
こうして夜は明けて行った。
つづく。
次回は12月15日を予定しています。




