65話 論を以って相手を討つ会と書いて討論会なのじゃ!!
「だから!奴隷制度は皇国どころか世界的にも必要な制度と言ってるでしょうに!」
「それでも、それは神の教えに背いています。人間には皆売買されずに生きる権利があるのですよ!」
さて、この二人はこのように言い争っているが、そもそも何故奴隷の話をしているのだろうか。
と、ここでクラリエルが情報を集めて来てくれた。奴隷反対貴族の付き人(つまりクラリエルのポジションの人間)から話を聞いてきてくれたらしい。ありがたい。
クラリエルが言うに、近年、知識人を中心に奴隷制度の撤廃を唱える派閥が勢力を拡大し、今期の夏休みにおいて彼らの口車に乗せられる形で同調してしまったのが彼ら。という話である。
知識人を中心に奴隷制度の撤廃? 少なくとも私は初耳である。と言いたいが、確かにカフェ(あれからちょくちょく通っている)で読んだ新聞でそのような事が書かれていたような気がする。
少なくとも知識人であるヨハンはそのような事は、過去を振り返って何も言ってなかったのは確かである。まぁ元宮廷医であるからして、そのようなイカガワシイ思想に被れているなら宮廷医なぞにはなれないだろうし。
それにしても、奴隷制度の撤廃とは……全く。これだから飢えた事のない者は困る。
しかしかく言う私も、修行の関係で断食という意図的な飢えを体験したに過ぎないのだが……。
いやいや、その修行だって命を落とす者もいる程の厳しいものであるし、修行以外でも1日朝と夕を粥や重湯だけで何日も過ごした事だってある。なお昼食は前世では概念自体がなかった。
本当に最初現世に来た時は三食たらふく食べられるのを体験して極楽浄土かと思った程である。
さて、そんな訳で話は長くなったが、エリーズと取り巻きの6人の奴隷制度肯定派と10人程の奴隷制度廃止派の論争である。
廃止派はやれ「奴隷にも自由に生きる権利はある」だの「人道に反する」等と言っており、対する肯定派も「奴隷がいなければ世界は回らない」「機械が奴隷の代わりになるのか」等と言って平行線をたどっている。
機械という単語が出てきたが、要は歯車の集合体の事で、水車や風車、時計等を指す。
エリーズという女はどうも高飛車で他人を見下している節があるが、家柄も良く(だから高飛車である)成績優秀者である。生徒会に入れるが、本人は断って音楽の部活に勤しんでいるという捨て置くには勿体なさすぎる人材である。
その取り巻きも中々良い家柄で、成績も中程。これも敵対して失うには惜しい人材である。
対して廃止派は家柄自体は良くない方だが成績は良い方である。む、あそこにおるのは何時ぞやのガストビ商会の『世話』になっていた者も何人か居る……。とまぁそんな面々であった。
だが中には名家と言える家柄の者もおるし、それがエリーズと対峙して口論をしている形となっている。
結論から言うと、どちらも捨て置くには惜しい人間である。だからこそ動かねばならない。
「ええい。騒がしいのじゃ」
そう言って私は2つの勢力に割って入る。
2勢力の視線がこちらに突き刺さる。だがこちらを認識すると平伏する者も出てくれた。
「エリーズに、ええとこちらは……まぁ良い。その方ら、奴隷制度の論議を行っておるな?」
とりあえず話を進め、二人は思い思いに自分の主張を私にぶつける。
双方、尤もらしい事を言っている。
奴隷廃止派いわく、世界神の名の下に人間は平等であり、決して売買されるような事があってはいけないだの、必要以上に我々貴族は奴隷を甚振っているだのと言っている。
「ふむ。しかしの。確かに世界神は人間とエルフを造り錫て、ドワエルフやホビエルフ、メランエルフと別れて行ったとある。確かに平等ではあるのじゃが。俗世は残念ながら平等ではないのじゃよ」
「しかし……」
話を遮ろうとする廃止派だがそうはいかぬ。
「おぬしらっ! 恐れ多くも我が父君の皇帝陛下とッ! そこらの奴隷の首の値打ちが同じだと申すかッッ!!!」
遮ろうとしたので、一喝してやった。
そう、私が彼女らの主張を否定しなければならない理由は、まさにこれであった。
あえて言わなければならならい。
皇帝の首と、私の首と、ここにいる貴族らの首と、クラリエル等の平民らの首と、奴隷の首。値打ちは全て異なるのだ。
戦においてそこらの雑兵よりも武将や大将首の方が断然に価値が良い。だから私を討った毛利何某も今頃出世している事だろう。
それを平等とは! あってはならぬ事である。
確かに天および神は人の上に人は作らなかったのかも知れないが、残念ながらこの世は人の世であるからして、人は人の上に人を作っているのだ。
最もクラリエルが殺されたらそりゃ殺した人間は私は許さないし絶対に生きたまま皮を剥いで河原に晒し、一族郎党も同じ目に合わせる事位はするが、それでも私個人だからそうであって、平民としてみればそう騒ぐ程ではない案件なのだ。誠に遺憾な事であるが!
……と、言う事を、やや感情を込めて皆の衆に伝える。無論クラリエル云々は言ってない。
既に最初の一喝で全員平伏しているが、これにより奴隷制度廃絶等という論は成りを潜めるであろう。
エリーズの方を見ると、思わぬ助け船が来たと安堵と笑みの表情を浮かべている。
しかしこれではまだ奴隷制度廃絶論者を屈服させた訳ではない。
今やってる事は、彼らの先ほどの論争とほぼ同じ。ただ側室皇女という肩書を振りまわして、もっともらしい事を言って平伏させてるだけに過ぎない。
だからこれだけでは駄目なのだ。これが終わって午後の授業を終えて部屋に戻って寝て起きれば立ち直る輩も多い筈である。
完膚なきまでに彼らの主張を『鞍替え』させる必要があるのだ。
「……面をあげるのじゃ……しかし、さりとてその崇高な教え、無碍にもできまい。今一度場所を変えてじっくり話し合う事が肝要だと思うのじゃ」
私はそう言って奴隷廃絶派達に寄り添うように言葉をつなげる。代表格の肩もポンとして耳元に「私とて必要以上に甚振るのは問題だと思うのじゃよ」と声も掛ける。
『捨てさせる』のはではない。考えを『変えさせる』のだ、捨てても惜しくない程に『良い考え』を提供するのだ。
そういう訳で、また日を改めてしっかりした教室内での討論会を双方に約束させ、とりあえず解散となった。
さて、楽しみが増えてしまった。忙しくなる。
つづく。
なろう小説では奴隷解放は常ですが、それは既に奴隷解放も行われて曲がりなりにも人権や法律がしっかり整備された現代日本から転生した現代日本人だからそういう使命感があるのかも知れませんが
オドレイもとい今川義元は戦国時代の人間なので、そのような縛りは存在しません。
しかしそれでも必要以上の虐待は良くないとは思っているので一計を案じます。




