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62.1話 とある場所にて


 部屋。


 カーテンが閉め切られており、丸テーブルの上の蝋燭の火が怪しく灯るだけの暗い部屋。


 三人の影がそこにはあった。


 三人のうち1人はホビエルフの女性らしくローブを深くかぶっていた。残りは男だったが、フードをかぶっているのは1人だけで、最後の一人は長安大陸の服装、否、蠣崎幕府国および東倭諸島の特徴的な服装『着物』をしていた。

 例によってその着物の男は壁際の闇の深い場所に寄りかかっており、顔を窺う事はできない。


 そもそもその男は仮面、否、被り物をしており、その被り物には縦書きで長安大陸の文字()()()もので『信長』と書かれていた。



 奇妙な光景であるが、少なくとも言える事は3人とも歳がそれなりに行っている様子であった。


 「ヨハン・ベットリヒが亡くなったようね」

 ホビエルフの女性が口を開く。


 「はい、昨日葬儀を終え、火葬の方を行いました。遺骨は平民用墓地に、専用の墓で……」

 ホビエルフに対面する形で座る男性が答える。


 「共同埋葬の墓ではなく?」


 「はい、専用の。小さく、装飾もない慎ましい、一般的な簡素な物ですが……」

 男は説明をする。


 エルディバにおいて埋葬は火葬を行い、遺骨を墓に埋めるというのが普通であるが、当然皆が皆墓を用意できる訳ではないので、一定の期間で死んだ者をまとめて一つの墓に入れる埋葬が行われている。

 単に墓を用意できない貧乏人・身寄りのない者等がそうなる。


 「これはマウテリッツ辺境伯の配慮でしょう」


 「……オドレイの配慮でもあるのでしょう?」


 「……そうですね。クラリエル・ゴッターが経営している飲食店名義でも資金を提供していますね」

 男は報告書に目を凝らしながら答える。


 「あと……エルヴァール様の名義でも資金の提供が」


 「エルヴァール。あの正室のエルヴァール・サヴァチエが?」

 女性は確かめるように意外そうな声をあげる。


 「はい、色々と理由を付けていますが、それなりの花を墓に供えられていました」


 「意外ね……。よりにもよってあのエルヴァールがヨハン・ベットリヒの墓参りだなんて」

 変われば変わるものね。と添える女性。



 「……そなたの『ラプラスの魔眼』とやらで視た未来はどんなモノだったのだ」


 この時、壁に寄りかかって二人の会話を聞いていた着物の男が初めて口を開く。



 「……ヨハン・ベットリヒは本来の未来では……尿を飲んでいた」

 「は?」


 素っ頓狂な声を上げる着物の男。


 「私だって詳しくは知りたくないわ。でも、検査だか研究だかで集めた尿の内、エルヴァールの尿を飲もうとした時に、本人に見つかり怒りを買って投獄されたわ。投獄中に病に掛かり、そのまま死んだわ」

 女性はあんまり思い出したくなくない様子で語る。


 「それは……なんとも……」

 なんと語ればいいか。着物の男は言葉に詰まる様子を見せている。


 「……彼が発明した新型火薬は、尿が使用されています。高貴な者の尿程質の良い火薬ができると信じていた様子でした」

 追い打ちをかけるように、もう一人の男性はそう語った。


 オエッケホケホと着物の男性の嗚咽が聞こえる。


 「……あと、彼が変態と呼ばれる由縁も、確か炭酸水やビールやエールで避妊ができるという俗説を確かめる為に娼婦達に試していたからでした」

 男はついでとばかりに言う。


 「街の娼婦たちが口を揃えて変態と呼ぶのはそれのせいね」

 女性は呆れたように相槌をする。


 「……この世界の錬金学者なる学者は皆、そのような奇々怪々な事をやるのですか……?」

 着物の男は絶望にも似た声で尋ねる。


 「そうではないと信じたいわ」

 女性は祈るように声を出す。


 「……ヨハン・ベットリヒの遺品は皆、弟子のゲルデ・シュレッターに引き継がれています」

 「……師の葬式にも出ないか」


 唐突に話を切り替える男に思う処がある着物の男であったが、苦言を呈する。


 「確かゲルデはバルカネアのナッサウの新しい工房の筈。流石に葬式への参加は無理ね」

 女性はすかさずフォローを入れる。


 「その遺品の中に火薬で動く機械、火薬機関なる試作品もあり、奇々怪々な事ばかりをしでかす訳ではありません」

 他にも、火縄を使用しない鉄砲の設計図等、それなりの発明をしていると男は言った。


 「なるほど。奇天烈な輩ではない。という事か」

 着物の男は納得した様子であった。


 「そう言えば、そなたの『ラプラスの魔眼』では、けいざい? に関する論文? とやらは書いていないと前に言っていたようだが?」

 思い出したように尋ねた。そなたとは女性の事である。


 「ええ、まさか彼があんな視野を持てる人間だったとは……」

 「その件ばかりは、本当に私でさえ把握できていませんでした」

 二人は口々にそう言ってみせる。


 ヨハンが書いた『共同体についてと望ましくない影響を食い止めるために』はオドレイにとっても、三人にとっても予想外すぎる代物であった。


 「写しを見せて頂きましたが、まさか別の未来では尿を飲んで獄死するような輩が書いたとは到底信じられない程の、理に適った商業に関する文章でした」


 それが真理であった。


 とても避妊できるか試す為に女性の秘部に炭酸水のみならずビールやエールと言ったアルコール類をぶち込んだり、分野が違うのに批判しだしたり、尿を飲んだりなどの奇行を行うような者が書いた文章ではなかったのだ。


 うんうんと頷く二人であったが、本当にうんうんと言っていた為に、着物の男が発したあまりにも小さな声を聞き逃していた。


 「もし彼程の知恵者が前世に居てくれれば、ともすれば我が家は……」

 そう、消えそうな声で呟いていた。

 二人が耳を澄ましていれば最初の方は聞き取れていたかもしれないが、途中からは『いや、女子の尿を飲むような面妖な輩を家臣にするのはいささか……』と思い直して、さらに声が小さくなっていたからである。




 ちなみに。ヨハン・ベットリヒの名誉の為に言うが、エルディバのみならずミイソス大陸の常識として、避妊する方法は、炭酸水かビールかエールで洗い流すとできるという俗説が存在しているのである。



 つづく。

ビールやエールや炭酸水はコーラの代わりのつもりです。

ビールやエールと言ったアルコール類を体内(意味深)に直接流すと酔いが回りやすく、急性アルコール中毒による死亡事故につながる可能性があるので絶対にやめてください。コーラで試してください(駄目です)


次回は来週、来月になります。

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