60話 うなぎみて おもいひたるる あのあつさ もうあるまいか あのひげすがた
ソレを知ったのは海での野営から帰ってすぐの事である。
そういえばこういうの好きそうなヨハン・ベットリヒの姿が見えないな。と思っていたら、私宛に手紙が届いていたのが分かった。
なんと、あのヨハン・ベットリヒがまた病気で床に臥せているとの事である。
しかも今度は本当に危ないらしい。
最期に一目見たい、と書かれていた。
マウテリッツ伯が言う処では、ヨハンは火薬の量産の後、宮廷医を辞めて帝都郊外の広い屋敷を購入し、移り住んでいたと言う。
既に弟子のゲルデ・シュレッターに免許皆伝を申し付けて隠居状態であった。どうやらその時から既に病の前兆があったと言う。
ヨハンの年齢は50を過ぎていた。前世においては武人や僧侶、文人等、それなりの地位なら50を過ぎても生きてる者が多いが、大体そこ辺りから怪しくなってくるのだが、現世においては50程度では『死ぬにはやや若い』そうである。
なんでも現世では60後半、70位は普通に生きるのだ。特にエルフ、ホビエルフは長生きの傾向にあり、100まで生きた者が多く居るそうである。それでいて老けないと言われており、流石異界。と言わざるを得ない。
なおハイエルフは不老不死と言われている。これは流石に尾ひれがついており、精々200位だとオレイユが言っていた。それでも普通に不老不死である。
余談だが我が師の雪斎は59、60歳。我が父の氏親は確か55歳で亡くなっている。
嗚呼、いけない。
またも余談が入ってしまう。
ヨハンの事は人柄的には、正直好きではない。あの胡散臭い物言いと顔は好みではない。
しかし錬金学者や医師としてみれば、敬意を払ってもよい程の力量を持っている。
いつぞやの学園都市における蕎麦の実事件で、医学の先生生徒たちが右往左往して不安を煽るばかりの行為をしていたのを見るに、ヨハンは医師としての行動は模範的ですらあった。手つきがいかがわしいが。
かのうなぎについての論文の製作も手伝ってくれた。ヨハンの分野は魚ではなかった為、あくまで基礎的な書き方ではあるが、それでも論文は受理された。
数年におよぶうなぎの脂身の有無を調べる実験(夏はすごく暑かった)により、『うなぎは、確かに冬の方が脂が多かったが、思ったより多くはなかった』という微妙な結果に終わってしまい、結局民間の方では冬の方が美味しいというのは周知らしいので、学園も始まるので終わりという事になってしまった。
微妙な結果になった際に、ヨハンは
「んんっっ。おうふふふっ。気落ちしてはいけませんぞオドレイ様。錬金学では思った通りの結果にならずに頑なに認めない者もいる一方で、しっかり結果を認め、次に繋げるのが肝要なのですぞぉ!」
と言って励ましてくれたものである。結局辞めてしまったが……。
しかして、ヨハンのおかげで「こうであろう」と思った事が「そうでない」時もある。ので、そこはまぁ認めなければならない。というのが分かった。
さて、そんな訳で私は今までのヨハンとの短いながらも長い思い出を反芻しつつも、手紙が示すヨハンの居所……郊外にある屋敷へと来たのであった。
つづく。
遅れに遅れて大変申し訳ありませんでした。
次は来月になると思います。