43話 たまには体を動かすのじゃ!
さて、ヴァレリー氏より様々な芸術を教えて貰ったのが前回なのだが、それはそうと部屋に籠りがちになるので、たまには外に出て稽古の一つでもせねばなるまい。
と言うとヴァレリーは渋い顔をする。あまりヴァレリーは体を動かすのが好きではないらしい。
それは分からなくはないが、この世の稽古は前世のような厳しい稽古とはまるで違う優しい稽古であるのだから。と言いたくはある。
「それでオドレイ様、今日はどうします? 素手ですかね?」
「素手?」
クラリエルはそう言ってくれるが、ヴァレリーは何言ってるのかわからないという顔をする。
「うむ、今日は棒の気分じゃな」
「棒?」
そう答えるとオレイユは用意を始めるが、ヴァレリーは聞き返す。
「え、オドレイ様? 稽古というと剣ではないのですか? オドレイ様の場合は剣より刀だと思いますが……」
「うむ? 私は刀よりも棒の方が得意なのじゃが……」
ヴァレリーの問いに私は素っ気なく返す。
「ええ!!!?そうなんですかっ!? てっきりいつも背負っているので刀術が得意なのかとばかり思っていましたよ?!」
その返答に驚愕するヴァレリー。
まぁヴァレリーが驚くのも無理はない。この世の貴族達は自分の得意な獲物を肌身離さずに持っているのが風習であるからして、私の場合は婚約者のマウテリッツ伯からの贈り物の刀を持っているので、そう思われても仕方ない。事実、得意ではないだけで人並には扱えるので大きな誤りではない。
「しかし、棒。ですか。槍や杖ではなく……」
「まぁ杖も棒も槍も大して変わりはないのじゃながの。強いて言えば先端の重みの違いで体の重心が変わってくるがの」
そう言ってる間にオレイユが練習用の棒を用意して来たので、二人で思い思いに突きだす。
棒術。
この世ないしこの国ではあまり有名ではないが、前世での僧侶の護身術としては大変有名な武術である。
そもそも日ノ本における棒術は源平合戦時に先端の穂が折れた槍で戦いだしたのが初めてとされる程、武士の間でも大変人気である。
様々な流派があり、わが師の雪斎も「流派に拘らず、様々な型を学んだ方が賊相手や合戦で役に立つ」と言っておったし。その為に棒術・槍術は我流に近いものになっているが色々な流派を知っているのでこの世の剣に対しての戦い方もすぐに分かった。
私が尾張攻めを始める7年程前の天文22年に大和国の南都興福寺の胤栄という僧が新たに編み出した槍と武術も中々良かった。十字の槍と見せかけて三日月型にするとかオシャレであったからである。
さて、それはそうと今相手をしているクラリエルは中々に見所がある。
戦働きは流石に無理ではあるが、日ノ本の棒術の極意である対剣・対刀の戦い方はほぼできていると言える。
そして他ならぬ私の相手が務まるという程の実力がある。
前にヴァレリーを快く思わぬで、幾らかの嫌がらせをする前世の先輩を思い出す上流貴族の娘が、ヴァレリーと付き合うなという話になり、色々あって決闘で話を付けるという話に持ち込み、その際にクラリエルを戦わせた訳であるが、見事にクラリエルはその上流貴族の生意気な娘に勝ってみせたのである。
日頃の私との稽古の賜物である。
そんな話をしながらクラリエルと棒で突きあったり払ったりしていたら、ヴァレリー氏は「私の知らない世界がある……」と唖然茫然としていた。
とりあえず本日は中々にいい汗掻いたのである。
つづく。
おまたせして申し訳ありません。
次回は11月11日を予定しております。




