4.9話 マウテリッツ・ナッサウ・グノー=オラニエ辺境伯
地の文無双だったので大幅に改善したら別物になったでござるの巻
「全く……我が祖父も厄介な所に領地を貰ったものだ」
転移魔法神殿のある市内から少し離れた位置にある城へと向かう馬車が一台あった。
馬車に揺られるはフィリップル・ホラント・グノー=オラニエ。
オラニエと言えばエルディバ皇国の公爵家の姓であり、オルレンスに領地を持つ大貴族の1つであった。
フィリップルはそのオラニエ公爵の長男として教育を受け、現在父と共にオルレンスの領地を治めていたのであった。
だがフィリップルは仏頂面で馬車に乗り、目的地へと向かっていた。
「転移魔法を駆使してもオルレンスの領地から3日も掛かるとは、厄介な土地だ」
「転移魔法は国の移動ごとに1日休まねばならない決まりでございますからね……」
フィリップルの愚痴に付き合う従者。
「されどフィリップル様、ここナッサウはオラニエ公爵領の都市にしてエルディバとイリュリア帝国の境に位置する一大防衛拠点。そしてエルディバの東海洋の玄関口。隣の大陸の大帝国である【斉帝国】との貿易の最たる場所でございますぞ」
だが護衛の者は諫めるように反論を行う。
「そうだ。だからこそ厄介なのだ。この地はおおよそ50年前にそのイリュリア帝国との戦争で奪い取った土地。防衛すべき土地であると共に海の向こうの我が国と同等の大帝国・斉帝国との貿易拠点でもある。だからこそ下手な者が治める事も出来ずに、保有は皇国内の大貴族にお鉢が回って来ざるを得ない。そして、我がオラニエ公爵家はその50年前の戦争で最たる武功を建てた。だからこそなのだ」
すまない。だけどこれだけは言わせてくれ。とばかりに手をひらひらと振りながら答えて見せるフィリップル。
「それに3日も掛かるのではなく、3日しか。というべきでございます。なにせ普通に歩くなら……」
「わかっている。急ぎの早馬でも24日……1か月と言うべきか。通常に歩くなら軽く2か月。そう考えれば3日で着くというのは神に感謝すべき短縮であるのは確実だ。……だが、これは私の我がままだが……単にここに来たくない。というのが本音なのだ」
護衛の者とは浅からぬ縁であるらしく、説教に対して悪かったと言った態度で臨むフィリップル。
「弟様でございますか」
護衛の者が怪訝な顔で言う。
「ああ。あの愚弟はどうも苦手だ。できれば会いたくはないが父上の命である以上会わねばならない」
最もここまで来て帰る訳にもいかないが。と皮肉の笑みを浮かべる。
マウテリッツ・ナッサウ・グノー=オラニエ。
それが現ナッサウの執政者にして、フィリップルの弟の名前であった。
「おや、やっと門が見えてきたようだ。これだから城下と城が離れている地方は嫌なんだ。いや、防衛上の問題なのはわかるが」
等と、小言を言いながら、馬車はヌボゥナッサウ城の内部へ入る。
ヌボゥナッサウ。それは50年前にナッサウを手に入れた皇国およびオラニエ公が建設した新しい城であり、平城ではあるが二重の塀に囲まれており、堅牢かつ有事にはイリュリア帝国へと侵略する拠点にもなる程の広さを持っている。
「流石『戦争好き』の異名を持つ弟だ。此れ見よがしに兵の訓練をしている」
「地面を掘らせていたり、槍を持って歩かせているだけに見えますが」
「それが奴の訓練らしい。雇われた傭兵も可哀そうなものだ」
そんな広い中庭において、マウテリッツの兵士達が穴を掘っては埋める。または別の部隊はただひたすら隊列を組んで行進している。という行為を繰り返していた。
一見、無意味としか思えないその行為に、フィリップルとその従者は冷ややかな目で見ていた。
「……これは」
ただ一人、護衛の者が眉をひそめたが、それも馬車の停止によりかき消される。
「これはこれは。フィリップル兄上。このような僻地にようこそ」
馬車が館の前で停止し、降りると多くのメイドと僅かな護衛を引き連れて挨拶に来る男が一人。
「出迎えとはなかなか見上げた行為だな。マウテリッツ」
フィリップルとマウテリッツが向かい合う。
その弟の姿は兄弟と言えば納得できる姿ではあるが、言わなければ兄弟とは思えない容姿であった。
無慈悲な物言いをすれば、弟のマウテリッツは『不細工』であった。慈悲ある言葉を使えば『野性的』とも言える物と言える。
兄のフィリップルいわく『貴族らしい恰好をしなければ盗賊だと思った』と言う有様である。
「ところで、あの兵士達はいつもあんな穴掘りや行進ばかりしているのか?」
フィリップルはそう言って振り向いて中庭で汗を流す兵士達を指さす。
「ええ。別の日には弩や弓の構え方の訓練なんぞもしてますがね」
「ほう」
その言葉に流石に眉を動かすフィリプル。
「良かったら教本を差し上げますよ。一般に売り出してますが、中々売れ行きが良くなくて困っていたところです」
そう苦く笑うマウテリッツ。
「そう硬い口調を使うなマウテリッツ」
「まあ、立ち話もなんだし、兄上。中へ入ってくれ」
兄の指示によりマウテリッツは堅苦しい口調をやめて、屋敷の中へ兄を向かい入れるのであった。
つづく
長くなったので続きます。