4話 そんなのってないのじゃ!!あんまりなのじゃ!!
あれから数日は経つ。
色々と割愛するが、やはり第三皇妃の子という事で第一皇妃の子供らとはあまり仲が良くない。
否、アデライトという長女の方は穏やかで友好的ではあるが、次女のエルヴァールは何かと非友好的である。
確かに女も家を継げるこの世界(否、国か? )においては腹違いの女と言えども油断はできない。というか父上、確かに第二皇妃が早々に病に倒れ、代わりの第三皇妃ではあるが、ポンポン産ませるのは良くないと思う。
そもそも私に生まれたての弟がいるというのはどういう事なのですか。いくらなんでも頑張り過ぎでは……。
と思ったが、私もなんだかんだ言って一二人兄弟の5番目であったからして、むしろこれでも控えめではある。
そんな訳で顔合わせも済み、つつがなく勉学と遊びに励む毎日を送る。
そしてあくる日、妹が厩舎へ行こうと提案しだした。
物心ついて既に半年近いが、この広大な宮殿の散策は未だに完了しておらず、未知の領域の方が多い状態であった。
そんな中、妹のこの提案は渡りに船である場合が多い。
馬が居る事は部屋のベランダから見える景色にて遠目でも分かっていた。こちらの世界では馬に車を曳かせる牛車ならぬ馬車が多用されているのもわかっていた。
しかし実物は真近で見た事はないので、探検ついでに見るのもよいと思い、妹の提案を飲んで早速クラリエルと御付きの者どもと共に見に行くことにした。
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そんな訳でやって来た厩舎。馬独特の匂いが立ち込める紛うことなき厩舎である。
御付きの者どもにより厩舎の作業員は一礼はするものの、普段通りの作業を行っている。
「そういえば、ここの馬の脚には鉄を仕込んでいるそうじゃが……あるのかの?」
「ええ、蹄鉄ですね? それならありますが……」
そう言って作業員が見せてくれたのが馬の脚の形通りに形成された鉄であった。
「ほう……これが蹄鉄かの……」
手に取ってみる。ずしりと重い。鉄だから当たり前か。
「あねうえー!お馬さん乗るの、たのしいですぞー!!」
そう言ってはしゃぐ我が妹。
いや、まて。今なんと言った?
そう思い直して妹の方をみる、そこには馬の鞍に乗っているビビアーヌの姿がいるではないか!!
「うおー!?ビビアーヌ危ないのじゃ!迂闊に馬に乗ったら、牡馬だったら暴れて噛みつかれて蹴られて死ぬのじゃぞぉー!!」
まさかいきなり馬に乗るとは思いもかけなかったぞ。妹よ!
いくら御付きの者どもがいるからと言ってもそりゃ死ぬというものだぞ。妹よ!
「あ、大丈夫ですよ。その馬は去勢してあって年老いた馬ですから」
「なんじゃ、そうであったか」
なんじゃそうか、年老いた馬であったか。良かった良かった。
………
……
…?
?
「いや、今なんと言ったのじゃ?」
「は? いえ、年老いた馬なので安全ですよ。と……」
作業の者はそう困惑した顔で言う。
「いや、そうでなくて。去勢してあるのか? あの馬」
「ええ、去勢しておりますよ。……アッ」
しまったという顔をする作業の者。
おそらく幾ばくも無い幼き者が「なにをキョセイするのー? キョセイってなーにー?」とか聞いてくるのを予想しての顔であろう。
確かに、我はあちらの世界では御年41となる男であるが、今は女子の幼子であるからして一定の配慮をせねばならない。まだ男を知らない訳だし。
「……もぐのか? ……その、ふぐり を」
「……はい」
他人に聞かれぬように耳打ちする。幸い、ビビアーヌの乗馬で皆の視線が向いているのでよかった。
「……まさか、ここの馬全部もいでいるのかの……?」
「……そう、ですね……うん、まぁ……種馬以外はですが……」
その言葉に愕然とする私。
「オドレイ様? どうしました?」
御付きの者が尋ねてくる。
「のう……馬は去勢しているもの……なのかの?」
「え!?」
深刻な声で幼子がそんな事を言えばそれは御付きの者も驚くであろう。
「え、ええ……まぁ……このほとんどの国では去勢。されていると……」
「なに正直に言ってんだ馬鹿」
小突かれる御付きの者。
「可哀そうじゃ……もぐなんて……」
今、私は、猛烈に、衝撃を受けている。
異界に来て、最大級の衝撃である。
まさか……まさか……
「ふぐりを捥ぐなんてぇぇぇぇぇ!!!!」
私、異界にて本気の涙を流す。
そこからはもう阿鼻叫喚であった。
つられて泣きだすクラリエルとヴィヴィアーヌ。そして元凶の私。
御付きの者どもが肝を冷やしている中、泣き止むきっかけはすぐに来た。
「おいおい、どうしたんだい嬢ちゃん達」
30代半ばの男性の声がする。
振り向くと、私は泣くことを辞めざるを得なかった。
「は……孕石……?」
そこには、元の世界の我が今川家に仕える先方衆の一人の、孕石元泰……に似た男が居た。
つづく。