三二話 其の物の怪、大江山の酒呑童子の如く在り
「『のぶなが』。とでも名乗りましょうか」
白狐と名乗っていた少女は、俯むきながら、たしかにそう言うのである。
「のぶなが? 何ふざけた事を言っ……」
バイラスはそう眉間にシワを寄せて詰め寄る。
否、詰め寄ろうとした。
「別にふざけて等おらぬよ」
その刹那、少女は一歩前に足を踏み出す。
「は」
バイラスから悲鳴とも言えなくもない、ともすればなんの意味もない声がしぼりだされる。
どさり。
そんな鈍く重量のある音が聞こえた。
「え、あ?」
間抜けな声を出すバイラス。
「そんな……見えなかった……今の……」
ミシェルはそう驚愕するしかなかった。
「ふむ、凄いな。この刀は」
少女は静かに己が振るった刀を賞賛した。
「あ、ああああああああああああ!!??? わ、私の腕がああああああああああああ!!!!?」
バイラスは、相当の出血と共にやっと自分の片腕が切断された事に気づいた。
「おっと、肝心のシロモノを破壊せねばならぬか」
少女は眼下でバイラスがのたうち回っているのを、まるで気にも留めずにそう言って、自分が切り落とした腕の中にある『ガラケ』なる遺物を手ごと突き刺して破壊する。
「あっ……」
その時、やっとミシェルは少女の顔と瞳を見る事ができた。
ガラケの特殊能力を警戒してか、今までずっと俯いた状態であり、脅威を破壊したためにやっと顔をあげてくれたのだ。
「目が……黒い? 」
少女の目は、今まで狐の仮面ごしであったが皇国では普遍的な薄い赤の目であった筈である。
それが今、黒くなっていた。
「む、先ほどの女子か」
ミシェルの視線に気づいた少女。
「悪いがここで見た事は他言無用で頼む。わしとてまさかこのような形で出る事になろうとは思いもしなかったのだ」
「え、あ。はい……?」
ミシェルは突然の言葉にそういう他なかった。
「お前達ぃ……生かしてはおかんぞぉ!」
バイラスがそう叫ぶ。
「む、なんだ。まだ生きていたか。腕がないのによく頑張るのう」
少女が視線をバイラスに向ける。
バイラスは回復魔法の魔法石を傷口に押し当て、どうにか止血をしているようであった。
魔法石には魔力が籠っている。杖にする程の大きな物は法などの規制で家が建つほどの高値で取引されているが、その基準に満たない魔法石の方が多く出土するし、出回っている。
その際に、あらかじめ刻印を刻み、限定的な魔法を出せるように仕組んだ魔法石が売買されている。
バイラスが現在つかっている魔法石もそうであった。
「いけぇ!!オーガ!!二人を殺せぇ!!」
そう発狂状態で笑ってみせるバイラスは、部屋にある仕掛けを発動させ、奥の部屋から鎖に繋がれたオーガなる魔物が出てくる。
「グガアアアアアア!!!」
咆哮をあげるオーガ。
「オーガ!」
ミシェルは叫ぶ。
帝都の近くでは生息しない魔物であるが、ゴブリンよりも巨大で凶暴な魔物であるという知識はある。事実、目の前にいるオーガは一般男性の平均身長の倍はある巨体にしてゴブリンを上回る力と凶暴性を秘めているのが分かる。
後にして思えば、恐らく、自分は一通りバイラスに弄ばれた後は、余興の一環としてこのオーガと交尾をさせられていたのではないかと後にミシェルは語る。
「くふふふふ!!死ねぇ!殺せぇえ!」
バイラスは片腕だけであるが、器用に再び仕掛けを発動させる。すると今度は鎖に繋がれたオーガの鎖がごとりと外れる。
解き放たれたオーガ。
「くふふふふ!私はこの隙に逃げるがなぁ!!」
バイラスはそう笑って逃走を開始する。
「むう。これでは追えぬではないかっ」
少女はそう言って残念がる。
「ふしゅるうる……!!!」
残念がる少女の眼下には、鎖から解き放たれ、威嚇をするオーガが一体。
「それにしても……流石異世界と言うべきか。まるで大江山の酒呑童子の如くの物の怪がいるとは」
威嚇するオーガを目尻に、涼し気に語る少女。
「か、勝てるっていうの!? 貴女、オーガに勝てるの!?」
一連の流れに呆気にとられるも、少女の言葉にハッとするミシェル。
「いえ、残念ながらわしは物の怪と戦った事がなくてな。いや、困った」
たはは。と苦笑いをする少女。
その額にはうっすらと汗がにじんでいるのは目の錯覚だろうか。
「ぜ、絶対絶命のピンチ……」
ミシェルはそんな様子を見せる少女を見て再び絶望を見せる。
「グガアアアアアア!!」
そう叫びながらオーガは二人に目掛けて突進をする!!
「オドレイお嬢様!!危ないですよ!!」
つづく。
次回は7月の8日に投稿します