29話 危機的状況
「うっ……ここは……」
一人の少女が牢らしき薄暗い場所で目を覚める。
「確か……私はミシェルを助けに……」
少女は静かにそう思考を巡らす。
少女は女性貴族の運動用の服装に身を包みつつも、すらりと腰まで伸びたポニーテール型の銀の髪と銀の眼鏡をしており、知的な印象を受ける。
「頭が痛い……確か、私はミシェルを助けに案内人と……?」
必死に今に至るまでの経緯を考えるも、どうやら薬剤による昏睡状態にさせられたらしく、頭痛の症状に悩まされる。
「くっ……杖がない」
少女はそこまで思考すると、家に代々伝わる魔法石の杖がない事に気が付く。
今回は相当大変な状況であるからして、相応の準備をしてきたのだが、こうなっては無意味であった。
「お探しの物をこれですかな? 『銀仮面の姉上様』? いや、本名のライノーラ・M=テリエお嬢様とお呼びになった方がいいですかな」
そう言って薄笑いを浮かべた痩せこけた男性と、彼に率いられた数人の部下がやってくる。
「!!貴方はあの時の案内人!? やはり貴方、ガストビ商会の……!!」
ライノーラと呼ばれた少女は男を睨みつける。どうやら知り合いのようであった。
「いやぁ。まさか学園きっての英才とされるライノーラ様が、あんな子供騙しの幼稚な罠に掛かるとは。逆に罠ではないかと疑った程ですよ」
ケラケラと笑いながら男は告げる。
「くっ……。妹は……ミシェルは無事なんでしょうね!?」
顔を赤くしながら妹の安否を尋ねるライノーラ。どうやら幼稚な罠に掛かった事に屈辱を感じているらしかった。
「ええ、無事ですよ。ですがあなたが私達の言いなりになってくれないと、大変な事になってしまいますよぉ」
そう言って男は演技じみた声で手を仰ぐ。
「……ガストビ商会の奴隷調教施設であるここを知られたからには、生きて返さないって訳?」
ライノーラは睨み続けながらそう挑戦的に言ってみせる。
「まさか!」
男はそう言って翻って、他の檻に掛かっている布を取ってみせる。
「がうぅぅぅ……」
赤の小鬼とも言える存在、ゴブリンが中に入っていた。
「我々、ガストビ商会およびレグザッグ商会は、エルディバ本土の貴族の皆さまに喜んで下さるように、南方植民地より珍しき動物、植物、そして魔物をお届けする商会! 何故貴方様達のような商品価値のある令嬢を殺めなければならないのでしょうか!!」
そう天を仰ぎ、得意げに告げる男。
「な、何をする気なの? 売るつもりなの?」
些か常軌を逸したテンションに引くライノーラ。
「違います。全然違います」
ちっちっち。と人差し指を振る男。
「今、エルディバ皇国本土の地方貴族達は暇を持て余しております。その暇潰しに、魔物狩りをするのも少なくありません」
男はこほん。と息を整えて得意げに説明をしだす。
「その魔物狩りに交じって、魔族狩りも行われております。魔族というのはご存知ですよね?」
「……魔物と人の混血種……エルディバのみならず全世界で忌むべき存在……まさか……!!?」
そう言った処でライノーラはハッとして青ざめる。
「ええ!そうです!! 『ここ』はその『魔族』の『繁殖場』にして『輸出拠点』なのですよ!!そして気が付きましたね!
『貴女』は『そんな場所』に『囚われている』ッ!!そして目の前に『魔物』が居る事に!!」
「止めてッッ!!!そんな事をしたら……!!!」
悲鳴を上げるライノーラ。
「そんな事をしたらテリエ家やモンテクッコロ家は大変な事になってしまいますね! なにせ、教会が見つけ次第殺せと言っている魔族を産むのですからぁ!」
そうげらげら笑う男。もはや狂気の笑みである。
「しかし我々とて鬼ではありませんよ! 言う通りにしてくれたら、一回だけ魔族を産んでくれたら、妹様を無傷で解放しますし、家にも黙っておきますよ!」
そう言って本題へ入る。
無論、嘘である。
その証拠に彼の部下はごそごそと映像記録の魔法水晶を用意しており、これから起きる現象を終始記録し、親の元へ送る。
そして、『言う通りにしなければこの映像を帝都中にバラす』と脅して傘下に入れる。
傘下に入れた貴族は領内での商品価値のある女性や少女の供給の地とするか、資金源にするか、南方植民地からの商品を売る場所にするか。様々な結末が待っている。
よしんば傘下に入る事を拒否しても、宣告通りに帝都中にバラす。そうすればバラされた貴族の家は地に落ち、家名消失の上領地没収となり、ただの人間と化す。
どちらを選ぶかは明白である。
なお、傘下に入った場合もお得意様の一部の貴族や上流階級に映像水晶は売られてしまう余談がある。
「ふん!誰がそんな戯言!!信じると思いますか!!」
しかし強気に怒鳴り声を上げるライノーラ。
「おや、いいのですかあ? そんな事言って」
「良いも悪いも!貴方達はおしまいよ! 貴方達は知らないでしょうが、あの馬車には皇家側室のドラコ―ヴァ家の者も乗っていたのですよ!!
貴方達は皇族に危害を加えたのよ!!国をあげてここを探されて、見つけ次第貴方達は処刑されるわ!!」
男の問いに、勇敢に、そして勇気ある言葉を宣言してみせるライノーラ。
しかし、心なしかその声は震えていた。
それでも、勇気を振り絞ったその言葉は事実であり、確固たる自信が彼女にはあった。
だが。
「はははははは」
男は笑った。
男だけではない、部下達までもが笑い出した。
その光景に恐怖をおぼえるライノーラ。
「な、なにがおかしいの……!?」
声に絶望を孕まして尋ねるライノーラ。
「ああ、失礼。失礼。
確かにあの馬車には皇族様が乗られていましたね。
では襲撃した者達は皇族を襲った『極悪非道の武装集団』ですねぇ。
これはなんたる恐怖!しかしご安心を!我々は彼らの場所を知っております!
彼らの場所を騎士団さまに教えれば極悪非道の武装集団は捕まります!
そして、場所を教えた我々は『善良な市民達』となるのです!!!
その武装集団はしきりに我々もグルだと言いますが、さて問題です。
騎士団様は果たして『極悪非道の武装集団』と『善良な市民達』。どちらの言葉を信じるでしょうか?」
男はそう、狂気の笑みで言い切った。
その言葉に、うなだれる少女。
絶望の沈黙が続く。
「……本当に、妹を無傷で解放するの……?」
そして、沈黙は破られる。
それは果たして恐怖からなのか、それとも妹を助ける唯一の手段と思っているのか。それは分からない。
「ええ!もちろんですよぉ!!」
男は狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「……」
ライノーラは押し黙り、深刻な表情を浮かべるも、次第に意を決したように、口を開く。
「わかりまし……」
「いや、そこはわかっちゃ駄目だろ」
次回は6月の17日に投稿予定です




