22.1話 実は婚約予定だったのは秘密
実は24話の次にこれを作ってたりするので外伝的だったりします(今更
帝都ディバタールが最も美しくなる時間、それはきっと夕方黄昏時であろう。
私、フリードル・キュストリン・ドロテア=ヴェルヘールは馬上からそうしみじみ思うのであった。
この帝都ディバタールは、まさに皇国の中心であり、世界の3分の1であると過言ではない。
石やレンガ等場所によっては違うが雨が降っても水たまり一つなく整備された街路と、その脇には魔法なり油なりの種類がある街灯により主要な通りから闇は一掃され、上水道・下水道は古代の時代からあり、汚物を窓から投げ捨てる者はここには居ない。
そんな素晴らしい帝都の夕方黄昏時は、まさに幻想的な風景であるとさえ言える。
「よろしかったのですか。フリードル様」
そんな思考を巡らせてる時に、近衛の一人であるカッテナが心配そうに言う。
「確かに、あれが王宮のサロンにおいての対局であれば私の首は危うかったな」
ふふっ。と笑いがこみあげてくる。
「な、なぜそのような危険な事を」
カッテナの顔を見ずとも蒼くなっているのが手に取るようにわかる。
「それはな。彼女が『女子令嬢O』と名乗っていたからだ」
帝都住まいの令嬢が帝都を歩く際に名前を表記する必要があるなら『女子令嬢』という単語を使用する場合が多い。そして、その場合はどのような事になっても『貴族特権』を行使しないという暗黙のルールがある。
彼女は対局の際に、口頭で『私は女子令嬢Oである』と宣言してくれたおかげで、こちらも全力を出す事ができた。
……最も御付きの子が何度も本名を言いそうになったのは気にしない事とする。
「確かに女子令嬢を名乗る際は、余程の無礼がない限りは不問となる。でしたかね」
衛兵の一人であるカイトがそうカッテナに説明するように言ってみせる。
「そうだ。だからこそ私は全力で挑むことができたのだよ」
「些か、全力を出し過ぎたのではないでしょうか」
カイトのいつもの軽口をたたいている。
「しかし、本当に良かったのですか? ……女子令嬢O様は、ともすればフリードル様の……」
「……婚約相手になる筈であった。筈だっただけだ。カッテナ」
「そう……ですね。 申し訳ありませんでした」
カッテナは己の言葉に反省をするように口をつぐむ。
オドレイ・ドラコーヴァ=エルディバ。
その名を聞いたのは6年も昔の話であった。
聞けば私と同い年で、お似合いの縁談。魔法の摸写による人物絵を見せてもらい、気が合いそうであると直感で感じた。
そして、今日。それが事実であったと確信できた。
私とオドレイ。本来ならばこのような形ではなく、マウテリッツ伯爵の位置に私が居るハズであった。
だが、そうはならなかった。
貴族の世界である。私の知らないなんらかの動きがあったのであろう。
それは仕方ない。よくある話であると思ってあきらめる他ない。
「気にするなカッテナ。もう次の婚約者は決まっている」
その言葉にカッテナは別の意味で気落ちしたように見えた。
他の同世代男性貴族、もとい友人の話を聞くに、この歳で婚約が決まったとしても急に取りやめになったりすると聞いた事はあるし、現に数名、最初言われていた婚約者とは破談となった者もいる。
中には自由恋愛したいという者もいるが、それはちょっと夢見すぎという奴である。
いずれにせよ、今回のコレで未練はなくなったと言える。
「それより、最近は帝都でも人さらいが流行っていると聞く。カッテナも気を付けるように」
「な、何故私に言うのですかっ」
しばらく夕日に照らされて歩くも、ふいにそのような事件が多発していたので、カッテナに注意喚起を行う。
「ははっ。衛兵を誘拐する賊の顔を拝んでみたいですなあ」
「ふふっ。違いない」
カイトと私、二人の笑い声につられ、揶揄われたカッテナもすぐに笑いがこみあげて軽く笑う。
しかし、最近の帝都は物騒になっている。
なんでも南方植民地からはるばる来たレグザック商会が奴隷貿易の為に帝都に店を構えて幅を利かせているとか……。
帝都の人口は100万を超す。よって裕福ではない者、消えても気にならない者もそれに比例して多く、それを狙っての事であろう。だが、話には貴族の子すら誘拐してみせて貴族からの融資を引き出しているとかなんとか……。
無論、そんな事をすれば帝都に元からいた悪党組織に目を付けられるだろう。いや、現に従来の悪党組織との衝突や抗争が起きているという話もある。
衝突が起これば混乱がおき、混乱が起きればそれを収めたり防いだりする者も出てくる。
今日この頃では、義賊なる者も出て来て、誘拐されそうな女子令嬢を助けたり、悪党組織の拠点を潰したりしているそうな……。
そこ辺りは聞いた話であるからしてあまり知らないが、いずれにせよ、今帝都は治安が低下しているのは確かである。
私、フリードル・キュストリン・ドロテア=ヴェルヘールは、そんなつまらない事件に、配下の者が巻き込まれないように祈りつつ、帰路へと向かうのであった。
つづく