22話 オドレイ、暁に死ス!なのじゃ!
「マジかよ。あのお嬢が負けたのかよ……」
マウテリッツとオレイユとその他数人の外出組を出迎えたのは、精も根も燃やしつくたと言わんばかりに虚空を見つめるオドレイであった。今彼女に色を付けるなら灰のような真っ白であろう。
「中々いい勝負でした。では私はこれで」
そう言って一礼をして退出しようとする顔色が優れない様子の貴族の青年。否、顔色が悪いのはこの対局だからではなく、元かららしい。
「もうじき、斉国の大使館にて将棋大会が行われるそうです。その時にまたお相手してくだされば幸いです。では……」
一瞬、出口付近で驚いてるマウテリッツと目があい、「野郎……」と言われた気がするので、最後にオドレイをみてそう口にして退出をする青年。
「……確かアイツはプロセインのヴェルヘール伯爵家のフリードルだったな」
「知り合い、なんですか?」
マウテリッツのつぶやきに反応するクラリエル。
なおヴィヴィアーヌは未だに虚空を見つめるオドレイをさすっている。そしてロジータはオレイユに「何があったの、教えなさい」と迫るも「すみません……将棋というかチェスの卓上遊戯は詳しくなくて何が起こったのか分からないんです……」と答えるばかりであった。
「ああまぁな。でも詳しくはあいつの親父を知ってるだけだ。息子は常に顔色悪くて太鼓好きとか言ってたな。それが多分、アイツなんだろう」
全く、だからってこんなところで初心者狩りとか関心しねぇなオイ。と続けるマウテリッツ。
「んにしてもあのお嬢を涼しい顔であしらうとはな……」
マウテリッツはそう呟く。チェスやロセロとは違い、将棋は斉から伝わった別の遊戯であるからして、エルディバではあまり有名ではない。それでも貴族間では地味に浸透しつつあり、特にマウテリッツはナッサウという一大貿易都市を有する大貴族でもあるので、ルールは把握しているし、オドレイの実力を十分理解しているつもりであった。
「……マジかよ。あの防衛陣が噛み破られてやがる」
マウテリッツは盤上を見てそう驚く。
オドレイの将棋における防衛陣は、マウテリッツの目から見ても堅固なものであったが、対局相手のフリードルはその陣を超える攻めを行っていた様であった。
「……何かあまいものを……」
我に戻ったオドレイはそう拙く告げた。
そんな訳で急遽甘い物がくることになった。幸い、喫茶店であるからしてすぐに甘い物が来た。
こんな事もあろうかとヴィヴィアーヌが4つ、パフェを注文していたのが幸いであった。
瞬時に1つを平らげ、2つめに取り掛かった際に、それは起こった。
「私は負けたのじゃ……」
それは最初、小さな声であった。
「え?」
あまりの小ささに近くに居たクラリエルは聞き返す。
「私は負けた……のじゃ……」
カタカタと匙を震わせる。
「……油断であった。……否、タカを括っておった……」
次第に声に震えを帯びてくる。
「あまり、大した事は、ないと、そう、思って、おった……」
途切れ途切れにそう言葉をつなげるオドレイ。
「おい、オドレイ。大丈夫か?」
やばいと感じたマウテリッツが声をかける。
「悔しいのじゃ……負けた事以上に……油断して、おった、私自身に……!!!」
悲しみを圧し潰しながらも、それでも肩を震わせ、顔を伏せて、堪え切れずに涙を流す。
「おい、オドレイ。泣くなら俺の胸で泣け」
見かねたマウテリッツはそう言うが否や、オドレイは彼の胸に飛びつく。
「悔゛し゛い゛の゛じゃ!!悔゛し゛い゛!!!」
そう叫んで堰を切ったようにわんわんと泣くオドレイであった。
マウテリッツはこの時をこう語る。
『何度か女に泣かれた事はあるが、流石に他人との卓上勝負に負けた事で泣かれた事がなかったからどうしていいかわからなかった』と……。
現に、マウテリッツは「これ、どうしたらいい?」と皆に助けを求めるような目線を送るも、クラリエル、ヴィヴィアーヌ、とその友、御付きメイド二人、そして部下数人が首を縦や横に振って部屋を後にするばかりであった。
マウテリッツ、念場の時であった(なお、結局30分くらいわんわん泣いた後、パフェを3つ平らげて1つをマウテリッツにあげて和やかに帰路へ着いたとの事である。美味しかったそうである)
つづく
追記 こんな形でパフェを食べさせとうなかった…!!
続きは4月15日を予定しております