17話 この鏡、言うほど映り具合がよくないのじゃ……
本来なら丸丸16話の内容だったのですが、長かったので分離しました。
「母上。オドレイでございます」
一礼する。古式の礼服の為にしにくい。
「オドレイ。この方はシスティーナより来られた枢機卿、マルジョリー・マカーリオ=デュヴィヴィエ枢機卿です」
母上は執務用テーブルの先に座っておられる。
「以後お見知りおきを」
そう言ってマルジョリーと言われる女性は一礼してみせる。
枢機卿。確かこの国の宗教組織の階級で、かなりの上位だった筈。
その枢機卿が何故ここに……?
「オドレイ。これより『ドラコーヴァ家に伝わる春の儀』を執り行います」
母上はいつになく真面目な顔で言う。
「春の儀……ですと?」
ドラコーヴァ家に伝わるとはどういう事か。初めて聞いたぞ。
「ドラコーヴァ家は初皇帝に迎え入れられた第一皇妃の家柄。その関係で、初皇帝の時代から伝わるアーティファクトもいくつか保有しており、そのアーティファクトを親から子への引継ぎの儀がドラコーヴァ家にはあるのです」
マルジョリーが横から挟む形で会話に入ってくる。
「アーティファクトの管理は我々教会の役目。なればこのようにして引継ぎの儀を見届ける義務があるのです。ご了承ください」
マルジョリーはそう言って深く頭を下げる。
話は大体わかった。要するに、家に代々伝わる家宝の贈呈式のようなものか。
それで、その家宝が教会が絡む凄い物であり、その立会人が彼女。という訳か。
「オドレイ。こちらへ」
母上が物静かに口を開く。当然歩みを進める私。
どことなくマルジョリーの目線が気になるが気にしない。
母上の執務用テーブルの所まで行く。母上はホビエルフであるからして体が童のように小さい。よって座ってる椅子もかなり高い。
「これは我がドラコーヴァ家に伝わるアーティファクト『漆黒の鏡』。」
「これが……」
紫の布にまかれたソレは、母上の手によって布が矧がれ、その姿が露わになる。
『漆黒の鏡』を冠するに値する黒い平たい水晶が、黒い縁に収まる形でそこにはあった。
「これが『漆黒の鏡』……」
「ええ、かつて初皇帝がドラコ―ヴァ家の妻に贈ったとする鏡。その水晶が光り輝く時、世界は変わるとも終わるとも言われているわ……」
いつになく神妙な声で語る母上。
「それほどの力がこの鏡にあるのですか?」
「それはわからないわ。ただ、貴方の代ではそうなって欲しくはないわ……」
そう語る母上の目は、いつになく、悲しい目をしていた。
「なんてね。それじゃあ枢機卿様。これでいいかしら?」
一転していつもの口調に変わる母上。まさか母上、演技だったのですか!?
「ええ、ドラコーヴァ家の春の儀。しかと見届けさせていただきました」
今まで仏頂面だった枢機卿も、一転して笑顔を見せる。
部屋の空気が一気に緩むのが分かる。
「じゃあオドレイ。これ貴方にあげるから割らないようにしなさいね」
「わ、わかったのじゃ……」
こちらまで気が緩んでいつもの『のじゃ』が出てしまった。
「それでは、私めはこれで失礼いたします」
そう言って枢機卿は部屋を後にする。
さて、私はこの鏡の管理場所をどうするかを決めなくてはいけない。
まずはこの動きにくい古式の礼服を脱ぐ事から始めなければ……
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ティバタール城から出てくる一台の三頭曳きの馬車があった。
その見事な装飾から、システィーナの枢機卿が乗る馬車である事が分かる。その証拠に周りは数人の騎兵隊によって警護されている。
「急ぎシスティーナへ行く。先にお前は魔法通信で知らせろ。内容は<オドレイ・ドラコーヴァは転生者に非ず>だ。急げ」
「はっ」
そう言って窓を開けて外の騎兵隊長に伝えると、騎兵隊長は最大速度で目的地へ向かう。
「……マウテリッツの言う通りか……どうにも奴に踊らされている感はあるが……」
マルジョリーはそう小さくつぶやく。
どうにも一抹の不安がある。
情報源の一つに『あの』マウテリッツだという事もある。
しかしながら、彼女なりに調べたオドレイ・ドラコーヴァ像はどれも彼女の知る『転生者像』とは食い違いを起こしており、そして今回の儀により、それが確定的となったのである。
それでも、一抹の不安があるのが現状である。
「しかし、あの『漆黒の鏡』なるアーティファクトを見て、何も動じなかったのでしょう?」
「左様。古文書の通りならば、あの『漆黒の鏡』はこちらでいう魔法通信と同様の力を持つアーティファクト。知っているのであれば平常通りとはいきますまい」
そのつぶやきと不安を抱く姿に反応する二人の補佐官。
ちなみにこの補佐官、護衛でもある為、かつてマウテリッツ伯の館に赴いた時と同じ人物であったりする。
「ああ。だが少し聡い者なら隠す事もできるだろうが……だが、これまでの調査の結果、やはりオドレイは転生者ではないと結論できる。……できるのだ」
そう言ってみせるが、どうも腑に落ちない様子であるマルジョリー。
しかし、古文書の示す通り、彼女は『転生者』ではない。
少なくともそれが『古文書が示す転生者』ではないのは確かである。
だが、古文書が示す以外の転生者ならば? その不安は当然あった。
しかしながら上は古文書の通りに転生者を見抜くことしかできない。
ならばそれに従うしかないのである。
かくしてマルジョリーを乗せた馬車は忙しく目的地に向かうのであった……
つづく。
次回は3月11日です




