14.5話 聖菓子の日
ヴァレンタイン記念です
2月14日。通称・聖菓子の日。
未だ冬の勢いは衰えていないこの日はエルディバの祖、初皇帝が妻たちに菓子を送り、妻たちも菓子を夫に送ったとされる日。この日ばかりは貴族だけでなく、市民・町人、果ては村人たちですら手に入る菓子を夫や妻、意中の者に送る日であり、祭日扱いとなる村や工場も多いという。
だが、そんな日であるにも関わらず、ディバタールでのマウテリッツ伯の屋敷はいささか空気が違っていた。
「まさかマルジョリー枢機卿がこのような所にお出でになされるとは恐縮でございますな」
マウテリッツの執務室。伯は執務机に就いてにこやかに来客と対面していた。
対面者の名はマルジョリー・マカーリオ=デュヴィヴィエ。人間の女性であり、彼女はエルディバ神勇教の枢機卿専用の礼服に身を包み、厳しい目線で伯と対峙していた。年齢は伯とほぼ同じに見える。
「まずは婚約。おめでとうと言わせてもらおうか。伯」
冷酷さを前面に出した声でそう言う。伯も明らかに祝福していないのは理解できていた。
彼女は両側の後ろに二人の衛士、魔法使いを控えさせている。
「それで、今日はどういったご用件で?」
伯は表情を崩さずに用件を聞く。
「……もうわかっているだろうが、伯の婚約者のドラコーヴァ家の第三皇女の娘、オドレイに『転生者』の疑いが掛けられている」
一息つくと、そう話を切り出すマルジョリー。
「ほう、『転生者』ですか……それはそれは……御大層な」
伯はニヤつきながらわざとらしく振る舞う。
「……『転生者』。前世の記憶を引き継ぎ、神の恩恵と祝福を受けし存在……。世界王たる勇者、そして我が皇国の祖、初皇帝もその存在であった」
マルジョリーはその態度に気を悪くしたかのように、一段強い口調で語る。
「これはこれは。枢機卿直々にご解説とは、有り難い事ですな」
伯はそれに意に掛けずに呑気に口を開く。
「そんな『転生者』が、『第三皇女』の『子』になってでもみろ。皇室は荒れるぞ?」
「皇室が荒れる時、皇国に乱あり……ですか」
「議会派は言うに及ばず、近年は民主主義とかいう衆愚政治信仰者も無視できないレベルに来ている。ここで第三皇女派でもできて見ろ。皇国は終わる。いや、終わるキッカケ位にはなるだろう。それは防がねばならん」
「なにせ今の神勇教は皇国あっての物、皇国が終わればシスティーナも終わりますからなぁ」
伯は他人事のように語る。
「他人事のように言うな!!」
枢機卿は伯の態度についに声を荒げる。
「まぁまぁ……で? それで枢機卿。ワタシはどうすればいいんですかね? まさか人様の婚約者に何かする気ですかね?」
伯は荒げる枢機卿を抑えるように手のひらを見せると、シン。と鋭い雰囲気でもって尋ねる。
「今の所、流石にそこまでする気はない。ただお前は真偽を明らかにしろ」
マルジョリーはその鋭さに一瞬怯むもすぐに先ほどの冷静さでもって命令を下す。
「真偽ですか? 婚約者に『あなたは転生者ですか?』とでも聞けと?」
「そうだ。そうでなくても些細な言動、行動、目つき、なんでもいい。思い当たる事すべてでもって事に当たれ」
伯の意外そうな言葉に、枢機卿はなおも冷静な声で指示をする。
「それで……もし、彼女が『当たり』なら?」
「それはお前が知る処ではない。……が婚約者であるなら知る権利はあるな。……本人の次第で、お前との結婚を執り行えたり、システィーナの大聖堂で『聖女』としての修行を行う事になるだろう」
「聖女ね……。『はずれ』なら?」
「用はない。後は汚すなりなんなりしろ」
マルジョリーの言葉に、伯の眉が若干震えたが、マルジョリーは気づかなかった。
「枢機卿が未成年への性的干渉認可しちゃ駄目でしょうに」
そうニヤつきながら突っ込みを入れる伯。
「ああ、そうだな。これは失敬した」
ふふと笑う枢機卿。
「それをお前が言うか、マウテリッツ」
一喝するように言い放つマルジョリー。
「さて、話が終わったようならお引き取り願えますかね? 私も貴方と同じように何かと忙しいので……」
マウテリッツはふうと一息つくと、そう言った。
「うむ。私もこれにて帰らせてもらおうか。だがその前に」
「?」
「今ここで尋ねる。あの娘は『転生者』か?」
その言葉に一気に部屋の空気が最高に張りつめる。
「『転生者』ってのは馬のイチモツもいだだけで泣いちまう程、肝っ玉が小さいんならそうなんじゃないんですかね?」
「ふん、その言いぶりはハズレ。であると言う事か」
マルジョリーは鼻をふふんと鳴らして見せる。心なしか表情が明るくなった気がする。
「さあね。どうだか。今までの『転生者』は泣かなかっただけかも知れないぞ」
とぼけてみせるマウテリッツ。
「ふん、お前が言う事は正しい、正しいさ。悔しいがな。なにせお前は 」
枢機卿は続けようとするもちらりと魔法杖を持つ衛士に目で確認をする。衛士はこくりと頷いてみせる。
既に防聴手段はされている。という合図である。
「なにせお前は『転生者』を実際に殺しているのだからな」
そう言い終えると、出入り口の扉の方へ翻って歩みを始める。
「マウテリッツ。今回もお前を信じるが、くれぐれも変な気を起こすなよ? これはお前がこれまでやってきた事の清算なのだぞ」
マルジョリーは顔を横にするも、伯を見ないような角度でそう言い放つ。
「枢機卿。それは貴方自身に私がした事も含まれている気がするのですが」
「ふん」
マルジョリーはそう鼻で笑うように聞捨てて扉を開け、去っていく。
「変わってねぇな……お前は」
扉が閉まるのを確認して一息の後、椅子に思いっきりもたれながら、マウテリッツはそう呟いて見せた。
………それからしばらくして………
「いやぁ。まさかあのマルジョリー枢機卿様と入れ違いになるとは肝が冷えましたぞ」
そう言って媚びへつらうかのように頭を下げる男性。男性は筋肉隆々で髭が深く、日焼けしており、ドワエルフであった。
「なに、ただの昔の女だ。それよか、お前が来たって事は俺の領地の例のアレは上手く行っているんだな?」
先ほどと打って変わって微笑みすら浮かべてみせるマウテリッツ。
「ええ、そりゃもちろん。ついでに例の工房ももうすぐ完成ですぁ」
「そうか。そいつはいいな」
男の言葉にマウテリッツは気を良くする。
「で、旦那。結局、婚約者様はその『転生者』なんですかね?」
「オメーなぁ……オメーじゃなかったらなぁ……はぁ。まぁいい」
男の発言にマウテリッツが呆れを示す反応から、相当な信頼をしている事が伺える。
「あの娘は、オドレイは『転生者』ではないかもしれん」
「貴方様が断言できないとは」
男はそう言う。
男は知っているのだ。彼がこのように断言できない時は『そうかも知れない』というアベコベな時である事に。そしてそのアベコベが的中している時も多々あるのだ。……外れる時は外れるが。
「少なくとも、今まで見てきた『転生者』は、馬のイチモツもいだだけで泣け叫ぶような真似はしないだろう。ただな」
「ただ?」
「時々目つきが変わる時があるんだ。俺がビビる程にな」
マウテリッツは神妙な顔でそう言う。
「貴方様はこの大陸で一番の実戦豊富な方。異界にそれに匹敵する人間が居るとは思えませんが」
「さあな、どうだがな。案外大戦争を引き起こした王か将軍かもしれんぞ」
そう冗談めかして言って見せるマウテリッツであった。
その後、ややあって、マウテリッツの屋敷に来ていたオドレイは
「今日は聖菓子の日じゃ!私が菓子を作ってやるのじゃ!!」
と張り切って厨房を占領し、今の今まで奮闘をしていたが、できたのは甘い小麦粉の塊にチョコレートの液が掛かった甘いパン的な物であり
これにはオドレイは「菓子作りは初めてだったんじゃ……」
と涙目で、彼女が知らない客人が居るのもはばからずに切ない声を出して持ってきたのを見て静かにマウテリッツは目で男に伝えた。
「やっぱこの子、確実に転生者じゃないかも……」と……。
つづく。
次回は多分、25日になると思います。多分。ちょっと時間が流れるので少し時間が掛かるかも…?