11話 はじめての錬金術なのじゃ!
「んんんっっ。ようこそおいでなされました。オドレイ様に、婚約者のマウテリッツ伯,でしたかねっ。狭苦しい所ですが、おくつろいで下さいませ」
城の一室。と言っても一日掛かってもすべてを回れる自信がない程の巨大なこの城の一角に、ヨハン・ベットリヒの研究室はある。
この城は最早防衛の為の城ではなく、いわゆる宮殿であり支配の象徴であり、住むための城なのである。
「うむ、中々思っていたより綺麗であるのじゃ」
私が言うように、室内は予想に反して中々に小綺麗であった。
「オドレイ様がご足労願われると聞いて急いで弟子と綺麗にしたつもりでございますので」
そういつものように言うと、弟子と思われる飾り気のない眼鏡をした女性、歳は人間と仮定して(この世界はエルフという存在の為、見かけで判断できない!)15程であろうか?まぁ余程の事がない限り、40・50近いヨハンより年下であろう女性がお茶を出す。
眼鏡はしてる者の表情が見えない渦巻きが刻まれた眼鏡であった。
「彼女は私の弟子で、ゲルデ・シュレッターと申しますぞぉ」
「ゲルデです、よろしくお願いしますデス」
ゲルデと名乗る女性はそう頭を軽く下げる。
やはりヨハンの弟子なのか、この女も個性が強いように感じられる。
ゲルデは茶を出し終わるとそそくさと奥へと戻って行った。
「さて早速ですが、ウナギに関する資料を集めておきましたぞぉ」
そう言って2、3冊の標準的な厚さの本と数枚の紙束をドサリと置く。
「魚類に関しては専門外も甚だしいのですが、ウナギに関する論文はこれのみですぞぉ」
「ううむ、それなりにあるのじゃな」
「紙の束はこれは全部論文か? それなりにあるんだな……」
私とマウテリッツ伯は思い思いにそう感想を述べた。
「んんっっ。おふた方、残念ながらこれは魚についての本や論文であり、ウナギは『ついで』に載ってる程度ですぞお。これでもかなり少ない分類になりまするぞ」
「なるほど、通りでそれにしては本棚には大量の本やらがあるのに量が少ないな。とは思ったが」
マウテリッツ伯が納得の声をあげる。
確かに本棚にはところ狭しと本がならべており、そのどれもが学術的な本であった。
「しかし私はウナギの冬と夏の脂身に関して証明したいだけなのじゃ、なぜ他の研究や情報を知る必要があるのじゃ?」
私は思った疑念を口にする。
「んんっっ。論文においては『被ってない事』がそれなりにかなり重要なんですぞ、幾ら世紀の大発見でも寸での所で論文を出されてしまっては意味がありませんぞぉ」
ヨハンが早口となる。この者、長い台詞になるとや早口になるになるようである。
「そういうものなのかの……。でもそれだと盗作されたらなす術ないのではないのかの?」
「まあその可能性もあるのですがねぇ。大抵は他学者や仲間や弟子と一緒にワイワイやる場合が多いですし、途中経過で発表したりと方法は色々ありますぞ」
「お前の場合は盗作されるより盗作する疑惑の方が多いだろう? 確か前もそういう話を聞いたが」
マウテリッツはそう疑問を口にする。
「おうふ。そうなんですぞぉ、そうならない為にも発表会は可能な限りでなければならず、まぁ色々と大変なのですぞ」
ヨハンはそうやって答えて見せた。
マウテリッツ伯は、この日の為に色々とヨハンについて調べており、ヨハンの研究室へ向かうと言った際には着いて行く事を強く言っていた。
どうやら、女性関係に対しての噂は決して良くないという話であるという。どうも、幼子が好きという可能性があるという。
幼子に発情するとかないだろう。と思ったが、そういえば源氏物語の光源氏は幼子に夢中になって引き取って自分好みの女に育てたという話もあるので、ない事はない話であった。
というか、マウテリッツ伯よ。そういう観点ならお前様の方が余程怪しいものなのぞよ?
と、まぁそのような事を考えている内に、話は実験方法へ移っていた。
「こういう実験はですな。とにかくあらゆるパターンを想定して行わないといけないのですぞ」
「パターン?」
「例えば切り身にしても頭を含めたり含めなかったり、骨を付けるかつけないか。内臓を付けたり付けなかったりで結果が変わる場合がありますぞ。それに一匹だけではなく、何十匹も用意しなければなりませぬぞ」
さらに年による差も考慮すると数年はかかるという話である。
「しかも冬でも同じことをしなければならないかの……。そうなると長く、面倒な戦いになるのじゃ……」
ウナギに関しては母上と料理長に話を付ければどうとでもなる筈である。
で、なければマウテリッツ伯に泣きついて手配してもらおう。幸い、事情は既に話しているので、泣く必要性はないし、母上と料理長の説得が失敗したら伯が用意してくれるという話になっているので安心である。
道具もヨハンが実験道具を貸してくれるので問題はない。
要は必要なのは私自身の<やり通すという信念>のみである。
「んんんっっそうなりますなぁ。どうですか、投げ出さずにやり通せますかね」
「馬鹿にするでないのじゃ、ヨハン」
「!!」
馬鹿にするでない。
ウナギの旬は夏ではない。冬である。
それを証明できるのであれば、私は……。
「重ねていうが、ウナギの旬は夏ではない。冬である。それを証明できるのなら、どれだけの歳月が掛かろうが構わぬ!!」
「ま、まて、結婚までには終わらせてくれよ!?」
折角格好よく言い放つも、マウテリッツ伯に即座に止められてしまう。
「んんんんんっっっその意気込みやよしですぞぉお!!まぁ5年もあれば証明できるでしょうっ」
その光景にヨハンも笑みを隠さずに笑顔を見せている。
「ご、五年も掛かるのかい……」
マウテリッツ伯はそうげんなりとしたが、私としては問題はなかった。
丁度よい暇つぶしができて良いと思う。暇してたし。
「では早速実験の方をはじめるのじゃ!」
かくして私はウナギの旬は夏ではなく冬であるという証明をする為だけに、錬金術なるものを始める事としたのであった。
それと並行して他にウナギに関して調べてる者がいないかの確認や論文を調べたりと忙しかった。
なにせ本当に切り身にしても頭を含めたり含めなかったり、骨を付けるかつけないか。内臓を付けたり付けなかったりの変化ごとに脂の出を観測し、しかもそれを何十匹も試さなければならないのである。
されども、ただ文字を学ぶために本と向き合うよりかは有意義な時間ではあった。
しかし、この有意義な時間の裏で、我が夫となるマウテリッツ伯とヨハンとの間である計画が進められているのに私は気づいていなかった……。
あと、なんか雪隠時の小を提出しろと言われた。なんでも検査の為に必要な事らしい。
様々な思惑が飛び交う中、時は流れるのであった……
つづく
2時間ほど遅れましたが、次回も1週間後の1月28日を予定しております。