9話 夏じゃ!甘酒じゃ!ウナギじゃと!?
以前、この体になって時間の流れが遅くなったと言っておったが、私が物心ついた時は春じゃった。そして今、世は夏になろうとしていた。
時の流れが遅い。というか元世界の童の頃のように体感がすごく遅く感じられる。
というか、ぶっちゃっけるとこの体、最高に凄い。
だって力が漲ってるのが分かる。走り回っても体の衰えがないから、殆ど息切れしない。してもすぐ治る。すごい。
厠の時の出が両方いい。前世は出が悪かった。いや、元世界では男でこちらでは女なのだから一緒にすべきではないだろうが、すごい。あとお尻から血が出ない。すごい。
でもビビアーヌと走り回って遊んだ日には夜ともなると目蓋が強制的に落ちるのが嫌でも分かるし、気が付いたらベッドの中で目を覚まして朝になってる。こわい。でも多分使用人達や母上が運んでくれたのだろう。ありがたい。
他にも肩がこらなかったり、暴れ回って体を酷使したその日の夜にもう筋肉の痛みが来たりとか、前世とは大違いである。
「ふははははっ!!体が軽い!もう何も怖くないのじゃああ!!!」
と明朝の朝日に向かって叫んでみたりしたり、無敵を感じる日々である。
そんな訳で勉強に遊びに幼少期を思い思いに満喫しておるが、しかし夏は暑い。
こんな時、甘酒があればなぁ……。
そう、夏といえば甘酒である。
甘酒は米から作るのである。だからやろうと思えばできる。しかし思わぬ落とし穴がある。
麹である。麹がないのだ。
私は酒屋ではないから麹の作り方がわからないのだ。というか誰でも作れるような代物なら酒職人は存在せぬ。麹作りは酒屋の秘儀として守られており、麹は酒屋で買うしかないのだ。昔麹問屋があったそうだが、今はもうないし。
孕石も酒を造っておったがやっぱり麹は買ってた。というか麹があっても失敗してたし。
しかし不可能ではない。米を口で噛み砕いて出して酒にするのだ。古事記にも書かれている。
ついでに歌にも唄われている。作る事は不可能ではない。
だがしかし、それだと酒ができてしまう可能性が高い。私は酒が造りたいのではなく、麹が欲しいだけなのだ。否、甘酒が飲みたいだけなのだ。そもそも私は酒が苦手でどちらかというと甘いものが好きなのだ。
等と、日に日に悶々と暑くなる部屋でぼんやりしていた時に
「あ、オドレイ様。飲みますか? 米のヨールルトですが」
とクラリエルが言って差し出したのが甘酒であった。
ヨウ ルルト。その言葉には聞き覚えがある。
いつぞやの食事の時に出てきた固体だったり流動体だったりする不思議な白い液体(固体)である。
はちみつやジャムを付けて食べるが、最初から塩や砂糖で作られている場合もある。
牛や馬、羊等の乳から作るらしい。
「……米のヨウルルト?」
米がつくのは始めてである。というかこれ完璧に甘酒であろうこれ。
「ヨールルトと言ってもいつも食べてる物ではなく、見た目がそれっぽいからという理由だそうですよ」
「なんじゃそれは……まぁ良い。いただくのじゃ」
そんな訳で飲む。
うん、普通の甘酒である。
「うむ、うまい。クラリエル。これをどこで?」
「町で普通に売ってますよ。父上のお店でも売られてますし。酔わないけどお酒みたいで昔から飲まれてますし」
クラリエルの説明を聞くに、甘酒……もとい米ヨウルルトはこの帝都ディバタールで普通に飲まれている飲料水の一つで子供の小遣い程度で買える普遍的な物らしい。
それというのも、米が二束三文で流れてくるので、水が綺麗な街外れの村や地域においては米酒が造られるのだという。
米酒が作られてる事に驚いたが、よくよく考えればこの帝都は100万人都市なので、当然酒の需要も比例しているので清酒や濁酒の需要もある。という訳である。質は悪そうであろうが、酒は酒である。
米酒があるなら麹や酒粕も当然あり、それらがあるなら甘酒もある。という事である。
甘酒がある。これでどんな夏でも乗り切られる。そう思っておった。
「オドレイ。今日は初夏の日と言ってウナギを食べる日ですよ」
食事の前に母上にそう告げられた。
初夏の日とはなんぞや。と思ったが、どうやらそういう風習の日であり、この日と真夏の日という日に必ずウナギを食べる事が宗教的に決められているそうな。
なんでもかの世界王となった勇者が真夏の日にウナギを好んで食べたから事から始まったそうな。
勇者とは風変わりな男である。そうおもった。
ウナギの旬は冬であるのに、何故夏に好き好んで食べるのか……風変りであるな。とは思った。
しかし次の母上の言葉に状況が変わった。
「ウナギの旬は夏だから、オドレイもしっかり食べなさいね」
母上、母上!? ウナギの旬は冬ですぞ!?
なんという事か。どうやら永く続く風習によりウナギの旬は夏という誤った認識が定着しているようである。
いや、まて。ここは異界。鮭の形が違うのだから鰻の旬も違うという可能性もある。
「鰻おいしいのじゃ!」
否、やはり元世界と同等の鰻であった。
しかし調理法は元世界とは違い、開いた状態でソウスなる醤油に似ている謎の液体を塗られたもので、お好みでマヨネイズなるクリーム状の何かを着けたりして、大変美味であった。
ええい、調理法で惑わすでない!!
鰻の開きとは確かにいい考えである。前世の世界ではブツ切りか丸焼きの蒲焼きであったが、こちらの方が美味である。
だが、このソウスなる濃い味とマヨネイズなる油の塊により鰻自体の脂があるのかないのかわからないではないか!
しかし美味である。美味なのである。
美味ではあるが、しかし誤りである。鰻の旬は夏ではなく冬なのである。冬になると太って冬を越す為に脂がついて美味しいのである。
しかしこの世に生きる者はかつての勇者が好き好んで夏に食べてたというだけで鰻の旬は夏という誤った認識なのである。
一応、料理長に確認したが、民間(特に生産者)はそうではないと気づいているが、まぁ風習としてそうなんだからそうなんだろ。といった認識であるといった印象である。
どうすればその誤った認識を変える事が出来るのであろうか……?
そのような漠然とした絶望にも似た思いでいつものように書庫に向かっていた。
「おやぁ。オドレイ嬢ではないですか。んんっっ。元気がないですぞぉ」
すると奇っ怪な胡散臭い声を出す怪しげな男……もとい宮廷医の男が声を掛けて来たのであった……。
つづく。
次回は一週間後の1月14日を予定しています。