85話 クラリエルの場合
オドレイ様は聡明な方であらせらえる。
歳幾ばくも無い頃より写本を写し書いては、将来の為と言って貯蓄をしているオドレイ様は聡明であるといえよう。それにガストピ商会の事件で孤児たちに仕事を与えてくださり、心優しいお方でもあらせられる。
また、書で得た知識を元にウナギは冬に脂が乗っているものだと言って、錬金学の手法を用いてそれが事実であるかを確かめようとしていた。
結果から言えば「確かに脂そのものは冬になれば多いと言えるが、想定していた量程ではないし、それをもって夏にウナギを食べるのは誤りであるとは言えない」と結論付ける事となった。
それでもなお、オドレイ様の見聞を広める意欲は凄まじいものであると思う。
知識だけでなく身体の鍛錬もされている。
ホビエルフの身体の特徴的に筋肉が付きにくいとされているが、それでもオドレイ様は幼い頃より鍛錬に励み、私や妹のヴィヴィアーヌ様も鍛えられた。
私は素手で一般の男性の手首くらいは捻れるくらいにしか強くなれなかったが、最初は弓が引けなかったオドレイ様は今では駆け足の馬に乗って、的に矢を当てる程に弓の名手となっている。
婚約者のマウテリッツ様との関係も良好で、マウテリッツ様から送られたミスリルの刀を甚く喜ばれ、常に背中に背負う程である。
ガストビ商会の時も、その刀を振るっていたり、お気に入りの装備である。
そんなオドレイ様と私には秘密がある。
忘れもしない満月の夜、私達は秘め事を行った。
それ以後、私はオドレイ様より、床の上で様々な話を聞いた。
曰く、オドレイ様は異世界からの転生者であるという。
そう、転生者である。
転生者と言えば、かつて世界を魔王より救った勇者様が異世界よりの転生者であるとされ、我がエルディバ皇国もまた転生者により建国されたとされている。
そんな奇跡のような存在なのがオドレイ様なのである。
しかし、この事実を世に知られると悪戯に世を乱すとしてオドレイ様から言うなと御止めになった。
あの頃はよくわかなかったが、今にしてみれば本当に他言しなくてよかったと思う。
その事実を利用する良からぬ者がオドレイ様に近づく、なんてことは容易に考えられるからである。近づくどころか暗殺される場合もある。本当に言わなくてよかった。
オドレイ様の前世は、王だったという。
正確には王ではないが、私にわかりやすいように王と言ってくれた。
『イマガワ ヨシモト』それがオドレイ様の前世の名と苗字である。イマガワが苗字、ヨシモトが名であるらしい。
前世の世界では幼少時の名前と成人後の名前が変わるとも言われているし、中々ルールが違うと説明された。
イマガワの生きた世界は、大変荒れていたと、オドレイ様は言っていた。その顔は大変悲しそうであり、儚い表情であった。
「私は、最初僧侶になりたかった。じゃが、僧侶になって人々に説法を繰り返しても、平穏にはならない程にあの世界は荒れておったのじゃ……」
そうオドレイ様は嘆かれていた。
「じゃから私は、あの世界、日ノ本の国の王となり、人々に平穏を与えたかった」
そう語るオドレイ様の目には明るさがあった。
「しかし……それも潰えた」
すぐに気落ちするオドレイ様、お傷ましやオドレイ様……。
「じゃが、今はそれほど残念には思わん。戦をすればどちらかが負けるのじゃ。私も相手も全力じゃった。じゃから私もその辺はスッキリしておる」
それに。とオドレイ様は続ける。
「この世にはお主がおるからの」
そうはにかみながら答えるオドレイ様はとても嬉しそうだった。
告白だった。
嬉しかった。
異世界の、乱れた世の中を収めようとした一国の王に、私が居るからこの世界が良いと言われたのだ。
だからこそ、オドレイ様をここで亡くなっていいお方ではない。
今回の件でオドレイ様が異世界転生者である事がバレてしまうが、どうにかなるお方しか居ないので、どうにかなるだろう。どうにかする。
親からあまりいい目で見られなかった私を、オドレイ様は選んで下さった!!
だから私はオドレイ様を救いたい!
そう強く願うと、気が付く。
そこは光の台の上で、これこそが遺物の『光の標』の効果らしかった。
既にマウテリッツ様が起きており、しばらくしないうちにオデッタ様も目を開けて、そして私含めた3人で光の標が示す道を歩く。
オドレイ様を救うために。
つづく。