82.5話 開幕
帝都ディバタール 某所
闇の戸張が深く降ろしている時刻。
丁度システィーナでオドレイ達が騒いでいるそんな時、エルディバの某所にて仮面の着物の男が某所を訪れていた。
「貴方ね」
「ええ、街での教会の手の者は粗方片付きました。これでこちらの動きを連中は知る術はないでしょうな」
「上出来ね」
薄暗い部屋の中で、着物の男と机に付いている人物が会話を行っている。
「それで、話とは一体なんでしょうか?」
着物の男は仮面をわずかな光源に照らされながら訪ねる。
「彼女が、オドレイが、出発前に尋ねてきたのだけど」
「ほう」
人物が少し間をおいて口を開く。着物の男は関心を示す。
「なんて言ったと思う?」
悪戯っぽい口調で逆に質問を行う。
「そ、それは。わかりませぬ、としか……」
すこし拍子抜けな感じになる着物の男。
「『私は本当に母上から生まれたのか』ですって」
「! やはり……」
人物の言葉に、着物の男はハッとする様子を見せる。
表情こそ仮面で隠されているが、それでも動揺にも似た様子を醸していた。
「やはり? やはりとは一体どういう事なのかしら?」
人物は訝しがる様子で着物の男に尋ねる。
「いえ、前世の話です。……それでなんと答えたのでしょうか?」
「どうもこうもないわ。あの子を産んだのも、その妹を産んだのも、そして弟を産んだのも、全て私だと答えたわ。私はてっきりあの事がついにバレたのかと思って覚悟したのだけど……」
人物はそう言って一呼吸つく。
「ねぇ。貴方達は一体何なの? 人を殺すより動物を殺す方が深刻そうに思ってるみたいだし、全てを見透かしているようだったり、一体貴方達は何なの?」
その言葉に、着物の男は言葉に詰まる。
「……昔話をしましょう。某の父君の事です。父君は領主、いえ一種の大国の王でした。正確にはまぁ別の言い方があるのですが、まぁ便宜上こういわせて下さい。
これは父君が王になる前の話なのですが、先王が死んだ際に、やはり後継ぎ問題で、父君とそのいとこの者と国を別つ程の騒ぎ……まぁ結局反乱程度の騒ぎにしかならなかったのですが。
そんなこんなで、父君の母、つまりワシにとっての婆様ですな。が、いとこの者へと重要な書類をもって逃げる事態となりました。何故だと思いますか?」
「……その、父君の母親が、父君の母親じゃなかった……かしら?」
着物の男のナゾナゾに、見事答える人物。
「何故分かった?」
「いや、そんな……話の流れ的に」
「なるほどね……前世で『自分の母親が、実は母親じゃなくて、別の女が母親だった』からあの子あんな事を聞いたのね……なるほど……」
そう言って人物は納得をする。
「狂ってるわ。貴方達の世界」
人物はそう言い放つ。
「首都では物取り、盗賊、武装した僧侶? それに武装した市民達が絶えず争い、道端に死体が常にあって、地方でも領主間の争いが絶えずに戦ってばかり、人を殺す方が動物を殺すよりも容易な価値観で、なのに犬は普通に殺すし、農村は農業の傍ら戦争で負けた側の軍勢を襲う半盗賊化? 僧侶ですらそれを問題視せずに逆に傭兵として自ら戦争に参加? 考えられない、狂ってる。狂ってるわ」
「いや、本当に。改めてそう事実を述べられると、本当にそうとしか思えませんな……よくそんな世界で喜寿まで生きられてたな……わし……」
人物の長い口上に、深刻そうな声で答える着物の男。
「いや、でも後半あたりはそれでもマシにはなったんですぞ。武装した僧も有名処が焼かれた為ナリを潜めてましたし、死体は片付けられ、都は煌びやかな都になり、新たな都もまた活気に満ちて平穏な都ですし……」
「でも人と犬は平気で殺してるんでしょ? 牛や豚とかは抵抗あるくせに!」
人物の言葉に、着物の男は「まぁうん、それはまぁうん」とたじろぎながら答えるばかりであった。
「……!!」
だが、そんな会話の最中、着物の男は何かを察知する。
「何があったの?」
「今……オドレイ殿が術を掛けられた……! これは、あの時のような精神の術……!? いや少し違う……違うが、これは深刻な術だ……」
着物の男は真面目な声で言う。
「すみませぬ、某は行かねばなりませぬ」
「そう、わかったわ。ここでもう行きなさい。ここなら安全だし」
「そうさせていただく」
着物の男はそういって、壁に寄りかかり、眠りこけるように座ってみせた。
しばらく後、本当に男は眠ってしまった。否、気を失うかのような様子すら見せていた。
だが人物は動じない。それが見慣れた様子であるかのように。
そして人物は薄暗い光に照らされて、小さくつぶやいた。
「私はあの時、何を呼び出したのかしらね……」と。
つづく。