寂しがりの魔女と呪いの少女
蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れている。
すえた臭いがする薄暗い部屋の中で、たいそう美しい少女が、火の灯った大釜の中身をかき混ぜていました。
「キツネノテブクロ、無念の死灰に三つ目巨人の髭、アンブロシアーにスロウロリスの肝に、乙女の生き血、トリカブトにサソリの毒針……」
大釜の中に禍々しい物品を次々に投下する彼女の表情は、ドロドロに溶けた液体が変色していくたびに、嬉々としたモノに変わります。その姿は、甘味物を目の前にした乙女そのものでした。
そして、数百種類にも渡る素材を投下し――
「できた! 遂にできた! 不老不死の霊薬!」
狂喜に唾を飛ばしながら叫んだ少女はボコボコと沸騰する真朱の液体を木の器に掬い、一瞬の躊躇の後に飲み干しました。
そして、少女は喉元を抑えて地面に倒れ伏します。地面に落とした木の器が、霊薬の付着した部分から黒ずみ始め、最後には灰になって崩れてしまいました。
「――ッ! ぐっ、あがっ……っ!」
少女は喉を抑え、白目を剥いて地面をのたうち回ります。
大釜はひっくり返り、床に零れた霊薬が不気味な赤い光を放ちながら濛々と大気に立ち込めました。そして、霊薬は凄まじい勢いで燃焼を始めます。
炎は少女を巻き込み、家を焼き、少女の骨すら残さず焼き尽くしてしまいました。
しかし、少女にはそんな事を気にする様子はありませんでした。炎が肌や骨を焼き尽くす痛みよりも、霊薬による苦痛の方が上回っていたのです。
――
――――
むかしむかしある所に、優しい優しい魔女が住んでいました。
闇深き森の奥に棲んでいた魔女は、自宅に訪れた人々の願いを叶えます。ゆえに魔女は人々からある種の信仰を受けていました。
眉目秀麗にして、一行三昧、刻苦勉励な魔女はある時、不老不死の薬を完成させてしまいました。
それはとても喜ばしい事のはずでした。これからは、寿命を気にせず人助けをする事ができるはず。
しかし、魔女はそれから人が変わったように残酷になっていきました。
不老不死を得て、数百年にわたって生きるようになった魔女は、暇を持て余すようになったのです。
魔女は願いを叶える代償に、無謀な要求を繰り返しました。
初めは少しの意地悪のつもりでした。それが、時を経る度にエスカレートし、最後には言外に死ねと言っているような要求になっていきました。
それから聖女と謡われた魔女は、悪しき魔女として認知され、魔女の住む森への立ち入りが禁止されてしまったのです。
――
――――
「はぁ、はぁ、……くぅ」
昼にも関わらず、光の届かないジメジメとした暗い森の奥。道なき道を進む赤毛の少女の姿がありました。
少女の纏う衣服はボロボロのマントが一枚だけ。マントや体の至る所に鎖を巻き付いています。
鎖は少女を締め上げ、破れたマントから除く肌には鎖で痛々しく傷付けていました。
目深に被ったフードのから除く白い頬には、痛々しい黒い呪印が刻まれており、ガリガリに痩せて骨が浮き出した容姿と合わせると、彼女が何者かに呪われているのは一目瞭然です。
歩くたびに肌に刻まれた呪印と共に少女を呪っている鎖が彼女を傷つけ、少女は苦悶の声を漏らします。しかし、それでも少女は歩みを止めません。彼女の目に映る希望の前には、このくらいの苦痛など、あって無い物だったからです。
「あっ……」
そして、手入れがされず、ぼさぼさに伸びた髪に隠れた赤色の瞳が、目的のモノを捕らえました。
光届かぬ闇深き森の奥、人の願いを叶える邪悪な魔女の住処。
これは、足を踏み入れる事を禁じられた太古の森に住むという魔女の伝説に縋った少女の物語です。
――
――――
「よく来たナ。お前は百十三年と二百五十二日ぶりの客人ダ。心から歓迎しようじゃないカ」
所狭しと棚に積み込まれた古本と、山のように積み上げられた植物や天井からつりさげられた動物の干物。埃とカビの積もった床に囲まれて、目つきの悪い少女が椅子に腰かけてふんぞり返っていました。
年は十代半ばから後半と言ったところでしょうか? 胸元と腰だけを薄い布で覆った淫靡な姿で、頬杖を付いています。手入れがされていない長い金髪が埃の積もった床に擦りますが、まるで気にしていないようでした。口元には歪んだ笑みが浮かび、目には光が無く、歓迎すると言いながら突然の珍客に何も心が動かされていないのは明らかでした。
少女はその姿に言葉を失いかけますが、鎖で動きにくい体を動かして跪き、言葉を紡ぎます。埃とカビ、ネズミの糞が積もっていたとしても、少女には躊躇はありませんでした。
「魔女様。本日はお願いがあって参りました。どうか、わたしに掛けられた呪いを解いてくれませんか?」
「……お前、私の噂を聞いてやってきたのだナ?」
少女が気付いた時には、魔女は少女の背後に立っていました。
突然の事に身動きできなかった少女の怯えを無視し、魔女は彼女の体を抱きしめます。
魔女は鎖の締め付けによって破れたマントの隙間から手を差し込み、少女の素肌を遠慮なくまさぐりました。
「ふム。これはいい身体ダ。……だが、呪いで痩せて台無しダ。なるほド、なるほド。これは強力な呪いだナ。勿体なイ。お前が呪いを受けていなかったら、私のペットにでもしてやったものヲ。それにしてもお主、何をやっタ? 術者はこの呪いをかけるのに多大な代償を払っていル。ここまで恨まれる心当たりはあるのカ?」
「……分かりません」
「そうカ、そうカ。あくまで黙秘を貫くつもりだナ? まァ、それもいいだろウ」
少女はゆっくりと素肌を撫でる魔女の手を無視して答えました。
魔女は唇に指を当て、いくらか思案する素振りを見せると、結論が出たのか言葉を紡ぎます。
「ふぅム。いいだろウ。呪いを解いてやル。退屈しのぎ程度にはなりそうダ」
「……⁉ ほんとですか⁉ ありがとうございます!」
「だガ……。わたしの噂は『願いを叶える魔女』それだけカ?」
「……っ! 『無為無聊の魔女』……」
少女は耳元で囁いた魔女に怯えを含んだ視線を向けました。
これまで感情を一切動かさなかった魔女ですが、ここにきて初めて表情に感情を表します。
逆三日月に吊り上がった口元と、サディスティックな光を宿した両の瞳……。
「せいぜい、楽しませてくれヨ?」
その笑みは伝説に聞く、悪逆非道の魔女そのものでした。
――
――――
人気のない幽谷。いや、人気どころか、命の気配のない荒野。
どんよりと曇った谷には植物の気配すらありませんでした。
そんな荒野に、ボロ布を羽織り、鎖に体を縛られた少女の姿がありました。
『呪いを解こうにも薬の材料が足りなイ。足りない分はお前が採ってくるんダ』
魔女の要求は、ある意味当然の要求。しかし、それは伝説通りの無理難題でした。
赤毛の少女は深い谷の底を徘徊する巨人を見つめます。
『足りない材料は三つ目巨人の髭。……その他はこちらで用意できル。奴は『愚者の幽谷』を永遠に徘徊する魔物ダ』
深い谷を全身が灰色の毛で覆われた巨人が歩いています。
魔女によると巨人は何の目的も持たず、何も食べず、永遠に谷を動き回っているそうです。なぜそんな事をするのかは誰にも分かりません。けれど、その髭が薬の材料になるという事だけが少女にとっては大切な事でした。
「……」
少女はただただ谷を歩く巨人に目をやります。
巨人と少女の体格差は、人と虫とムカデと言ったところでしょうか? 少女は自身の手に握った剣を見つめます。
とても致命傷を与えられるとは思いません。せいぜい、皮膚を少し傷つける事が出来る程度でしょう。しかし、そんな事をすればたちまちのうちに潰されて死んでしまうのは目に見えていました。
少女は崖の限界まで近づき、巨人を観察します。
三つ目の巨人とは言いながら、顔には二つしか目がありません。
しかし、この谷にいる巨人はこの一体だけで、他には見当たりません。三つ目の目はどこかに隠れているのでしょう。
谷の深さは巨人の頬ほどでしょうか。崖から飛び降りて肩に乗る事が出来れば、髭までたどり着く事はできそうです。
問題は巨人の移動速度の速さです。
超重量ゆえに動きが鈍重な巨人ですが、大きさが人間とは違います。巨人の一歩は歩幅が大きく、人間が全力疾走しても追いつく事が出来ないでしょう。
少女は歩き去っていく巨人の姿を眺めながら、その事を痛感しました。
『巨人の足は速イ。絶対に追いかけようとは思うナ。待ち伏せをするんダ。なぁに、安心しロ。三つ目巨人進行ルートは決まっていル。丸三日間かけて同じ場所を回り続けるんダ。お前は同じ場所で待ち続けるだけでいイ。だが気を付けロ。お前の寿命は谷に着いてから五日といった所ダ。一度逃せば、次はなイ』
少女は巨人を見送りながら、野営の準備を始めました。この場所にテントを張って、残り三日間を過ごすつもりです。
少女は次第に締め付ける力が増してきた鎖と、浸食が進んできた呪印から残りの時間が少ない事を感じつつ、この日は眠りにつきました。
――そして、三日後。
少女はこちらに向かってくる三つ目巨人を睨みます。
「我が手となり、足となれ。呪縛の鎖『死の揺籃』」
身体に巻き付いていた鎖が離れ、念じるだけで自在に動かせるようになりました。ひとまずそれを右腕に巻き付けて巨人が訪れるのを待ち受けます。
『呪いは術者が負うリスクが大きいほど致死率が高イ。お前に呪いをかけた術者はお前に戦う力を与える事をリスクとしタ。その力、存分に利用してやレ』
少女を縛る鎖は、自由を奪う枷でありながら、戦う力でもありました。
鎖を操る対価は自身の寿命。しかし、ここまで追い詰められた少女にとってはあってないモノでした。
少女は久しぶりに自由に動く体を動かしながら、巨人の姿を見据えます。
そして、うれしくない状況に気が付きました。
巨人は谷の中央付近を歩いており、崖から飛び降りても距離が足りず、肩に乗れそうにないのです。
「それでもわたしは……」
少女は額から汗を垂らしながら言いました。
頭に浮かぶのは故郷に残した仲間たち。失敗すれば『死』というプレッシャーに抗い、タイミングを合わせて少女は崖から飛び降りました。
「はぁ、はぁ……」
少女は毛深い巨人の腕にしがみ付き、ひとまず肩に向かって登ります。
巨人が一歩を踏み出すたびに地鳴りが響き、巨人が腕を振る度に振り落とされないよう、必死に巨人の腕にしがみ付いていました。
「うっ……」
少女は自由に使えるようになった鎖を休憩のための足場程度にしか使いません。それは、巨人に気付かれないためでした。
人間が服に着いた虫になかなか気が付かないように、派手な動きをしない限り、巨人は体を這うちっぽけな人間に気が付かないという可能性に賭けたのです。
腕に張り付いてから半日ほどをかけて肩のあたりまでたどり着いた少女は、巨人の毛に鎖を引っかけて作った鎖を足場に休憩を取っていました。そこは歩く時の腕の動きではほとんど揺れない位置でした。
少女は手のひらを開いて閉じて、握力の回復を待ちました。ここからは時間との勝負です。肩から首の下までは巨人が振り向いてしまえば見つかってしまうからです。
「……よし」
大体の握力が戻った少女は一気に肩に飛び乗り、首の下の死角まで走り出そうとして――巨人と目が合いました。
「……え?」
肩に乗った瞬間の事でした。
巨人は肩に向かって無造作に腕を振り下ろします。
焦った少女は巨人の肩から飛び出し、鎖を伸ばして巨人の指に絡めました。
しかし、それが間違いでした。鎖を絡めた指は肩に叩きつけられた手の指だったのです。
「うわっ!」
巨人は指に鎖が絡みついたのに気が付いたのか、めちゃくちゃに手を振り回します。
少女に出来るのは、歯を食いしばって耐える事だけでした。
しかし、いずれ限界が訪れます。巨人の指に絡みついた鎖がほどけ、少女の体が宙に投げ出されてしまいました。
「あぐっ……⁉」
少女の命運はまだ尽きていないようでした。
彼女が投げ出されたのは上空だったのです。地面に叩きつけられて潰れるのでもなく、横に吹き飛ばされて崖に叩きつけられて潰れるのでもなく、何もない上空です。
内臓がめちゃめちゃに揺さぶられる感覚に耐えながら、少女は空中で両手を広げて何とかバランスを取ろうとしました。
ようやく安定した時には巨人の目の前に落ちていくところでした。落下する少女に止めを刺そうと巨人の腕が延ばされます。
「く……っ!」
少女は鎖を伸ばして巨人の腕に鎖を絡めます。そのままブランコの要領で巨人の脇の下を潜り抜けました。そして、巨人の背後に出た所で鎖を解きました。
再び空に投げ出された少女は巨人の肩に鎖を伸ばします。そして、肩に降りた少女は即座に走り出し、巨人がこちらの位置を把握する前に首下の死角に潜り込みました。
「はぁ、はぁ……、運が悪いわね……」
巨人はきょろきょろと辺りを見渡し、少女の影を探します。その間、少女は振り落とされないように巨人にしがみ付いて揺れに耐え続けていました。
そして、しばらくすると巨人が動くのを止めました。どうやら少女を完全に見失ってしまったようです。
少女はよろよろと立ち上がり、再び徘徊を始めた巨人の顎を見つめます。そこには無造作に伸びた髭がありました。
「やっと、やっと呪いが解けるんだ……っ!」
少女は目に浮かんだ涙を拭いながら一歩一歩と巨人のふさふさな毛を踏みしめ、髭に向って歩きます。
ようやくです。いくら手を尽くしても見つからなかった解呪の法。伝説に縋り、巨人との交戦までしてようやくたどり着いた解呪の魔法薬。その材料がようやく揃うのだ。
そして、髭に剣を向けようとして――違和感に気が付きます。
踏みしめた足元に、毛の感触が無かったのです。
「……? ――――――ッ⁉」
足元に目を落とし、少女は声にならない悲鳴を上げてしまいました。
少女の足元には、毛の代わりに『目』が合ったのです。
その『目』はぐりぐりと動きまわり、狂ったように回ります。そして、焦点を瞼のあたりにいる少女に合わせました。
三つ目巨人。その名の由来。三つ目の瞳です。
巨人はその重量ゆえに鈍重な動きしかできません。顔の二つの目では捉えきれないものが多いのです。
それを補うのが三つ目の瞳。この目は巨人の体を自由に動き回り、両の目で捕捉しきれない部分を補う役割を持っていたのでした。
「くっ……!」
少女は全力で走り、巨人の髭に剣を振るいます。
捕捉されてしまった以上、次の攻撃がすぐに来るはず。その前に髭を回収し、巨人から離脱する必要がありました。
「あっ……」
髭を回収した少女に巨人の拳が迫ります。そして少女にはそれを回避する時間は与えられませんでした。
――
――――
命潰えた寂れた幽谷に、一人の少女が降り立ちました。少女は目に狂気を浮かべ、歪んだ笑みを湛えていました。
『無為無聊の魔女』、数百年の月日に感情が摩耗し、倫理観が削られて生まれた怪物です。
魔女は足元に転がる一人の少女を見下ろしていました。
見下ろされているのはボロボロのマントだけを羽織った赤毛の少女です。
血だまりに沈んだ少女の瞳は光を失い、感情の動きもなく虚空を見つめていました。
その手には巨人の髭。命潰えてなお、少女はその手に目的のモノを握りしめていたのでした。
魔女は少女の亡骸を見下ろし、楽しそうに笑いだします。
「くふフっ! あははハっ! なかなかの見世物だったゾ! 百十三年と二百五十二日ぶりの客人ヨ!」
魔女は心の底から小ばかにした様子で少女の亡骸を嘲笑います。
「ここまで来て死んじまうなんて、さぞ無念だろうなァ? 三つ目だと言ったろウ? 情報の使い方が下手な奴だな、お前ハ! あはははハッ!」
魔女はジタバタと地面を転がって、ひーひーと荒く呼吸を繰り返します。そして、笑いが収まると、元の感情の籠らない瞳で少女の亡骸を見下ろしました。
「三つ目巨人の髭。確かに頂いタ」
魔女が言うと少女の腕から血しぶきが上がります。そして、切れた腕ごと三つ目巨人の髭を回収しました。
そして、数歩離れると、何の前触れもなく少女の遺体は燃焼を始めます。
魔女はその光景をただただ無言でその光景を眺めていました。
――
――――
「ここは……」
見知らぬ場所で目覚めた赤毛の少女はベッドから起き上がり、周囲を見渡します。その際に自分が何も身に着けてない事に気が付き、毛布で体を隠しました。そして、その時に違和感がある事に気が付きます。
「……肉が戻っている?」
毛布を捲って自身の体を確認して恐る恐ると呟きました。
呪いに侵されて以降、急激にやせ細った体が元に戻り、浸食の進んでいた呪印が消えているのに気が付いたのです。
「呪いが解けた……? ……うっ」
呪いが解けている事に実感が湧かず、ベッドに入る前の記憶を探ります。そして、思い出した瞬間に口元を抑えました。
「ようやく目を覚ましたカ?」
「魔女様……?」
少女が振り向くと、淫靡な服装の魔女が光の宿らない瞳で書物に視線を落としていました。
魔女は瞳に僅かな光を宿して少女の素肌をじろじろと舐めるように見つめ始めます。その無遠慮な視線に晒された少女は毛布を再び被って魔女の視線から体を隠しました。
「なかなかいい身体じゃないカ。これはこれは行幸行幸」
「……何で生きているんですか。わたしは、死んだはずじゃ……」
魔女はパタリと本を閉じて少女を見つめます。
「確かニ。お前は一度死んダ。おかげで素材が全て集まっタ」
「死んだおかげ?」
魔女は淡々と頷きます。
「足りなかった材料は『三つ目巨人の髭』と『無念の死灰』ダ。志半ばでくたばったお前の身体は無念に満ち、いい灰になっタ」
「……」
「この二つは不老不死の霊薬の材料ダ。体の一部が残っていれば、死者を蘇らせることも出来ル。そして呪いは、『対象が死ねば消える』」
「呪いを解くには一度死ぬ必要があったと……?」
「そうダ。お前に掛けられた呪いは強力無比ダ。普通にやったら解除が出来なかっタ」
「そうですか……」
少女は自分の体を見下ろします。そんな呪いを受ける心当たりがなかった少女は、いつの間にか買った恨みの大きさに体を震わせました。
「えっと、ありがとうございました……」
「いイ。お前はこれから私のペットになるんだからナ」
「……はい?」
少女は素っ頓狂な声を上げました。
魔女は僅かに光を宿した目で少女の頬を撫でまわします。少女は魔女の目に飲まれて身動きが取れませんでした。
「どんな奴がお前に呪いを掛けたんだろうナ? 気になル! 気になるゾ!」
「……」
「どんな経験をすればあそこまで強力な呪いを掛けられるんダ? それに、私とソイツ、どちらが強いんだろうナァ?」
そして、魔女は少女の体を抱きしめます。魔女は少女の耳元で囁きました。
「それに、お前の身体は私の好みダ」
「は、離れろクソ魔女様ぁ!」
「あはハッ! あはははハッ!」
少女は魔女を突き飛ばすと、毛布をさらに深くかぶります。魔女はその場でケラケラと笑い続けました。いつまでもいつまでも、ケラケラと笑い続けました。
魔女の家に、百十三年と二百五十二日ぶりの笑い声が上がります。
心が擦り切れた魔女が再び世に出られるのかどうか。その鍵を握ったのは一人の少女だったようです。