番外編1 獣気
戦闘に関して今後「獣気」という単語が多数でますが、番外編という形で描写します。
訓練や修行描写や説明描写が苦手な方は次回まで飛ばしてください。
戦闘描写はこんな感じで描きたいと思ってます。
今後は戦闘もドンドン入る予定です。
ご期待下さい。
翌日。
マヤに促されるままに1発試験を受けたが、結果は1発合格で仮免を取得できたのだった。
18年ブランクがあっても、仕事で大型二種を活用してた頃もあってフルサイズの路線バスを動かしてたりしたこともある人間にとっては準中型は簡単すぎる。
8mを超える車格でないと運転時の違いなんて殆ど感じられない。
試験官は6点確認などをする自分に『二種でも目指すのか?』と聞いて来たが、さすがに二種を取ったことがあるとは言えなかったな。
仮免を受け、必要最低限の講義を予約した後、この間の森へ向う。
午後にこちらに来るようにとマヤから言われている。
彼女曰く『戦闘のための訓練です! 』とのことだが……
戦闘なんてリスクが大きいもんにあんまり遭遇したくもないものだ。
~~~~~
――森に着てみると、夏服姿の彼女がいた。
額などには汗を滲ませているが今日は歩いてくる程度では汗など出ないほど涼しい。
準備運動でもしていたのだろうか。
というか、その姿で訓練するつもりなのか。
俺が近づくと待ってましたとばかりに顔が笑顔になり――
『今日は私の約束を守っていただけましたね―』
――と先日の失敗を責めるがごとく挨拶も無しに呟いた。
『メールで送るのもアレだったし、今初めて言うけど合格だったぞ』
仮免を見せ、本日の目標を1つ達成したことを誇る。
『やりますね。2回ぐらいは落ちるかと思っていましたが』
マヤは仮免をまじまじと見つめながら褒めているのか褒めていないのかよくわからない言い方で褒めてきた。
でも言いたいことはわかる。1発は簡単じゃない。
だが、彼女が知らない裏スキルが俺にはある。
俺にとって車幅2.1m以下、全長8m以下の車は一般車と変わらない。
仕事で扱ったものは2.5×12mだ。
それも旅客事業用だ。
全長10m以上で全幅2.3m以上は次元が違う。
いつか彼女が乗る機会があるならその身でもって知ってもらえるとありがたい。
『では先輩。今日はちょっと私と戦ってもらいます』
仮免を堪能して満足した様子の彼女は突然妙なことを言ってきた。
『聞き間違いじゃないな? 』
仮免を仕舞いつつ念のため確認を試みる。
『ええ、気の重要性を知ってもらうために少々手合わせを』
『念のため伺いますが、先輩にとって気ってどういう認識ですか? 』
フフンと息を吐きながらドヤ顔になりつつこちらに呟くマヤ。
大人びているとはいえ13歳の女の子は現実世界に似遣わしくない気について一定以上の理解があることをこちらに証明したい様子である。
『再放送と新シリーズをやっているジャンプ最強の漫画作品のイメージもあるが』
『功夫映画のイメージも同時にある』
『さすがにビームが撃てるなどとは――』
ドウッ
強烈な緑色の閃光が顔の側を通り過ぎた。
…おいマジか。
『獣気なら不可能じゃありません』
『今のは獣気弾、または超獣弾と呼ばれるものです』
『私は好きで超獣弾という呼び名を使っていますが』
マヤはしてやったり目を輝かせてニヤケ顔である。
俺は目の前が真っ白になりそうだ。
『どういうことか説明してくれ……』
白旗を揚げた。
この世界が漫画やアニメの世界だと思いたくは無かったが現実的にものを見てしまったから仕方ない。
気なんて所詮は功夫映画に出てくる大気を振動させたり傷を塞いだりする程度のものだと思っていたのに――
『今のは実は圧縮された空気の弾丸です』
『獣気は世界の理の1つ、その気で包まれた全てのモノを、膨張または収縮させることが出来ます』
『超獣弾はいわば大気を収縮させて弾丸にさせて飛ばしたものです』
彼女は腕を組んで自慢げに胸をピンと張ってこちらに説明する。
『俺から見て緑色に見えたのは太陽光の反射の影響か』
己のの脳内で分析された結果情報を即時に声に反映させる。
『正解です。色は大気の状態と太陽光の状態によって変わります』
『レイリー散乱です。虹と同じ仕組みです』
マヤの顔が先ほどよりも、より一層明るい笑顔になる。
こういう話が好きなのだろうか。
『ってことは暗闇だと見えない弾丸になる―かな? 』
『そぉです。さすが先輩は学がありますね』
彼女は両手の平を合わせてこちらを褒める。
『学ってほどじゃない。中学生レベルならわかること』
『実際、如月も理解してるじゃない』
一応コミュニケーションの一環なのでこちらも彼女を褒める。
『えへっ…それほどでも』
マヤは恥ずかしそうに頭を抑えた。
こういった行動には13歳の女の子らしさが垣間見える。
『獣気の特性はわかったけど、じゃあ通常の気ってどうなってるの?』
右手をふいふいと振りながら質問があるという訴えを起こす。
気についてなんだか興味がわいてきた。
『全ての気というものは物質を繋ぎ合わせる力を持っています』
『私も詳しくはないのですが、破断係数?なるものを大幅に上昇させるそうです』
如月マヤ先生は人差し指を降りながら生徒である俺にやさしく答えてくれた。
『じゃあ功夫映画の描写はあながち間違ってないのか…』
彼女のそんな言葉に独り言のようについ言葉に出してしまった。
『ええ、傷を塞いだりする描写なんかがあったと思いますが―』
『―それは通常の気でも可能です』
『ただ、獣気と通常の気では獣気のほうがより身体能力を上昇させるさせることができます』
マヤによる講義が続く。
左手を腰に当てている。
マズイ…これは話が長くなる兆候だ。
『通常の気は、筋肉を気で繋ぎ合わせて身体能力を向上させます』
『気で筋肉が断裂しないようにしつつ100%の力を発揮させるわけです』
『100%の力を発揮した筋肉はその力の強さで自らを破壊させてしまいます』
『だから、大半の筋肉を持つ生物は普段は40%程度の力でしか動かしてません』
『トップアスリートや野生の肉食獣で一瞬70%程度出せるかどうかと言われてます』
『獣気は、膨張と収縮を利用して気を操る技術さえあれば、ケタ違いの運動力を発揮させられます』
『筋肉を膨張させたり収縮させたら…先輩なら想像はつきますよね? 』
『ただでさえ人より上回る身体能力が、さらに向上するわけです』
マヤは左手を腰に当てつつ右手の人差し指で空中を指差しながらドヤァとばかりの顔をして話す。
その口調はとてもハキハキしてとても楽しそうだが……
長い…情報量が多く要点以外は頭に入ってこないが、話の内容は理解できた。
今後この子と生活を続けるなら、この話が長くなる癖は上手いこと修正せにゃならんな……
『……そうなのか…獣気意外にもそういった性質……いや気質みたいなものがあるとか?』
彼女の説明が一通り終わったのを確認してから俺は口を開いた。
『あります。龍気とか、瘴気とか、人以外の種族の中では扱える者達がいます』
マヤは右手で髪をかきわけるようにして答えた。
この子はいつも話している際に手を動かしているが、常に手を動かしていないと違和感を感じる性格なのかもしれない。
『獣人はみんな獣気使い? 』
『その通りです』
その後、少しの間沈黙し、気に関するマヤ先生の講座が終わった。
スゥーっと彼女が息を吸い込む。
『―さて、獣気の説明がおわったところでちょっと私と手合わせしてください』
『変身せずに獣気を纏って戦う私と、変身だけした先輩』
『どちらが上か』
彼女はそう言って身構える。
気の使い方を教わっていないのでこちらは使えない。
とりあえずこちらも身構えておく。
『答えは出てるような気がするが、どれほど上昇しているのか見て頭の中にインプットしてほしいんだな?』
『先輩のそういう理解が早い所は好きです―よっ! 』
マヤが一気に視界から消えた。
バカッ!こっちはまだ変身してないぞ!
俺は急いで変身する。
すでに4度目、もう頭の中に獲物を描くことなく変身できるようになっていた。
変身して急いで周囲を見渡すがマヤの姿が見えない。
『遅いッ!』
左後方から彼女の声が聞こえる。
既に背後の方に回りこまれていた。
急いでその方向へ向くが、彼女の気配すら感じない。
『こっち!』
方向転換した状態で今度は右側方から彼女の声がした。
声の通り方からして右後方から右前方に向って駆け抜けたようだが姿が見えない。
『目で追おうとしないで下さいッ!』
前方のやや遠方から彼女の声が聞こえる。
どうすれば彼女の位置を特定できる?
人狼にも関わらず鼻が利かないという唯一のデメリットがここでボディーブローのように効いてくる。
音も土埃も全く立てずに一瞬のうちに移動するこれは「縮地」って奴なのか。
いや、落ち着け。
俺は今までの戦闘中何度か時間の経過が遅く感じられるぐらい視覚能力が向上したことがあったはずだ。
それを使えれば一瞬程度なら見えるかもしれない。
本気で瞬間移動に近い超高速で移動していたとしても、瞬間移動する一瞬必ずどこかで見えるはず。
音も聞こえなくなるぐらい集中しろッ!俺ッ!!
目を見開き目に力を込める勢いで集中する。
次第に周囲に聞こえるこざかしい環境音は薄れ、時間の経過が遅くなっていく。
そして彼女をようやく補足した。
彼女は真正面にいた。
というか、真正面からつっこんできた。
マヤは一瞬のうちに距離をつめた。
やはり縮地のようだ。
俺から4m以上離れた場所から1m程度の場所へ移動し、そこから右拳を前に振り上げつつ突撃してくる。
しかし、それは見えていた。
左腕をくの字に曲げ、顔の目の前へもってきて防御の姿勢を取る。
彼女の右拳を左腕より左側に沿うようにして攻撃を捌く。
これなら彼女のパンチは当たらな――
それを確認したマヤはすぐさま左肩を後ろに引き、そのまま左手で俺の胸部を張り手する。
しかし、彼女の突撃に合わせて間一髪後方に下がっていたため、運動エネルギーが相殺され威力は弱い。
これなら大丈夫と安心していたら――
次の瞬間、俺は真後ろにあった木に背中を打ち付けていた。
彼女の攻撃によって吹き飛ばされていたのだ。
俺の体は人狼状態なので全く問題ないようだが俺が激突した木はメキメキと音を立てている。
木の方が折れたかもしれない。
ああ……気を使うと言ったんだった……
そして獣気は膨張と収縮を操るエネルギーだと言っていたんだった……
張り手をした際に圧縮した空気か何かをぶつけて開放したらこうなるか……
変身せず獣気だけを使った彼女に俺は見事に敗北した。
フゥとマヤは一息つき、額の汗をぬぐう。
『獣気を使った状態なら先輩よりも完全に私の方が戦闘力が上ですね』
『身体能力が大幅に向上している先輩より、やや力の方も上回ってるようです』
その表情は穏やかで、決して嘲笑するような見下すような顔はしていなかった。
少々申し訳なさそうな顔をしていたマヤを木を背に腰掛けるようにしながら見上げていた。
もうちょっとだけ歳がいってたら惚れてたかもしれない。
格好いい女性は好きだ。
『木には悪いことをしてしまいましたね』
マヤはトテトテとゆっくり近づいてくる。
息が上がっていて肩で息をしている。
彼女にとってもかなりの運動量だったのだろう。
これは長時間あの状態で戦えないということだろうか?
『先輩、立てますか?』
マヤは右手を差し出して言葉を発した。
俺も左手を差し出す。
人間ならこのまま彼女に右手を引っ張ってもらっても俺を立ち上がらせることは出来ないが。
『よいっしょ』
マヤは当たり前のように俺を引っ張り上げてしまった。
『竜人の連中が如月みたいに戦えなくて良かったよ』
そう言って後ろを振り返る。
背後の木は見事にくの字に折れ曲がっていた。
衝撃の強さを物語る。
『―そして君が味方でよかった』
俺は本心をありのままに打ち明けた。
本当に味方で助かった。
『すぐに先輩もこの領域まできますよ』
息を吐きつつ彼女がそう告げる。
『教えてくれ。獣気の使い方を―』
少し大きめの声でハッキリと聞こえるように伝える。
『今日はトコトンいきますからね! 』
少女ははにかみ、冴えない男の願いを受け入れた。
それは涼しい風吹く昼下がりのことだった。