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4話

『う・・・うん? 』


 気がつくとソファーに横たわっていた。

 確か獣人のための学校に行って、昼食を採って…ああ……そうだ。


 ショックを受けるほどの変身をして、それから彼女の諸術なるものを受けて気絶させられたのか。


『目を覚まされたみたいですね』


 パタパタと手で風を仰ぎながら彼女が近づいてきた。

 首にはタオルを巻いて…体からは見えるか見えないか程度に湯気が漂っている。

 髪は湿っていて水が滴り落ちそうだ。

 風呂上りであるようだ。


『私としたことが失敗しました』


 マヤはとても不機嫌そうだ。

 …失敗ってなんだ?まさか―


『まさか、気絶させといて失敗したのか!? 』


 彼女のその言葉にソファーから飛び起きる。


『諸術については成功です』


『なんだ』

『一体じゃあ何の失敗を? 』


 どうやら二度もあのような気持ち悪い気分を体感しなくてよさそうなので再びソファーに腰掛ける。

 ここは彼女の自宅か。

 どうやって運んだのかはわからないが、彼女に運ばれたらしい。


『先輩が昼食を食べていたことを失念していたことです』

『私の大切な制服が1着損失しました』


 パサパサと首に巻いたタオル頭を拭きながらマヤが呟く。


『先輩がハンバーグをそのまま吐き戻してくれたおかげで』

『本来なら本日まだやりたかったことも遂行できなくなりました』


 マヤは溜息をつく。


『なんだ。別にそれならしっかり洗濯を――』


『私達の嗅覚を甘く見ていませんか!先輩! 』


マヤは会話に割り込むほどの勢いでまくしたてた。


『一度嘔吐物や排泄物なんて服についたら、かすかに臭いが残り続けて気になって着続けられません! 』

『先輩はいいですよね。変身しない限りは能力が向上しなくて』

『でも、普通の人狼は自分の体から出るかすかな獣人の臭いすら気になるぐらい鼻が利くんです! 』


『悪かった。悪かったよ』


 俺は両手を前に出してSTOPの意味のジェスチャーを行う。

 どれほどの嗅覚をもっているかわからないが、少なくとも彼女の制服は犠牲になったのだ。

 それは彼女の精一杯の意思表示から伝わってくる。


『でも俺、変身しても鼻が利くようになったと思わないぞ』


『え?そんなはずは……』


 首を傾げる彼女を前に俺は再び変身した。

 コツを覚えたので一瞬で変身できた。

 なんか前回と異なって周囲に光が溢れたような気がしたが気のせいだろう。


『やっぱ普段と変わらないな』


 すんすんと周囲の臭いを嗅ぐが別段普段と変わらなかった。

 マヤから漂っているであろう石鹸かシャンプーのいい匂いもこの距離では微塵も感じない。


『たった2回変身しただけなのにもう使いこなしているんですね…』

『固有種でも人狼形態への変身に慣れるまではとても苦労するのですが…』

『でも鼻が利かないなんて…フェンリルの申し子にそんなデメリットはないはず……』


 マヤは左手を腰に当て、顎に右手を当てて推理ポーズをする。

 彼女の知識では現状の状況は説明がつかないのだろう。


『中途半端な人狼だってことかな』

『身体能力と動体視力と、後は触覚みたいな肌などの研ぎ澄まされた感覚はあると思う』


『それは先ほど確認しましたのでわかります』

『先輩が変身した後にキョロキョロとしていたので私は鼻も利くものだと思っていましたよ』

『あの周辺…ネズミか何かのフンの臭いがしましたので……』


 絶句した。

 全く知らない事実を彼女によって聞かされた。

 そんな臭いなんて全くしなかったが、彼女は臭いをこらえていたのだろうか。


『それ、吐きたくなったりしない? 』


 ちょっと俺の話になるけど、俺は人糞や猫の糞をあまりにも近くで嗅ぐと嗚咽がしてしまう人間だ。

 ああいうのは慣れない。

 トイレ掃除もマスクが必要な人間だ。

 もし仮に鼻が利いたら、周囲のそういった臭いでむしろショック死してしまうんじゃないか。

 これは逆に鼻は利かない方がいいんじゃないのか。


『慣れ…ますよ…』


 複雑な表情を浮かべてマヤはこちらを見る。

 好きで慣れたわけではないのはわかる。

 正直そっちの趣味があったら即効で管理者のチェンジである。


『如月は強い子だよ』

『嘔吐してゴメンな…』


 そういって彼女に近づいて首に巻かれたタオルの先端を持ち上げて頭を撫でるようにして優しく拭いた。

 あの状況で俺には全く感じないネズミだか何かの糞の臭いすら理解できる彼女なら、

 当然ちょっとやそっと洗っただけの衣服に染み付いた嘔吐物の臭いも気になって当然。

 俺が朝きちんと話を聞いて、午前の授業が終わって彼女を教室で待っていれば彼女を傷つけることはなかったし制服が犠牲になることもなかったのだ。

 それが理解できてとても彼女に申し訳なくなった。


『先輩、実は残念なお知らせもあります』


 彼女は俺にタオルで頭を拭かれたまま、スマホを取り出し画像を表示させる。


『あの竜人のせいか』


『ええ。先ほど連絡がありました』


そこには産業廃棄物になった純国産時代のホンダスーパーカブ110ccが写っていた。

奴らは逃げる際にどうやってかコレを見つけて破壊したらしい。


『もう国産のカブ110はレア物なんだよなー』

『あいつら本田宗一郎に呪い殺されてしまえばいい』


『彼らはもうすぐ死にますよ』


 スマホを仕舞いつつ彼女が呟く。

 相変わらず俺によって頭を拭かれ続けているがこれにといって拒否することはなかった。


『竜人も、一応は日本法で裁かれます』

『表向き公開されない秘密裁判ではありますが』

『彼らは後天性の竜人でしたが、先輩含めて殺人や暴行の件数が30件以上の指名手配犯でした』

『直接または魔獣を利用しての死亡者は9人以上です』

『死刑は免れません』


 マヤがはぅと息を吐く。

 その表情は悩める乙女の顔だった。

 何となく彼女の気持ちは察する。

 日本人かは不明だが奴らは地球人類だったわけだ。

 それがテロリズムに近い行為で人に迷惑をかけ死においやった。


 きっと彼女はまじめな子だから、守るべき人類種が人類であることを捨てて同じ人類を虐げようとする行動を理解したくないのだろう。

 たとえその背後にいかなる大儀があったとしても。


 俺はちょっと別の考えも無くもないのだが、彼女のそういう優しく真面目な姿は嫌いじゃないし、変なことを口走って彼女の真っ直ぐな心がゆがんで欲しくないので自分の考えについては控えることにした。

 やっぱ妹とは違うなこの子は。

 どうやったらこんな真っ直ぐ育つんだろうか。

 俺ですらその心の奥底は黒くよどんで歪んでいるというのに。


『そういや、あの時に王女様が近くにいたっぽいんだけど、アレはあいつら拘束しようとしてたり?』

『何しろあいつらに襲われてすぐこっちに来たから』


 ふと浮かんだことを言葉にして彼女に投げかけてみる。

 よどんだ空気をどうにかしたかった。


『あの時は拘束するために人狼の部隊が動いていたらしいです』

『本来は危険なのでやめて欲しいとオーフェンリアの役人からも言われてはいるのですが』

『王女は自ら最前線に立つお方なので』

『直接彼らを捕まえようとしていたみたいです』

『先輩が飛び込んでいって作戦が台無しになったそうですが』


『う…』


 聞くんじゃなかった……

 あいつらを逃がしたのは俺のせいだったようだ。

 きっと人狼の人らは俺を何とかして救うためにあれこれしていてくれたのではないだろうか。

 確か2度目に竜人と遭遇した時に黒服の連中がかなりいたけど、アレらがその部隊だとしたらとんだ迷惑をかけてしまったことになる。

 にしても、王女は優しそうな雰囲気をもつのに勇ましい人だな。

 怒ったら非常に怖いタイプかもしれない。


『……竜人ドラグニュートも後天性でなれるんだな』

『獣人だけだと思ってたよ』

『あれは獣人ではないんだ?』


 間を置いて気になったことをもう1つ彼女に投げかける。

 彼女はさきほどまで俺が気絶していたソファーの方へ向い座った。

 おれもつられて彼女の隣に座る。

 彼女の髪はもう殆ど拭かなくてもいい状態にまでなっていた。

 

 静かに彼女が口を開く。


『…彼らは完全に別の派閥ですよ』

『この世界において人類の未来のためと称して人類を竜人にさせたり』

『魔獣を使ってよくわからないことをしています』



『王女は敵に近い存在だと言っていた』

『俺からしてみてもアレはただのテロリストだ』

『日ノ本でそんな活動をする人間が少数ながらも存在することに驚きを隠せないけどね』

 

 彼女の方を向かず正面を向いてそう口にする。

 日ノ本はテロとは無縁に近い。これはなぜか。

 それは、水際でそういった連中を抑えることにこの国は長けているからだ。

 特に中東とアフリカに対しては完全にシャットアウトできる。


 この国でそういう工作を行うのはもっぱらアジア人である。


 第二の両親によって俺はそう教え込まれているがその実態も垣間見ている。

 だがその工作もいいところ政治工作が限界だ。


 かつては拉致行為などもあったが、現代では不可能に近い。

 ましてやテロ行為などを企てようとするものは入国などできやしない。


 だが、この転生した別次元の地球では、そういう連中とは別個の超次元的存在が活動できるということなのだろうか。

 俺の第二の両親は国のお膝元にいながら、亜人についてはその存在すら認知していなかった。

 国が抱える産業スパイは当然にして北朝鮮などのテロ指定地域または国家への軍事に転換可能な高度な技術を移転することを阻止することも活動の1つ。

 

 だからそういった関係に関する知識は外務省の外交官以上に詳しかった。

 そんな両親ですら亜人は噂程度にしか知らないと言っていたのに―


『先輩? 』


 マヤの心配そうな声がこちらの耳に響く

 少々考え込みすぎた。

 答えの出ない考えを巡らせても無駄なのはわかっていても…悪い癖だ。


『すまん。ちょっと考え事を…ね』

『そいや、今日したかったことがあったんだって?』


 マヤの顔がほころぶ。

 よくぞ聞いてくれましたとばかりの顔つきである。


『治安維持活動に関するものです』

『この活動はとっても重要なんです』

『何しろ、生活がかかってますから』


 彼女は嬉しそうに話しているが生活がかかっているとはどういうことだ。

 爵位を貰っているという割に、給与のようなものは与えてもらっていないのか。

 どうも俺は彼女の家柄について疑問がある。

 

 爵位があるとか、夕所ある家柄のわりに持ち家も豪邸ではないし資産に恵まれている様子もない。

 掃除夫も使用人の姿も見られない。

 もしかしてこの子…没落した家の出なんじゃないのか。

 いや、持ち家など資産はすべてヴァナルガンドにあってこちらは別荘のようなものかもしれないが、それにしたって身なりが普通すぎるし家の中の家具や小物も拘りのない安物ばかり。


 王女様がそれなりの家柄の子だといっていたからウソではないが、何か裏がありそうではある。


 そう頭で巡らしていると、彼女はこちらにある紙を手渡してきた。

 それは―


『準中型自動車免許のパンフレット?』


『まずは先輩に治安維持活動をするにあたって取得してもらいたいんです』

『1発試験で取ってください』

『あとは獣人達が提携する自動車学校でを即終わらせて手に入れちゃってください』


 マヤはかなりの早口で内容について説明している。

 かつては車が趣味で大型二種を前世で取っている俺だからこそ余裕ではあるけど、

 そんな過去の経験が無かったら不可能に近い要求だ。

 

『ようは移動手段が必要なんだな?』


 マヤの真意を俺は読み取った。


『はい。現状だと…自転車しか使えません…ぅぅ…』


 マヤはうなだれているが―


『あの身体能力があれば自転車で十分だろう?』


 と伝えてやった。


『何を言ってるんですか!先輩 』

『時速60km以上で自転車で移動したら不審がられます! 』

『妙な行動を起こして世間で騒がれる真似はできません』


『ああ、そりゃ確かに』


 彼女の話に納得して頷きながら呟いた。

 そりゃそうだわな。


『わかった。1発試験なら余裕だ』

『普通二輪があるので一種なら現状学科は免除、確かに1発試験ならすぐ取得可能だったかな』

『救急関係とかで3回ぐらいの技能講習が最低必要だったとは思う』


『詳しいですね先輩……まるで以前持っていたかのように』


 マヤは少し引いていた様子だった。


『車を趣味にしたいと思ってたからね』


 適当な言葉でその場をやり過ごす。


『かかる費用は全て経費で落とします』

『本当は、今日技能講習の予約とか、全て済ませたかったのですが、それは明日にしましょう』


『わかった。試験は任せて。俺の本気見せて驚かせてやる』


 俺は彼女の真っ直ぐな眼差しと真面目な姿勢に応えることにした。

 なんかこう、純粋な子を純粋なまま生きて欲しいから裏切れないというか。

 なぜ彼女が俺を兄に仕立て上げようとしたのか、何となく読めてきた気がする。


 ただ、尻に敷かれるというようなことはしないしさせない。

 この部分に関しては一線を引こう。

 そう心に刻み込んだ。


 それに、居候するわけにはいかないからね。

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