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1話(後編)

長くなったので分けました。

 夢を見た。

 夢を見ていると自覚するような空間にいた。


 草原で、狼の群れが羊を襲っている不思議な空間。

 狼の群れの後方には髭を蓄えて杖をついて歩く老人がいた。

 まるで狼達を指揮しているようだ。


『少年よ。狩りは好きか?』


 大声で老人がこちらに話しかけてきた。

 見た目の年齢からは想像出来ないほど滑舌がよく、その言葉はまるで質量をもったがごとく耳の間を駆け抜ける。


『狩りは好きじゃないが狩られる側にはなりたくない』


 思ったことをそのまま答える。


『獣になりたくはないか!』


 再び老人がこちらに向って叫ぶ。

 彼の声にはなぜか暖かさを感じる。


『俺は狩人でありたい。狩る側でありたい。獣よりも狩人として全てを狩る側でいたい』


 なぜだかスラスラと本心を老人にぶつけられた。

 そうしろと誰かに命じられたわけじゃないが、そう答えたかった。

 彼の声が持つ不思議な力に導かれたのかもしれない。


 『それもまた……良きものだな』

 『いいだろう狩人よ!全てを狩るがいい!』

 『獣よりも凶暴に。人よりも強欲に』

 『全てを狩れ!』


 老人は天高く届くような勢いで叫ぶと狼と共にゆっくりと立ち去っていった。




 ――気づくと実家の自分の部屋のベッドにいた。


 なんだ夢か。悪い夢を見ていたのか。

 そう思って左腕を確認すると感覚がある。


 大丈夫。左腕も無事――じゃない。


 左腕の様子を確認して思わず卒倒しそうになった。左腕には傷があった。

 明らかに切断されたか何かされた状態から接合されたような状況になっているかのような大きな傷跡だ。


 ケロイド状というか瘡蓋というか、接合部にあたる部分はそんな状況。


 つまり、夢ではなかったという事。

 背筋が凍りつくような思いがして急いで鏡の前に立つ。


 胸部を見ると大きな傷跡がある。

 アレは間違いなく致命傷だったはずだが生きている…

 二度目の死は免れたようだが、なぜ生きているのかはわからない。


 次の行動に迷い、ふと窓の外を見ると朝だった。

 時計を見ると日付が月曜になっている。

 おまけに朝7時であり、このまま何もしないでいると遅刻してしまう。


 最後に意識があったのは土曜の正午過ぎ、少なくとも24時間以上意識が無かったことになる。


 考えている暇もなく、朝食を採ることもなく着替えて急いで高校に向った。

 特に体に不具合は無かった。





 ――学校は特に変わりはなかった。

 昼休みに確認するとニュースで八王子に魔獣が出たというような話もなかった。

 いつもの毎日がそこにはあった。


 ――下校の時間までは……


 夕方、校門まで向うと門の前に20代ぐらいの男2名がいた。

 2名は明らかにこちらだけを見ている。


 彼らの所まで近づくと片方が話しかけてきた。


『やーやー滝嶋君タキシマくん。ちょっといい?』


 この擦れた男の声に聞き覚えがある。

 昨日俺の腕をなんらかの方法で切断してきた口の悪い爬虫類型の人間だ。


 どこで知りえたのか名前など個人情報を把握されていた。


 状況からして人に擬態する……もしくは化け物に変身できる連中であると思われる。

 ネット上で亜人とか呼ばれているやつらの噂される特徴と一致する。


 これが亜人って奴か……


『どこかでお会いしましたっけ?人違いでは?』


 そう言って立ち去ろうとするも阻まれた。


『人違いなら無視してそのまま通り過ぎた方が選択肢としては良かっただろうな滝嶋クン』


 もう片方のお偉いさんと通じているらしき男が口を開く。

 飼い犬をしつけるような物言いにいささか腹が立つ。


『少々。着いて来てもらえるかな?』


 彼らは車を指差し乗れと命令してくる。

 言われるがまま車に乗車した。


 ヘタに騒ぎを起こして学校のクラスメイトなどが死ぬよりマシだとう判断をした。


 ――車に乗せられて10分前後。

 現在の状況を説明すると。今は人間の形態の口が悪い爬虫類人間は後部座席で俺の隣にいる。

 運転しているのがリーダー格か何かのポジションにいる方だ。


 少なくとも車を扱える能力や知能と、入手する資金源か何かが彼らにはある。


『どこで名前や学校を調べた?』


 連中に質問を投げかける。


『このご時勢、いくらでも本名と所在ぐらい調べられるのさ滝嶋君』

『ソーシャルネットワークを舐めすぎたな。もう少々慎重に行動すべきかもしれん』


 リーダー格と思われる男は上から目線でこちらを指南するがごとくそう呟いた。

 確実に自分は優位に立っていると思い込んでいないと出来ないような口調である。


 確かに自分はソーシャルネットワークを用いている。

 しかし今日の学生は大半が用いているものだ。

 スマホとソーシャルネットワーク無しにまともに友人関係すら構築出来ないほど今の時代は情報社会が青少年を飲み込んでいる。


 そこに隙があった。

 両親にL○NEは危険だと言われてはいたが、普段の生活においては別段問題ないだろうと思っていたことが仇になっていたようだ。



『これから俺をどうするつもりだ?』


 善意も何も無いリーダー格の言葉に対して質問する。

 どうするつもりなのはかは大方予想がついているが。


『むしろコッチが聞きてぇよ』

『何で生きてんだオメェ』


 隣にいた擦れた声の男が威嚇するが如く言葉を発した。

 こちらを不安にさせたいのかもしれない。

 だが、なぜか繭1つ動いていない自分が車内にいた。


『念のために調査に繰り出したら五体満足なんてちょっと傷ついちまったぜ』

『これでも殺人童貞ぢゃねんだが』


 ケヒケヒと口から様々な部分より空気の漏れた擦れた笑いが車内に響き渡る。

 これもこちらの不安を煽る手段の1つなのだろうことは容易に予想がつく。


『簡単には死なないほどの再生能力でもあるとしたら…こちらとしては参るな』


『―つまり、消えて欲しいってわけだアンタら亜人共は……』


 リーダー格の男による冷静な口調で漏れた本音はこちらの不安を完全に払拭するには十分なものだった。


 奴らは俺が生きている異常事態の理由について知らなかった。

 そればかりか驚異的な再生能力か何かの持ち主だと考えている。

 ならばあえてそういう風な人間であると装って隙を伺い逃げ出すしかない。


 幸いまだ街中。いくらでも機会は――ある。



『……亜人じゃねぇ。竜人ドラゴニュートだ間違えんな。』


 少し間を置いての発言だった。

 擦れた声の男が一瞬躊躇した理由は不明だが、種族名を名乗ることに問題があったのかもしれない。


『竜人……じゃ獣人じゃないってわけか』

『良かったよ。獣人じゃなくて。』


 そう言ってドアに手をかける。


『よしな。ドアはロックされてる。開かないようにな。』

『便利な機能だぜ。幼児が出られないようにって完全にロックできちまうんだから』

『窓も開かないぜ?』


 擦れた声の男はこちらの動きを抑制することなく言葉だけでこちらの動きを止めることに成功した。

 現代の一般的な自動車は老人や子供のためにドア内部のレバーがあり内部からは全く操作が出来ないようにロックすることが出来る。


 このレバーはドアを外部から開けた時にしか操作できない。


 これを一般的にチャイルドロックと呼んでいる。

 加えて運転席から窓の開け閉めもロックすることでその車は内部から一切開け閉めが出来なくなる。

 今がその状態だ。


 窓を開けるスイッチをON OFFしても全く反応が無い。

 この車は警察が一般車両で被疑者を護送する時と同じ状況となっている。


『っつーかお前が動くよりも俺らの方が早ぇよ』


 ざまぁないぜとばかりにニヤニヤと勝利の笑みを浮かべる擦れた声の男。


 チッ


 どう足掻いても絶望的な状況に舌打ちせずにはいられなかった。

 だが一方で何故か絶望感はそこまで無い。

 死というものを一度体感していること。


 そして一昨日の一見で死ななかったという事実が自分を恐怖のどん底まで落とさずに冷静にさせている。


 ――約1時間後。

 彼らは海に近い下町の廃工場の中で車を停車させて自分を降ろした。

 この間といい、こいつらは廃工場を随分好んでいる。

 何か理由があるのだろうか。


『さぁて、どうすっかな』


 口の悪い竜人は腕をボキボキと鳴らし、いつでも準備万全とばかりに身構える。

 大好きなゲームに興じるがごとくテンションが上がっている様子だ。


『気をつけろカイン』

『何か隠しているかもしれん』


 声が高い方は車を運転している頃から特に感情が変化している様子はない。

 一方で隙が全くない。

 妙な動きをしようものなら即座に殺すとばかりにこちらから目線を外さない。


 だが――


『素人だな』


『何ィ?』


 こちらが発した言葉に即座に擦れた声の男が反応する。

 

『腕を拘束することすらしていない』

『外から見たって車内の状況なんてわかるわけがない』

『もし―俺なら結束バンドで拘束する』

『自分らの能力を過信して慢心しすぎなんじゃないの?』


 今なら十分に逃走可能だし、それに五体満足の状況なら何かできるかもしれない。

 己の身体能力の高さに油断している……はず……


 まずは煽って時間を稼いで――


 残念ながら彼らはそんな甘い連中ではなかった。


 目の前で人であったものが異形の姿に変貌していく。

 そしてその異形の姿の者はこちらに目にも留まらぬ速さで接近し、張手でもって吹き飛ばした。


 胸と背中に激痛が走る。

 金属の板に肉が打ち付けられた鈍い音が響く。


 廃工場の壁に吹き飛ばされていた。


『腕を拘束する必要性…ないよなぁ?』

『肝が据わっている男であることは認めてやるよ』


 声の擦れた爬虫類がのしのしとこちらに近づきつつ呟く。

 表情はまさに獲物を追う爬虫類の化け物そのものだ。


『だがよ、身体能力の差はデケェってこと頭に入れて煽った方がいいぜ』


 正座をするがごとくしゃがみこむ

 思いっきり叩きつけられた影響で息もまともに出来ない。


『カイン。今度は頭と胴を分離させてしまえ』

『それで駄目なら粉々に粉砕する方法を考えるか海の中に重りを付けて沈めてしまおう』


 リーダー格の男は変身もせずに淡々と言葉を発する。

 余裕の表れからであろうか。 


『あいよ』


 リーダー格の指示を聞き、再び竜人の片割れ。カインと呼ばれる男が身構える。

 良く見ると奴の手の爪は鋭く長い。

 これを高速で振り回したことによって腕を切断し、手刀でもって胸部を貫いたわけだ。


 絶対絶命。


 まさにこの4文字が頭の中をひしめき合っている。


『オオゥ!!』


 カインが叫びつつ飛び込んでくる。


 その刹那――体が妙に熱くなりほてってくるのを感じた。

 そして何よりも体が軽くなり息が整ってくるのを感じる。


 あたりが静かになり、まるで時間が止まったような感じだ。

 だが良く見るとカインはゆっくりとこちらに飛び込んできている。


 遅い……敵が遅い?


 不思議な感覚である。


『―狩人よ。狩りの時間だ―』


 どこからかあの夢の中にいた老人の声がした。

 声と共に全身に力が漲る。


 今の自分ならやれるはずだ。

 なぜかそう確信できた。


 そして自分は何も考えず相手がこちらの首をめがけて突き立てる手刀の突きを払いのける。

 ゆっくりとした時間の中、それがいつもの時間の状況と同じような速度で腕を振りのけることができた。

 その瞬間、ゆっくりと経過していた時間が再びいつもの流れに戻る。


『ギィヤァァァァァ』


 あたりには鮮血と叫び声が飛び散る。

 青い。

 赤くない。


 カインの左腕はこちらの高速による払いのけだけで吹き飛んでしまっていた。


『手ぇぇぇぇ俺の手ぇぇぇぇ』

『イデェ・・・テェェェェ!!!』


 それがあまりの衝撃だったのか、カインは残った左腕を押さえながら叫び、のた打ち回る。


『こ…これは…この溢れ出るエネルギーは…人狼…!?』

『馬鹿な!獣人だっただと……だがこの姿は…一体!』


 リーダー格が驚いてこちらを見つめている。

 何が起こったのか状況を理解できていない様子だ。

 それはこちらも同じではある。


『俺にも動く瞬間が見えなかった…テメェ!何をした!』

『俺の腕ヲ!ウデェェェエ!』


 カインは膝をついたまま叫ぶ。

 まるでそれは腕を思いっきり噛みつかれ犬のようだ。

 まだ痛みに慣れていないのだ。


 自分は冷静に状況を見つめる。

 どうせ殺られるなら、関係ない。殺ってしまおう。

 あれは人間じゃない。


 こいつらに日ノ本の法なぞ適用されない。

 自然権を犯す行為ではあるので自然権論者である自分には少々心痛いものがあるが、

 なに、こちらの自然権を奪おう者なら関係無い。


 まずはリーダー格を……殺る。


『ぬわっ!』


 こちらがリーダー格の方を振り向いたことで彼は本能で後ろに2、3歩ほど下がっていた。

 リーダー格はまだ変身していなかった。

 もしくは擬態の姿のままだったと言うのかもしれない。


 その油断を利用し、一気に距離を詰めて――


『おっ ゴォォ グッ』


 喉元に一突き食らわせる。

 奴らと同じ攻撃方法を試みたがアッサリと皮膚を貫通した。


 そのまま胸倉を掴んで―


ドゴォォン


 廃工場の壁目掛けて思いっきり投げつけたたきつけた。

 廃工場の壁は金属で出来ていたが、見事に人型に凹むほどの威力。


 間違いなく完全に人を逸脱した何かの状態になっている。


 体中を高揚感が襲ってくる。

 今、絶対的優位な状況に自分は立っている。

 奴らの命は―こちらの手の中。


『テェリャァァァァ!!ウェアヴルフゥゥ!!!』


 一瞬の隙を突かれ、背後からカインにタックルを貰ってしまった。

 所詮自分も素人。

 戦い方なんて知らない。


 だが、下半身に思いっきり力を入れると、吹き飛ばされことなくその場に留まった。

 俺の脚はくの字に曲がっているが、移動することなく完全にその場に留まっている。


『ウソダロォ!?』


 カインはその状況に驚きを隠せない様子であった。

 

『ウグォ』


 右腕を使い背後にいるカインに向って肘腕を食らわす。

 肘が顔面に直撃したカインは思わず後ろにズリ下がる。


 その状況を見逃さない。

 右足を軸に左足で後ろ回し蹴りを食らわす。


 両親から護身術程度として習った技の1つだ。


 蹴りを食らったカインはこちらの想像以上に横に吹き飛ばされ地面を転がっていく。


 そのままカインは沈黙してしまった。

 リーダー格もかろうじて生きてはいるが身動きが取れない様子だ。


 カインもまた、生きてはいたが行動不能の様子だ。

 失血状態であるしもうこちらをどうにかする力は残っていない様子である。


 まずはカインを楽にさせてやろう。

 仰向けになって倒れているカインの首元を掴み、廃工場の壁に叩きつける。


『テメ…ヤ…テメ…』


 ヒュー……ヒューと息もまともに出来ない状況のカインが何かを口にしようとするがどうでもいい。

 そのまま、手の平を広げ、奴が自分に対して行ったのと同じ方法でもって心臓を――


 次の瞬間。

 自分はなにかに吹き飛ばされていた。

 吹き飛ばされたというか、抱きかかえられてその場を強制的に移動させられたというか……


『正気を失っては…ダメ!』

『落ち着いて深呼吸して!』

『初めてが一番激しいの!だけど!自分を見失な―』


 何が起こったかわからず視点も定まらないが女性の声が聞こえる。

 どうも彼女は両手をこちらの肩に回し、揺さぶっているようだ。


 女性はとても慌てている様子で、まるで重体の人間が意識を失う寸前なのをどうにかしようとばかりに焦った様子で話しかけていた。


『……いや、冷静だよ?』


 しかしこちらは特に何も問題が無いので冷静に、粛々と彼女に対して返答を行う。


『えっ……』


 女性は驚いた様子でこちらの肩にかけた両手を離した。


 ようやく視点が定まった。

 目の前にいるのは金髪の女性だ。

 年齢はいくつぐらいかわからないが成人したかしてないか、19~20ぐらいといった見た目の女性である。

 その姿はとても気品があって美しい。


 そんな人によって自分の上にのしかかるような、覆いかぶさるかのような形の状態にされている。

 カインの心臓を突こうとした自分はこの女性によって抱きかかえられるように強制移動され、

 攻撃をすることもなく自分は仰向けに倒れ、彼女はその上に覆いかぶさっている。


『貴方…意識があるの?』


 女性は困惑した表情になりこちらを見つめる。


『助けてくれたのか。妨害しようとしたのかは知らないけれど―』

『―俺は正気だよ』

『ただ、殺されかけたから殺されるぐらいなら殺してしまおうと思っただけ』


 そんな彼女に向って、どういう表情をしていたかわからないが、ありのまま今の状態を伝えた。

 


『どうせ化け物だし…というか…どなた?』


『確かに竜人は人ではありません』

『ましてや人間や私達には敵に近い存在です』

『ですが……法治国家においては、理由無く何かを殺めてもいいというわけではありません』

『貴方のような日ノ本の人間ならば尚更――』


 彼女は未だ自分の上に覆いかぶさった状態でこちらに話しかけている。

 その影響で彼女が喋るたびにその吐息がこちらにかかり妙な気分になる。


 というか、とてもいい匂いの口臭だな。

 何か口臭にとても気を使った神経質な人なのだろうか。

 そこにもまた、気品を感じられる。


 しかし―


『とりあえずその…上にのっかられたままだといろいろ当たって…恥ずかしいというか…』


『あっ……』


 30年+18年生きてきて、女性に上から覆いかぶさるがごとくのしかかれるのは初めての経験だった。

 思うに子供の頃から母親から抱きしめられた記憶すらない自分にとっては違和感を感じる。


 それがとても美しい女性であるなら尚更こっ恥ずかしい。


 女性はゆっくりと立ち上がり、パンパンと服についた土ぼこりを落とす。

 その仕草も随分と気品がある。


 確実に地位が上のものだ。

 直感でそう感じた。


 そんな様子を見ていると化け物が近づいてきた。

 人狼ウェアウルフ…人狼だ!


『お嬢様。まだ2名共息があります。』


 人狼はその場に膝立ちして顔を下げ、女性に対して告げた。

 目下の者が目上の者に対してとる礼儀作法である。


『では応急処置をして治療が出来る施設に運びなさい。』


 女性は彼の頭より少し上に視点を寄せてそう告げた。

 これは礼儀作法としては正しい。

 西洋では目下のものを直接見るのはかえってその者を侮辱する行為なのだ。


 相手を見下さず、敬意をもって格下の者に接する場合は、その者が立ち上がっていた場合に顔を合わせるのと同じあたりに目を向けて話すのが礼儀である。


 アニメや漫画の貴族は皆見下したような視線を送るが、これは部下に対しては完全な侮辱だ。

 彼女はそれが出来るだけの教育を施されているようだ。


『はっ!』


 こちらがそんなどうでもいい考えを巡らせる程の間を置いた後、人狼は言葉を発した。

 人狼は人に戻りながら、カインとリーダー格の竜人に向っていく。

 変身を解くと腰にぶら下げていたかばんから上着や靴を取り出して実につけていた。


 その姿は黒い背広姿であり、SPか何かを彷彿とさせる姿である。

 変身前の下半身について特に確認していなかったが、下半身は身につけていたようだ。


 良く見るといつのまにか竜人と名乗る2名の周囲には、それぞれ黒服を着た男達が多数で囲み込んでいた。

 何者かわからないが…多分あれも人狼…なのだろうか。


 そうすると目の前に女性も……いやまさか。


 気品のある女性はコホンと息づくと。


『元の姿に戻られましたね』

『先ほどの姿も不思議ではありましたが…』

『ともかく事情をお話します。その……ついてきて頂けませんか?』


 女性はこちらに目を合わせる形でゆっくりとこちらに伝わるよう配慮して話かける。

 こちらを刺激しないよう言葉を選んでいるが流暢な日本語には違和感があった。


『ありがとう』


『え?』


 自分から出たその言葉に女性は戸惑った。

 予想をしていなかった言葉であったのだろう。


『殺すのは本意じゃなかった気がするから』

『覚悟を決めずにいた行動は後を引く』

『必要であればやるけど、まだ覚悟を決めるまで到達してなかったと思うから』


『そう…ですか……』


 女性は複雑な表情を浮かべていた。

 いろいろ疑問はある。


 今はこの女性に着いていくのが得策である―そう判断した。

滝嶋君は主人公の転生後の新しい名前です。

ただしあらすじに書いた名前、つまり彼の真名にもどります。

2話にご期待下さい。

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