1話(前編)
――『ええ、ですから魔獣というものは日ノ本では未だ少数しか確認されておりませんが―』
『―確実に魔獣が起こす事件は増加傾向であるとは言えます』
専門家という肩書きがテロップにて表示される壮年の男性が話す。
その話し方はさもそれが総意であるかのような口ぶりだ。
『世界各国の状況を見ますと、先進国よりは途上国の方がそういった事件が多いように思われます』
『一部では先進国のバイオテクノロジーを利用した生物兵器だという話もあるようですが』
与えられた台本をそのまま読むがごとく女性アナウンサーが質問をした。
特に自分で考えた意見ではないのか感情の変化も乏しく淡々としている。
『噂程度に過ぎません。そんな技術があったら医療関係はもっと発展しているはずです』
『クローン技術だってペットに多少用いられている程度です』
『再生医療もまだ試験段階。とても実用化には程遠――』
ブツッー
このまま見続けても専門家と女性アナウンサーのやり取りが延々と続くのかと察した自分は、
思わずリモコンを使いTVを切ってしまった。
またいつもの朝が来た。
いつものつまらないニュース。
平和な時ほどマスコミは魔獣を取り上げる。
再び物心をついた時から15年。TVではほぼ連日のように魔獣関係の特集が組まれるようになっている。
魔獣とは何か。
約20年前から突如として現れた何か。
およそ生物学的にはありえないような生態と形態と形状を持つ何かで、世界のあちこちに現れては悪さをしている。
1999年に初めて確認された影響で、世間ではノストラダムスが神格化され、世紀末の大予言が的中したといまでもバラエティ番組で扱われる始末だ。
一方で世界が滅ぶという程の被害は出していない。
この15年、第二の生を受けた自分は親が特殊な職業に勤めていた影響でやや特殊な教育を受けていた。
新しい親は両親共に官公庁に所属する産業スパイだった。
国内外問わず企業に潜入して国家反逆等を企てていないかを探る存在。
ここでいう国家反逆的行為とは、技術の悪用または国家が認めない形での移転といった具合である。
技術大国である国々だけが抱えるジレンマのようなもので企業経営者達が意図せずとも大企業ともなると悪事を企てる者が出てくるというわけだ。
自分を産業スパイの二世にするつもりは無かったようではあるけど、そんな両親によって自分は大手企業の情勢や産業技術に関しての知識や日本国における官僚思想やらを幼い頃より叩き込まれていた。
そして親が持つ人脈に自分も触れることが出来た。
この状況自体は悪いものではなかった…とはいえ、
新しい親はエリート教育についていける自分を特に愛していた様子だったが、その子育て方法はあまりにも機械的すぎて馴染むことは無かった。
ただの大卒で、中小企業に勤めていただけの本来の父親と、そんな父親とどうして結婚したのかわからない父親より年収が上だったキャリアーウマンである母親のほうがはるかに人間臭くて愛されている感じがした。
30歳をすぎたあの日、生を諦めた最大の要因は親孝行すらまともに出来ない自分に絶望した側面が大きい。
でも、前世での30年間よりも今の18年間の方が充実しているのは確かではある……
生まれ変わって得たものはきっとあるのだろう。
問題は……いつになったら自分は獣人になれるのか。
もう後2年で成人してしまう。
現状である程度の大学に行って卒業してどうなる?
公務員とかには憧れるけど、それじゃただ第二の生を人で生きただけじゃないか。
獣人になる特典を与えるといったあの代行者を名乗る女、まさか騙したんじゃないだろうな。
自分はもうそんな悩みを10年以上続けている。
ネット上では亜人らしき存在がいるという噂があって、新しい両親も国の裏にそんな存在があるのではないかと冗談半分では言っていたけれど、冗談であって欲しくない。
魔獣がいる時点で前世における世界の理から考えると異常なんだ。
獣人もいるはず――
……あまりにも不毛すぎる状況を変えようと、ふとスマホを見ると時計の表示は朝8時付近を示している。
第二の生を受けた自分は4月3日生まれとして新たに転生し、現在18歳の高3だが、今日は土曜。
本来なら学校に行く時間帯までいつもの恒例行事である下らない悩み事と考え事をしていた事に内心恥ずかしくなりつつ、頭を真っ白にしようと思って街に繰り出すことにした。
前世では大型二種まで保持していた一方で、第二の生においてはまだ中型二輪しか保持していない が、20XX年の現在、車など殆ど殆ど無用の長物と化している東京では、原付二種にあたる小型バイクで十分に気を紛らわすことが出来る。
昔は車でやっていたことを小型バイクでやっているというわけ。
他の趣味はクレイ射撃ぐらいしかない。
俺はバイトで手に入れた資金で調達した国産のカブ110ccで今日も軽快に街を駆け抜け、獣人の存在を探る。
土日の日課といえば産業技術関係の資料を漁るか、クレイ射撃でもするか、ネットや雑誌などに書かれた断片的な情報から獣人や魔獣の存在を探りカブでその場所に向かうことぐらいだった。
今日はネットの某所で書かれていた断片的な情報を元に東京の山奥にある廃工場に向かうこととした。
某所で書かれる情報はリーク情報に近く、その情報は断片的ではあるが魔獣の出現予想などを表していた。
断片的すぎて深く考察しなければわからないような抽象的な情報の集合体の羅列ではあったが、
良く観察すると場所と時間を表していることに気づくことが出来る。
書き込んでいる人物は完全に不明であったし、
魔獣が必ずしもその情報通りに出現しているわけではないけれど、
新しいリーク情報が自分の第二の実家からそこまで遠くない位置であったため見て見ようと思った。
そこでの出来事が運命の分かれ目であったことは、この時の自分は知る由も無い、
――都内唯一の道の駅で寛いだ後、スマホの地図アプリを頼りに廃工場に向かう。
道中、同じようなことを試みる人間には遭遇しなかった。
本当に魔獣が現れるなら自殺行為だし当然だとは思う。
魔獣は人をターゲットにするわけではないが暴れる。
その影響で死者も出ている。
本来なら避難するために使う情報を用いて現場に向かうのは野次馬目的では無く魔獣の裏に獣人という存在があるような気がしたから。
――廃工場が見えるあたりまで辿り着くと特に入り口が閉鎖されている様子も無く、
人影も遠くから見る限りは確認出来なかった。
カブを人気のない場所に隠すようにして駐車させ、廃工場へと入る。
外から吹く風が反響し、妙な音楽を奏でている。
都心部で過ごした俺のような人間には耳鳴りがする程静かな音で。
壁は10mか20mはあろうかという鉄板で出来ていた
見事なまでに廃墟。
廃墟マニアにはたまらない場所だとは思う。
入り口から奥に入っていくとベルトコンベアなどの機材がまだ残っていた。
こういったものは処分することができずにそのまま残ってしまうのだろう。
――『未だロクにコントロールも出来ない代物を住宅街に向かわせて―どうする?』
奥へとゆっくり歩いていくと突然声がする。
かすれた男の男の声だ。
思わず息を潜めしゃがみ込んで身を隠す。
『まずは恐怖心を煽れればいい―ということになっている』
透き通った高めの別の男の声だ。
複数人が奥にいると思われるが場所までは確認できない。
ただ、その声は場内の壁に反響してハッキリと聞くことが出来る。
『恐怖を煽ってぇ? 俺達の正体をまだ晒せないのに? 』
『いずれ誰かがトチって正体が露見しかねないんだぞ』
『アレをある程度動かすには近場から指示を出し続けにゃならんのだから』
かすれた声の者は苛立ちを募らせている様子だった。
相方が己を理解を示していないことに腹が立つのであろうか。
『問題ない。計画ではすでに我々の存在が知られても支障がない時期となっている』
『動的に知らしめることとなっているが、偶発的に正体が露見しても差し支えはないはずだ』
高めの声の男は特に感情が変化することなくそう呟く。
内容からしてこちらの方が目上の立場にいるのは明白だ。
『なら早く次の段階に移行してくれ』
『お前も、ある程度上に意見できるなら現場からの不満を伝えたらどうだ』
かれた声の男は愛犬が餌を与えられず吼えるようにして吐き捨てる。
『無駄口を叩くな。ともかく、今日与えられた使命を全うすればいいんだ』
『お前と同じような不満はそれなりに上にも報告されている』
『近いうちに状況も変わる』
声が高めの男の言い方は、まるで飼い主が飼い犬に対してたしなめるかのような物言いだ。
あまり賢くはないのかもしれない。
これでは逆効果になりうる。
『わかったよ。もう!』
擦れた男は諦めた様子でその話題を打ち切った。
『で、今日は住宅街に向かわせればいいんだな? 』
擦れた声の男が普段の口調に戻り話を続ける。
仕事は仕事と割り切り、切り替えが早い者なのかもしれない。
……しかし何なんだコイツら……中二病か!?
計画がどうのこうのとかコントロール出来ないだとか、まるでB級アニメのノリだぞ。
会話から2名以上。
距離は声の反響具合の影響でわからないが明らかに近場だ。
不特定の誰かが何かをしようとしている。
俳優や声優志望の卵がこんな所で演技の練習をしているわけがない。
もしかして獣人だったら―これが獣人だというならコンタクトを取るべき?
そう思ってそのまま特に何も考えず行動してしまった。
完全に失策ではあったが、その後、自分に起こったことを考えるとこれが正解であったのかもしれない。
『そこにいるアンタら獣人か!! 』
走りながらで噛むかと思ったが、大声で叫び、先ほどから声が発する方向のあたりに走って向う。
恐らく目の前にあるベルトコンベアに囲まれた迷路の先にいるはず。
なぜか少し胸が躍っている自分は中二病にでも感染してしまったのだろうか。
そして自分は自分がした行動をすぐさま後悔した。
迷路の先にいたのは巨大な化け物と人間じゃない何かだった。
巨大な化け物はマイクロバスぐらいのサイズはある。
人間じゃない何かは二足で立っている爬虫類人間のような何かだ。
心の中で思うことは、コレが獣人であって欲しくないということ。
自分の中で獣人というと人狼とかミノタウルスとかそういう存在で、こんな爬虫類の気持ち悪い姿になりたくはない。
爬虫類のような人間はこちらを振りむいた。
2匹のうちまず1匹が口を開く。
『獣人を知ってるってこたぁ、ただの人間じゃねぇな』
『残念だがババ引いちゃったぞ。兄チャンよ』
それは擦れた男の声の者である。
男は仕事を邪魔された事でやや不満そうに呟いた。
『獣人を追おうとして罠でもかけられたかな?哀れな』
もう片方の声の高めな男が口を開く。
こちらを
『まーまーどうあるにせよ、こんな状況見たら…よ、次の日は拝めないってわかるよな?』
『ってもう逃げてるし! 』
擦れた男はそう言うとやや慌てた様子で駆け出す音が聞こえた。
足音は人のものではなく鈍い足音がする。
間違いなく人間でもなければ着ぐるみでもない。
ワニが走る足音に似ていた。
『生物として賢い選択ではあるが! 』
場内の壁に音が反響して高い声の男の発するものは聞こえていたが、奴らの会話などこれ以上聞いている暇などなかった。
死の気配があたりを漂よってきた時点で即座に180度反転して逃げていた。
ベルトコンベアーの迷路を必死に駆け抜ける。
高いコンベアーの下をくぐり、そして低いコンベアの上を飛び上がって出口へ
人がいる場所まで逃げれば追って来れない。
そんな気がした。
これは多分ゲームだ。
人入り乱れる場所まで逃げきるか、その前に―
グショ ボドッ
鈍い音があたりを立ち込める。
突然激痛が走りそのままバランスを崩して倒れた。
何が起こったのか一瞬のことでわからなかったが、激痛がするのは左腕から。
急いで右腕で左腕を押さえようとすると肘より上の部分以外は左腕が無くなっている。
鈍い音がする方向を見るとさっきまで胴体とつながっていたはずの自分の腕が転がっていた。
『何だよ外しちまったい』
『これじゃ苦痛を与えて殺すことになっちまう』
擦れた声の男がまるで子供が虫をおもちゃで殺すかのように呟く。
彼にとって人間ですらそんな程度の認識であるようだ。
このまま行くと何も去れずとも失血死するのは間違いなかった。
口の悪い擦れた声の爬虫類によってまた死ぬ……らしい。
『や…っぱり転生なんてするんじゃなかった……ね』
『アン?何言ってんだコレ』
擦れた声の爬虫類は首を傾げる。
奴には理解できようはずもない。
『知らん。痛みで混乱しているのだろう』
後から追いついてきた片割れも合流した様子である。
『獣人に……な…るなんて…嘘だったか』
『ハッ!、コイツおかしくなってやがる』
自分でも痛みで頭がおかしくなっていたのかもしれないと思うが。
とにかく痛みを紛らわせたいので言葉を発したり体を左右に振ってどうにかしようとする。
だが痛みが治まる気配がなく切断された患部が熱を帯びてくるのを感じる。
『哀れな。早く楽にしてやろうカイン』
その様子を哀れだと感じた片割れはトドメを刺せと命じた。
『オウオウ、悪ぃけど仕事なんでなー』
ドスッ
再び鈍い音があたりにたちこめる。
『ガッ グゥ…』
口の悪い爬虫類はこちらの胸を手刀で一突きした。
あたりには胸部から噴出した赤く生臭い大量の鮮血が床を満たしていく。
――あーその、中止でいいよな?――
――当然だ。見られたからな――
――……ところでまだ生きていないか?――
――あ?どうせすぐ死ぬだろ――
――さっさとズラかろうぜ――
朦朧とした意識の中、そんな会話が聞こえた。
その後、化け物は人間では考えられない速度でどこかへ立ち去っていったようだ。
こんな所で死にたくはなかったが、どう考えてもこの状態で生き続けるのは不可能だった。
前回よりもさらに情けない死に方になると思うと思わず悲しくなった。
そして無力な自分に対して怒りがこみ上げた。
とにかく目を閉じないようにしてなんとしてでも1秒でも長く生にしがみ付こうとした。
そんな状況でコツコツと足音が響く。
ハイヒールの音だろうか。
すでに視界はまたあの時のように白くなりかけている。
『……何故きてしまったのです』
『より多くの人に助かって欲しい』
『そのために情報を流していたのに―』
女性の声がする。
優しそうな声だが一方で悲しんでいる感じだった。
『―もし貴方が……貴方に運がまだ残されているなら』
『自分自身に賭けなさい。自分に祈りなさい』
『人の身を捨ててでも――』
言葉の間に吐息交じりでそう続けた。
言葉を搾り出しているようであった。
――それが辛うじて最後に聞きとれた言葉だった。
何かの液体が全身にふりかけられたような気がしたが
すぐさま熱と痛みが襲ってきて意識を完全に失った。