9話
俺はまず鍵縄を貨物船に投擲し、最後部の場所に引っ掛けた。
ゴムボートのエンジンを切りロープできちんと牽引できていることを確認する。
その上で貨物船に人狼形態に変身しつつ飛び乗った。
音を立てないようにロープを上手く用いてである。
ザッザザ
『先輩。船内に入ってもこちらの無線は使えます』
『このワイヤレスイヤフォンマイクは絶対になくさないで下さい…』
無線独特のくぐもった音声でマヤの声が聞こえてきた。。
『あぁ』
俺は特に言葉を付け加えることなく返事だけをしてそのまま次の行動に移った。
貨物船内は明かりが全く点灯していなかった。
襲撃に備えるならば船体の明かりは極限まで減らす方が正しい。
明るさによって暗い場所にいる敵がより隠れてしまうからだ。
サーチライト類で警戒するのは攻撃を企てる側の用いる行為であって居場所を知らせるような真似は攻撃されうる側は行わない。
攻撃開始されればされれば別であろうが。
変身した俺は夜間目が利くようになっていた。
正面の甲板上を改めて後方より確認する。
――敵の装備は、サプレッサー付きの…これはコブライSMGM11か?後部レシーバーが明らかに普通のM10より延長されてるな。
精度を少しでも稼ぐために連射速度が落ちて若干安定感が上がるモデルを選択していたか。
これならUZIの方が安い気がするが……UZIは入手経路が限られるし入手したら足がつくからこっちにしたか?
サプレッサーはおそらくグリップのためと弾速減少のためであって消音効果は考えていないと思われる。
サイドアームは…P226…SAO?
随分いい趣味してやがる。
SAOってのは断じて今劇場版をやっているそーどあーとおんらいんではなく
シングルアクションオンリーという意味。
P226の大半はドイツ製だが、これは完全なアメリカ製だ。
P226がシングルダブル共用に対してこっちはシングルオンリー。
このモデルの販売理由は精度の確保だ。
ありとあらゆる場面で優秀な成績を収めたP226だが、近年その製造場所がドイツからアメリカに移動した。
その際、工作技術の違いから今までの価格で販売しようとすると精度が若干下がってしまった。
そこでアメリカの技術者達はコルトガバメントなどに代表されるシングルアクション系の拳銃の技術力をを用いてシングルアクションオンリーに設計変更し、部品点数を大幅に少なくする分、各種部品の精度を大幅に高めて値段をそのままに、より値段の高い銃と同じように職人が仕上げた本銃を販売することにしたのだ。
これは見事に成功を収め、平均命中率は50ヤードで3.5インチと本家P226より上昇し、そのまま無改造で大会に出場できうるクラスの名銃となった。
ベレッタM9が無改造だと50ヤード6インチとかだったことを考えるとどれだけ命中率が高いかわかるだろう。
25ヤード以内なら1ホールショットも可能ということで、無改造ながらMGS3に出てきたM1911カスタムに追随する精度を持っている。
この高い命中率と堅牢な作りによって北米や欧州でも気軽に入手できる理想の護身用拳銃1挺として拳銃系の賞で受賞したこともある。
雑誌じゃこんなことが書いてあった。
「部品点数の減少は総金属性でありながら重量改善に大きく寄与している。P226 SAOの重量はそこらの9mmポリマーフレーム拳銃と変わらない」―とか
弱点はダブルアクション拳銃でないので、いざというときに速射できないことだが護身用拳銃は暴発リスクがあるのでシングルアクションの方が向いている。
いわば、銃社会の民間人が持つにはうってつけ。
……ってそれこういう集団が使う銃か?
いや、警備状態中にはハンマーを起こしておけばいいだけか。
甲板の上には見える範囲で10人いた。
全て、カジュアルな服装に防弾ベストやニーパッドなどのPMCスタイルだ。
だが、全体の動きは妙に機械的だ。
これはやっぱ人間じゃない…か…?
マヤがこいつらはホムンクルスではないかという話をしていたが現実味を帯びてきた。
近場の人間から手を出してみるか。
俺はマヤから受け取った彼女の家の家宝の剣を取り出す。
鞘から剣を引き抜く。
そして…一番手前で艦橋からは死角にいる男を狙いを定め――
――後ろから人狼の能力を利用して一気に接近して――
――重いっきり首のあたりの動脈目掛けて剣を突き刺した。
真夜中の空に噴水のようにして血が舞う……と思ったら透明度の高い半透明な白く濁った謎の液体だった。
『……きもちわるっ』
思わず小声で呟きつつのけぞった。
人ではない何かはビクンビクンと魚が地に打ちあがったように跳ねている。
気持ち悪すぎるので足で胴体を押さえつけ、そのまま心臓付近に剣を突き刺した。
さっきまで魚のようになっていたホムンクルスが沈黙し――
周囲のホムンクルスがその音に違和感を感じて近づいてきた。
祭りの開始だ。
ホムンクルスの連中はライトを使い、俺を照らす。
『(コウゲキ!)』
多分そんなニュアンスで何らかの言語を発した。
知っている言語ではない。
すぐさまM10が乱射される。
俺はフゥーーーーーと息を吐きながら全身に獣気を行き渡らせ、
破断係数を大幅に上昇させ身体能力を向上、防御力を向上させて対抗する。
チュィーン
それは予想通りの9mmホローポイント弾。
見事にそれは俺の皮膚と筋肉によってはじかれる。
変身によって身体能力が大幅に向上したため弾丸の命中した反動で吹き飛ばされるということもない。
俺は落ち着いて冷静に最初に仕留めたホムンクルスからM10とP226のSAOを奪う。
そしてP226のSAOで彼らめがけて両手で銃を保持して足を大きく広げ、膝をやや曲げて正しい形での拳銃の射撃姿勢をとり――数発射撃した。
それは彼らの露出した首元を狙ったものであったが、俺と同様やつらは9mm弾をはじき返した。
噂どおりP226は俺みたいに拳銃が苦手でまともに撃てない奴でも5発ほど撃てば当たる恐るべき精度を示した。
木製ストック付きライフルならクレイ射撃よろしく1発でよかったんだが…
『なるほど。そういうことか! 』
相手には理解されていないであろう独り言を呟く。
甲板だけでなく味方に当たっても大丈夫だからこその9mmHP弾なのだ。
この防御力を前に他の襲撃者は次第に不利になって殺されたのだろう。
先ほど剣で突き刺した際になにやら随分硬かったような気がしたためによる行動だったが、装備選択の合点がいった。
ここでようやく船内には警報が響き渡る。
『(警報発令。状況。強襲!)』
英語でそれに近いニュアンスの言葉が流れている。
ホムンクルスはわけわからない言語だったから…普通の人間もいるようだ。
P226とM10をフィールドバッグに突っ込み、再び剣を手にして突撃する。
真正面からだ。
9mmHP弾は弾けるといえど、多少の痛みはあった。
でもそれは俺が人であったころにエアガンで撃たれるよりも全然痛くない程度の痛み。
そして正面にいてこちらをしつこくM10で射撃してくる2名を狙った。
まず1名。確実に当たるであろう位置から剣を投擲し心臓を狙った。
見事に命中し、倒れる。
その者から剣を引き抜きつつ――
側転をするかというな形で回転切りを行い、もうう片方の胴体と首を泣き別れにさせる。
胴体はそのまま力無くその場に倒れこみ、首はポチャンと海に落ちていった。
『如月! 状況を見て船内に! 』
残り7名が向かってくる間、一旦伏せた俺は、マヤに対して慎重に行動するよう促したが―
『すでに艦橋の下の船内にいます』
―と、彼女はすでに行動に移していたことを告げた。
一応の実戦経験者だという彼女は俺よりも判断力に長けていた。
『警報が聞こえたな?中に人もいる。気をつけろよ。まだ7人甲板の上にいる。一旦送信終了だ』
そういって無線を切った。
『ウォオオオオ』
突然叫び声が耳に入った。
ハッとして声のする方を向く。
2名より奥にいたホムンクルスがこちらに突撃してきていた。
手にはナイフを所持している。
だが―
『遅いッ!』
向かってくる敵に逆に一気に接近。
敵のボディーアーマーを掴んで甲板に叩きつけた。
マヤに習ったCQBによる方法を用いてだ。
飛び込んでくる相手の重心を利用することで相手をのけぞらせ、そのまま地面に叩きつけるのだ。
運動エネルギーの転換。現代用の格闘術。
重心点の高い人間型生物にゃ有効だ。
倒れたホムンクルスは仰向けになりながら下段蹴りを行うもののそんな程度ではこちらは倒れない。
そのまま甲板ごと剣を奴の胴体に突き刺した。
どうやらこいつらは防御力こそあるがそれ以外は殆ど人間と同じ構造をしている。
だから、心臓を刺されると死ぬ。
再生能力には優れていない。
人狼は心臓をただ刺しただけなら心停止する前に心臓が復活するというのに。
だから人狼は一気に尋常でないダメージを叩き込むか、粉々に砕かないと死なない。
どれだけ怖いかってさっきみたいに首と胴体が泣き別れしたって短時間ならくっつければ再生してしまうほどだ。
今の俺は見た目こそフサフサしたクセっ毛の膝まで伸びる長髪の獣耳付き人間だが、
能力は本物の人狼と同じ。こんなやつらは敵ではない。
甲板にいるのは残り6名。
遠くから射撃されていたものの、M10は弾切れを起こしており、P226 SAOで彼らは射撃を試みていた。
意味のない行為に呆れる。
敵の位置を確認する。
正面には上蓋がありここには人が乗っていない。
積荷は大切なんだからそりゃここを戦場にするのはしたくなかろう。
俺も積荷を確認してみたかったので現状では戦場にする気はない。
敵は左右の通路部分に2名ずつが手前にいて、船首側に2名いる。
俺は今艦橋側から船首を向いている状態。
一般貨物船の画像でも検索してもらえばどういう状況下かわかるだろう。
まずは右から、先ほどから遠い距離だが剣をもちいて投擲。
柄頭のリング状の部分に拳を入れたままの状態で心みる。
肩に突き刺さりホムンクルスが1名倒れる。
やはり現状では当てられるほどの能力はなかった。
柄頭のリングを思いっきり引っ張り剣を手繰り寄せる。
今度は左側を狙う。
遠心力を用いた斬撃をやってみようと扇状に弧を描くようまずは左側に投擲し
ワイヤーが伸びきったところで右側に向かうようにワイヤーを引っ張って敵に当たるように仕向ける。
ガァン
当たるには当たったが、刃の部分が当たらなかった。
『如月さん? すごく…この武器使いにくいんだけど!? 』
俺はなんだか情けなくなって思わず泣き言をいった。
『先輩。何をしているか確認できませんが、ワイヤーを用いた攻撃は相当訓練された人でないとできませんよ』
『私だって使い方を知らないんですから…先輩にもムリですよ…』
『普通に刺突武器としてください』
マヤから宥めるような声で返答が戻ってくる。
彼女はかなり冷静であるので状況は問題なさそうだ
俺は甲板上に転がっている剣をワイヤーで引き寄せて手元に戻した。
そして剣を手に、左側に突撃。
2名を高速で心臓部分を突き刺して仕留める。
そしてそのまま一般貨物船の上蓋を駆けて右側にいた2名も同様に仕留めた。
多分。間違いなく現状ではこれが一番早いと思います。
船首にいた最後の2名を見ると…動いていない? 倒れている。
俺は何もしていない…どういうことだ…機能停止した?
船首部分に一気に駆け上がり確認すると白目を向いて2名が倒れていた。
念のため心臓を突き刺して完全に沈黙させる。
突然目の前が明るくなった。
船に明かりが灯ったのだ。
『(どこの者かわからないが…人狼のカーニバルを船上でやってくれるとはな!)』
そんなニュアンスの英語で、男の大きな声が甲板を走り抜けた。
『(日本語喋れよ!クソ野郎)』
どこを向くわけでもなく、英語でそう叫んだ。
『なんと…日ノ本側の人間か』
『二度ではあき足らずヴァナルガンドの人狼に助けを請うたか』
男は日本語で喋りだした。
日ノ本で何かをして何かを運び出した者だから喋れるのだろう。
声の場所を向く。
艦橋の真下だ。
『俺は日ノ本の人間さ』
『アンタこそ一体何を運んでくれたやら』
『おかげで金を稼がせてくれてありがとう』
皮肉のようなお礼を声の主に向ける。
まだ距離が遠く良く見えないが、男はゆっくり歩いて近づいてくる。
余裕がある。
ということは……亜人か?
人間に擬態した亜人というだけならヤレるはずだが、様子を見る。
こちらも相手に向かってゆっくり近づくこととした。
剣についた半透明な白く濁った液体をぬぐう。
今気づいたことだが、これほど返り血を浴びつつも、この剣による刺突の繰り返しにおいては全くその威力を損なうことなく何度も行え続けた。
俺の身体能力によるものの影響もあるだろうが、この剣は切れ味こそ鈍いものの切れ味自体は落ちなかったりするんじゃないだろうか。
俺は男が完全に見える位置にまで相対した。
『何と……貴様は』
男が驚いた様子を見せる。
視力は良くないらしい。
俺も船内の明かりに目が慣れてないので男の姿がまだ良く見えない。
『フェンリルの申し子だ』
目を慣らしつつ男のほうを向きながらそう呟いた。
そして男の正体をようやく掴む。
肌が青白く、そして耳が長い。
それは…
『エルフか』
『そうだ。獣よ』
男が両手を開いてどうだとばかりにポーズを取った。
『なんでこんな事をする』
『目的ぐらいは聞かせてくれよ』
『知っているのであろう? 』
『ヴァナルガンドの者が不思議なことをいうものだ』
男はニヤリとしながらこちらの質問には答えなかった。
『如月。聞こえるか?』
俺は奴から目線を逸らさずマヤと連絡を取る。
『はい。私は今艦橋付近にいます』
『艦橋には5人いてこの人たちは人間です』
『彼らを拘束して停戦を――』
『目の前にエルフがいる』
『お前の予想通りだ。敵の雑魚共もホムンクルスらしき人間じゃない何かだったよ』
『!!!!』
マヤが驚いて息を漏らした。
思わず声を漏らしそうになって我慢した様子である。
『上手く外を覗いて人物照会を頼む』
そのまま通信を切った。
『ほう。私を知らんのかね』
『教えてくれるとありがたいね』
『照会すればすぐ知られているような立場であるから、いちいち説明するものでもあるまい』
『しかし、フェンリルの申し子が、末端の者であるのか? 』
『私を知らぬとは…フフッ』
その言葉の選び方、落ち着きよう。
間違いなく相応の権限を持つ実力者。
『先輩ッ!その人はッ!』
マヤから通信が入った。
あわてている様子だ。
『グッシングッ!!ゲウァ・グッシング!』
『エルフの元老達とも関係がある……エルフです!』
『特二級の捕縛指令が出ている重要人物ですッ!』
どこからその状況を見ているか知らないが、彼女の声はこちらから聞こえない。
室内にいるのだろうか。
随分叫んでるけど見つからなければいいが…
にしても―
『ゲウァ…グッシング? 』
『名前を知ったか。思い出したか 』
『どちらでも良い』
『獣よ。今宵はその血で海を染めてみてはどうかな』
グッシングがそう呟きながらたからかに手を上げると。
ゾロゾロと艦橋の真下の左右の出入り口よりなにやら重武装の化け物が出てきた。
化け物の数は6名。
鉄仮面そしてボディーアーマーの下には鎖帷子。
現代世界の最新鋭のテロ対策装備である。
ふざけてるような姿だが俺の前世でも「対テロリスト用最新鋭武装」として登場していた。
これが現段階では理想なのだという。
顔は人のようだが、やつらの体格は2mはあり、アメフト防具を身に付けたような異常なまでの筋肉量であることが防具を付けた状態からも容易に判別できるような姿である。
ホムンクルスの上位種…それか強化させたか。
どちらにせよ奴を捕縛するにはこれらを仕留め――
そのままグッシングを振り向くと彼は何やらボソボソ呟いている。
そしてその周囲には光が漂っている。
まさか…いやまさか!
お前まさか!!!
まさか
まさか
まさか
まさかッ!!!
魔法か何かを使うっていうのかよッ!!!