8話
夜。
一面が黒く染まる世界。
まるで宝石を散らばめたような空間が天に広がる。
赤道に近い北半球のため生ぬるい風があたりを漂ってくる。
俺はこちらの船を相手の貨物船がよく観察できうる位置まで移動させていた。
双眼鏡を暗視仕様に切り替え、甲板の様子を探る。
『いたいた。どう見ても船乗りっぽくないのが危ないもんをブラ下げて歩きまわっている』
敵の貨物船はすでに最低2回以上の襲撃を受けている。
そのため夜間は完全な警戒状態になっていた。
暗くてよく確認できないが銃らしきものを持ち歩いている。
『資料によるとこの船の船籍はフィリピンで、乗組員の総数は35名です』
マヤが小さなライトを資料に当てながら答える。
こちらの船は目標に気づかれないため消灯している。
『35ってことは多分、戦闘員は30人ぐらいかな』
『正確な数字を報告しているとは思わないけど』
そんなことを言いつつ双眼鏡で看板の様子を見ていて気づいた。
『妙だな…』
状況を見ていた俺は思わず首を傾げた。
『どうされました?』
マヤが少し心配そうな表情でこちらを見つめる。
『奴らが持ってるのは短機関銃だ』
『はぇ?それが何か? 』
想像していたこととは別の反応だったのか、マヤは背中を反らせて驚いていた。
『それもあの構造は…M10?Mac11?そんな9mmのやつ』
『サブマシンガンなら室内戦闘も考慮しているとか』
左手で拳を作りながら口元を押さえて呟く。
さっき驚いた時に海水が口の中にでも入ったか?
だがそんなのはどうでもいい。
『M10なんて室内戦闘には向かない』
『あの銃じゃバラけすぎて味方に当たりかねない』
『今じゃアレは緊急離脱の目的で斉射して面制圧に使う程度のもの』
『あれが傭兵だったとして…』
『傭兵には基本的に突撃銃と長距離用狙撃銃の使用は条約で禁止されているが―』
『もし俺なら、甲板に配置する連中のメインは半自動小銃、マークスマンライフルを選択する』
『M1Aとかそのあたりのそこそこ精度が稼げるタイプのもの』
『一体なぜ…まさか! 』
俺は急いで添付資料にあるこの貨物船と同型の貨物船の設計図を見る。
気になったのは一般貨物船における上蓋や外板の鉄板の厚さだ。
『上蓋も外板も厚さ3.0mmか。これじゃ5.56mmのグリーンチップですら甲板上で貫通してしまう』
『船内の荷物にダメージが入るのは困るということか』
『爆発物…いや精密機械…あるいはその双方を組み合わせた…』
マヤはコクンコクンと頷きながら黙ってこちらの話に耳を傾けている。
『でも、俺の知識が間違ってなけりゃFMJ9mmパラベラム弾なら容易に3.0mmの鉄板なんて貫通できるはず』
『ってことは破壊力も重視して9mmHP弾? 馬鹿な。それじゃ防弾チョッキは貫通出来ない』
『襲撃した連中はボディーアーマーから何から何までフル装備だったと思うんだが』
『なぜそう思うんです?』
マヤは首を傾げた。
『この船に銃以外は同様の装備が閉まってあるじゃない』
そう言って装備一式が入ったロッカーを指差した。
この中には戦闘に使えとばかりにいろんな装備が入っていた。
『あっ』
ハッとした感じでマヤが驚く。
外洋航海で暇すぎたせいでちょっと抜けているのかもしれない。
『襲撃した日ノ本のネゴシエイターか何かは、何の武器であったかは知らないけど』
『SATやSITやSSTに共通するようなボディーアーマーなどを装備して戦ったはず』
『あの装備ならきちんと訓練された者であれば今甲板に展開している連中の制圧は簡単なはずだ』
『アレの裏にそれらを全滅させうる何かがいる…んですかね』
マヤは両手を合わせつつ手の指をチョイチョイと合わせながら呟いた。
『何がいると思う? 如月の知識の中でこういうことをしそうな亜人に心当たりは? 』
俺は亜人に関する知識が全く無い。
レンツェと仲良くなりようやく少しずつ知識を蓄えはじめたばかりだ。
そこで、まだそこまで歳を隔てていないとはいえ、彼女に答えを求める。
『亜人はみんなやってそうで……何か特徴的な痕跡でも見られないと… 』
『そっか』
現状での判断は不可能というマヤの嘆きは正論であるので、それ以上掘り下げることはなかった。
俺たちは準備に取り掛かる。
船を制圧するにあたり、まずは装備を確認した。
ボディーアーマーやらなにやらが入っているが肝心の銃がなかったからだ。
『先輩。一応私たちは銃が無くとも遠距離攻撃は出来ますが…超獣弾は強力すぎて船を沈めかねません』
ガサゴソと船内を探しながらマヤが呟いた。
『わかってる。せめてサイドアームぐらいは欲しい』
『趣味のクレイ射撃じゃショットガンばかり使ってたから、非殺傷仕様でもそれがあるといいのに』
それも水平二連であると尚良い。
アレが一番しっくりくるのだ。
上下二連では射線が上下してしまい狙いにくい。
ポンプアクション?なにそれおいしいスポンジケーキ?
速射も出来ない銃に用は無い。
だが、結局銃は見つからなかった。
あるのはかなり大柄のサバイバルナイフぐらいで、後は接近した際に使うロープや鍵縄などしかない。
結局、銃は最悪あちらで現地調達することとした。
ボディーアーマーはあったのだが、拳銃弾用ではなく突撃銃向けの分厚いレベル3タイプのものだったせいでゴワゴワしすぎて身動きがとりにくくなるため、身に付けなかった。
マヤは黒のTシャツに作業用ロングパンツっぽいものの裾を上げてハーフパンツ姿にしている。
シャツの裾を入れていないせいで風が吹くたびに臍やら何やらが見えるのだが本人は全く気にしていない。
そこに機械類などを含めた一式を詰め込んだフィールドバッグを提げている状態だ。
俺もほぼ似たような姿である。
お互い完全に舐めているとしか思えないが、人狼ならこれで十分だというマヤの意見を信じることにした。
俺たちは船に備え付けられている強襲用のゴムボートに乗り込む。
『近接戦闘をしなきゃならないとなると死人が出るな』
『全員亜人ならいいけど人間だったら躊躇するかもしれない。覚悟をキメないと』
『私は実戦経験もありますから大丈夫ですが…先輩は大丈夫ですか? 』
『大丈夫だ。ヤる』
船は自動航行でこちらの持つビーコンの近くを一定距離で追随する設定にして、俺たちはゴムボートを用いて貨物船へと向かった。
貨物船の死角である後方から近づいて一気に甲板に乗り込む作戦だ。
どうせ9mm弾なんて変身せずとも貫通しない。
俺らと至近距離で戦うならもっと貫通力のバカ高い銃が必要だ。
防御力に任せて突撃し、操船する船員を拘束して航行不能にしてしまおう。
20分ぐらいしただろうか。
ゴムボートで貨物船のすぐ近くまで辿り着くと、マヤは突然騒ぎ出した。
『先輩……おかしいですッ! 人の臭いを感じません』
声のトーンをなるべく下げようと勤めている様子ではあったが、
それでも敵に聞かれそうな気がするぐらいの声の大きさでマヤが叫ぶ。
『……何が言いたい?』
『甲板には生物の気配は感じますが、人の発する気と臭いを感じません』
彼女は甲板にいるのは人ではないと言っている。
何を伝えたいのかまだ俺には理解できない。
『亜人が擬態している? 』
亜人ではないと言っているような気がするが念のため確認する。
『それも違います…これは…ホムンクルス……かもしれません』
『何それ。人造人間と解釈すりゃいいの?』
ホムンクルス。
大体想像はつかなくはないが、やっぱりなんだかわからない。
彼女に説明を求める。
『先輩。もし私の女の勘が当たっているなら、敵はエルフです』
『ホムンクルスは単独では使えません。命令指示が必要な生きた人工の人形です』
こちらを見つめて何とか伝えようとするマヤから俺は想像力を働かせる。
それは……戦闘用AIしか積んでいないロボットのような――
『意思みたいなものを持たない?』
『インプットされた行動は人間そのもの…ですが人のような自我を持ちません』
『機械的な行動を行う、見た目と体組織は人に極めて類似する機械…のような』
大体俺が考えていたことと同じだ。
つまりは――
『バイオテクノロジー的なもんで有機素材で作られたロボットってところか』
『じゃ、殺しても問題無いな』
俺は甲板にいた者が人でないというだけで随分安心していた。
あの最初に戦った亜人と同じ感覚でいけそうだ。
『エルフなら第一級の重要人物です』
『見つけたら倒す前に人物照会をさせて下さい』
正面に見える貨物船を見つめる俺にマヤが呟く。
『良かったらそれをレンツェに頼んでいいかな? アイツには恩を売っておきたいんだ』
『それに、情報分析官としての奴の能力は高いって噂だし』
『わかりました。本当に船内にいた場合は、この手元の衛星通信を使って…レンツェさんと連絡をとって見ます』
彼女はバッグから小型の衛星通信用wi-fi端末を取り出した。
海上では最近主流になりつつあるインマルサットによるインターネット接続手段で、手のひらに乗るサイズにやや大きなアンテナがついた四角い物体の小型wi-fi端末だ。
これで陸地でwi-fiを使うのと同じ感覚で通信ができるとは凄い時代になったもんで。
『連絡先はわかりますよね?』
『アドレスとかは全部把握してる』
俺は彼女に連絡用のアドレスなど一式が記載された情報をスマホに表示して手渡した。
『わかりました。じゃあ先輩。これを渡しておきます』
彼女は俺になにやら長くて黒いものを手渡してきた、
それは鞘に入った剣のような何かであった。
全体が黒いような青いような不思議な色を放つ黒光りする金属で構成されている。
なかなか……重量感がある。
『これは?』
俺はその剣らしきものを手に持ちつつ彼女を見つけてそう呟いた。
『私の家に伝わる家宝です。コッソリ持ち出しちゃったものです』
テヘッとばかりに舌を出しつつ彼女はそう言ったが――
『如月が使うべきなんじゃないの?』
その重量感は質量だけではなく何か別の重さを感じ取った俺は大切なものだと彼女に返そうとするも――
『必要なのは武勲をこの剣に刻み込むことで、使い手はさして重要ではありません』
彼女は受け取りを拒否した。
俺は黙ってとりあえず剣を鞘から抜く。
やや肉厚の片刃だ。
というか、柄がやたら長い。
鞘に入っていたときは普通の7:3ぐらいの割合の剣に思えたが、引き抜くと刃と柄の長さが5:5ぐらい…
いや、5.5:4.5ぐらいといったほうがいいかもしれない。
長ドスぐらいの110cmぐらいの全長の半分が柄である。
柄頭が何か特徴的なリング状のアクセントが付けられているがまるでその中に手スッポリを入れて使うかのようだ。
『先輩。この剣はウィップブレードです』
『この世界では一般的ではありませんが、柄頭にワイヤーが仕込まれています』
『こうやって投擲してみたり』
マヤはブンと投げるモーションをとった。
実際には剣はこちらが持っていたので投げたわけではなかったが。
『こうやってワイヤーを伸ばしてより強い遠心力を用いて変則的に敵を切断したりします』
彼女は先ほどのリング状の柄頭を引っ張った。
非常に細いワイヤーが伸びる。
『すごく…テクニカルな武器すぎない? 使いこなせそうにないけど』
説明から察するに、こいつは投げて相手を突き刺すジャベリンに類似する武器でありながら、
鎖鎌のように思いっきりワイヤーを伸ばして遠心力で運動エネルギーを増加させた上で敵を引き裂くという変則的攻撃が必要な極めて技術がいる武器だと思われた。
正直まともに扱える自信がない。
『基本はこうやって敵の首の骨と鎖骨の間から心臓を目掛けて突き刺して戦います』
『刀剣としての切れ味は大したことありません』
マヤは右手で拳を作って刀があるかのように突き刺す動きをとった。
左腕と右足で敵を押さえつけて突き刺すのが有効なようだ。
『オーフェンリアでは…ヴァナルガンドでは一般的な武器なの? 文明はこの世界と同じぐらいと聞いたのに』
それは大いなる疑問だ。
ヴァナルガンドはレンツェ曰くこちらよりもやや優れた機械文明があると聞くが、
銃よりもこんな不思議な近接武器で戦うのが普通なのだろうか。
『せんぱーい…私たちは12mm以上の機関銃用の弾丸でもないとまともにダメージを受けないんですよ? 』
『それにものすごく素早く身動きがとれるんですよ』
『弾丸の運動エネルギーなんて所詮は地球人類が走るための総運動エネルギーより低い程度のものなんですから、人狼ともなれば近接戦闘で仕留めるしかないですよ』
彼女の説明には説得力はあったものの、俺の世界での理では銃最強のイメージがあって彼女の説明する状況が浮かばない。
身体能力が上がっているのだから重機関銃や小型のガトリングを手持ちにして戦えそうなのだが。
もしかして…コストの問題なんだろうか。
最近は地球でもコスト削減といってわけのわからない武器や防具が復活したりしているし…
鎖帷子とか…鉄仮面とか…ボウガンとか…ファンタジックすぎるものが。
『とはいえ、この刀剣よりもダガーで投擲したり突き刺す武器が一般的です』
『ホムンクルスやエルフも私達に追随する防御力なのでこの武器は有効かと』
『手刀じゃ無理ってことか』
『はい。間違いなく』
ようやくここで彼女が武器を渡した理由を理解した。
そうか。ホムンクルスならば頑強な防御力なのか。
それでは身体能力が高くなかったとしてもただの人間じゃ倒せないかもしれない。
SSTクラスの人たちだってメインは5.56mmの89式あたりを使うらしいし、
俺らと同じでは貫通できなかったか。
ただし、甲板上にいた連中はボディーアーマーやヘルメットなどをきちんと身に付けていたということだけは付け加えて言っておく。
手刀は胴体に向けては不可能だとは思ってはいた。
『私は船内にあったこの大型のナイフを使いますが、事前の打ち合わせ通り後方支援に回ります』
『戦闘の主体は先輩で…よろしいですよね?』
『元より13歳の女の子に虐殺なんかさせるつもりはないぞ』
俺たちは事前に打ち合わせしてそう決めていた。
ホムンクルスであることで戦闘への参加をしたほうがいいのかとマヤは迷ったのかもしれないが、
そこは否定しておく。
多分、変身して獣気まで使える今なら普通にやれるはずだ。
獣気は身体能力工場にしか使えないが…十分。
『ま…まぁ私も後方支援とはいえ実線経験者なので…それなりにそういう事はしてきたのですが…』
グッと拳を握りこむ自分を見ながらあわあわとマヤが呟く。
経験があっても、目の前で人を惨殺する姿は見たくない。
単純に俺がさせたくないだけ。
ただ、今後は考え方も変わるかもしれないとは思った。
『いいよ。とりあえず一番近くの甲板にいる奴をヤる』
『甲板上は祭り状態になる』
『如月は俺が暴れた後に生まれた隙を伺い、そのまま船内に浸入して状況を探って、首謀者がいるならその情報をレンツェに送ったりして対応を』
俺は仕事モードに入り彼女にそう伝えた。
『そうさせていただきます』
『先輩。状況は逐一イヤフォンマイクによる無線で知らせてくださいよ』
『わかってる』
ゴムボートが貨物船に近づく。
いよいよ幕開けだ。
血の晩餐会と、俺たちの戦いが―