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7話前編

書いたら長くなってしまいました。

後編を調整中です。

 天と地が青で染まっている。

 一面の雲1つない青空と、海。


 4日前まで日ノ本の東京有明でウダウダやっていたのとは正反対の状況である。

 周囲には何もない。


 あるのは一隻の得体のしれない自動航行可能な長距離航行用のやや高速なボートと、その中に少女1名。



 駆け落ちしたわけじゃない。仕事だ。


~~~~~~~


 遡ること4日前、源さんから示されたメールの場所に辿り着き、ロッカーを開けると中には携帯電話端末が入っていた。


 ロッカーから取り出すと電話が鳴る。

 近くにいて監視されている模様だ。


 マヤは周囲を警戒するが、どこにいるかつかめていない。


『屋内のどこからか…そこから見ています』


 キョロキョロと辺りを見渡すマヤをよそに電話に出る。


『はいはーい。こちらデート中のカップルですがー? 』


『違いますッ! 』


 ほんの冗談で軽いジョークを相手にぶつけようと思ったら思わぬ魚が釣れてしまった。

 手を使いシーっと静かにというジェスチャーを送り、彼女を静まらせる。


『経済産業省の者です』


 変声機などを一切使っていない男性の声である。

 年齢は30代ぐらいであろうか……若い。

 指示を受けただけのダミー人形か、それとも依頼主の部下か。


『部署名ぐらいは教えてくれても。まー表向きと裏向きで肩書きが違うとは思ってますが』


『ッフ、フフフ。やはり、父親によく似ている』

『お互い演技はやめにしておきましょう』


 電話の主は友人に語りかけるかのような穏やかな口調で呟いた。


『私の名前は兵藤。経産省所属の人間です』

『所属は調査部国際調査科に所属しています』

『貴方の父親の後輩です』


 兵藤さんは自己紹介をしたが、俺はその名前を聞いたことが無かった。

 父親は仕事について話すことはあっても、源さん以外の人間について説明したことはない。


 縦社会の国家公務員においてはそこまで人間関係は深いものでもないし語るものでもなかったのだろう。


『それで、自分に何を―?』


 電話の主に本題を一気に切り出す。

 親の過去についての世間話などは邪魔だ。


『時間がありませんので手短に』

『貴方の父上は何をされていたかご存知ですよね』


 兵藤さんはこちらに質問を投げかける。

 何を試しているかはしらないが――


『父は産業スパイと言っていた。表向きは中小企業の振興関係の部署にいて中小企業に出入りしていたということになっていますが、裏向きは怪しい動きをした企業へ潜入して証拠を掴んで大規模で危険なな会社組織による犯罪を未然に防いでいたとか』


 と、自分が知っている限りのことを話した。


『よくご存知で。私も…似たような仕事をしています』

『ですが、私の場合は国際部門』

『飛龍さんには是非手伝っていただきたい』


 兵藤さんは淡々と説明口調で喋る。

 源さんとは違う。

 これでは何か隠していたらすぐわかってしまうぞ。


 いや、逆に隠す気がないからそういうトークの仕方をしているのか。


『やるべきことと、それに関する詳細情報と報酬を教えていただければ乗ります』


 俺は、話が長くなりそうなので、結論だけを求めることにした。


『やることは簡単です。とある貨物船を完全に航行停止の状態にしてもらいたい』

『条件として、その船が一切沈むことない状況での停止です』

『沈黙、停止した場所の座標を送り、我々が回収するまで船上にて待つ』

『それだけです』


 彼は特に感情の起伏は変わらないまま呟く。

 ただ、冷徹な印象を受けるような喋り方でもなかった。


『船や積荷を破壊してはならない―と』


『困るのは、その船が目的地に到達することと、積荷または船が海の底に沈むことです』

『積荷を破壊したとしても構いません』


 積荷を破壊しても構わない?

 どういう意味だろうか。

 船員の拿捕すら必要ないというのだろうか。


『船を停船させるだけで、いいということですか』


 念のため言葉の意味を再確認する。


『日本語的な正確ニュアンスとしては、船を停船させる事のみが貴方への依頼です』

『それ以外については問いません』

『積荷を破壊することも、内部を散策することも我々の立場ですと、それを禁止させる権限がありませんし、破壊されても調べられても、現状の貴方の立場なら特に問題にならないものですから』


 彼の落ち着いた口ぶりから出た単語から、その船が日本の領海外で

 外洋航海中であることを予想できた。

 なぜ、日本の領海内で取り押さえられなかったんだ。

 いや、だからこそ俺のような立場でないとダメだと…そういうことなのか。


『ようは、不法に輸出されるか海運されている積荷がどこかに渡るのを阻止できればいいわけですね』


 導き出された結論をまとめ兵藤さんにぶつけた。


『その通り。理解が早く助かります』


 兵藤さんは少々にこやかな口調で褒めてくれた。

 どうやら俺の考えは正解のようだ。

 敵は領海外にいる。戦闘になった場合は海の上…か。


 それは非常にリスクが大きいことを予見させるものであった。


『念のため確認したいんですが、元来ならどういう人間にそういうのを頼むんですか』

『自分にはそういう知識がないもので』


 こんなリスクを請負うような人間がどのような立場なのか質問する。

 俺の予想では雇兵か何か、ともかく日本人以外の者を元来雇うのではないだろうか。

 しかし、兵藤さんからは俺の考えとは正反対の答えが示された。


『これは、広義で言えば日ノ本が持つ意思によるものと言っていいものですから、当然にして国家の息がかかった国民が成すべきことの1つ』

『しかし、国防を担う自衛隊や、海域を警らする海上保安庁では出来ない領海外の話ですから』

『その道のプロに頼んでいる―そう思っていただければ』


『そういう人間も存在するんですか……』


 思わず唾を飲み込んだ。

 聞いたことが無い。

 見たことも無い。

 第二の両親や源さんが噂したこともない。

 そんなヒットマンだかネゴシエイターがいるなんて想像も出来ない。


 第二の父は、日ノ本は民間人を巧みに利用して大局を動かすのが普通だと言っていた。

 政治団体や市民団体を扱って上手く行動するということだ。

 


 だが、彼が示唆する存在は日ノ本に潜むダークヒーローである。

 そんな者達がいたのが信じられない。


『ええ、ただし貴方のような方でなければ解決出来ないもしくは大きな損失が出るリスクのある仕事です』


 兵藤さんの語気がやや強まる。

 もしかして既に何らかの形で動いていたが失敗したのか?

 そんなそんなことが可能な存在であるとすれば――


『亜人…ですかね』


『存じません。とだけ。断定できる証拠すら集まっていませんものですから。ただ、息がかかっていることは確かです』


『すでに別のチームで2回突撃してその2回とも全滅しています』


 兵藤さんはその件は他人事のようにそう告げる。

 こういう所が国家公務員らしい。

 この人は間違いなく公僕であると確信を持てた。


 そっちの件は間違いなく別の人間が動いていて、失敗して権限が兵藤さんに移行したのだと思われる。


 敵は武装している…それは間違いない。


『じゃ、それなりに警戒されていると考えた方がいいわけですね』


 何か情報が貰えるないかとそのようなことをポツリと呟いてみた。


『そう考えていただくのが自然だと思います』

『私もプロではないものですから。どういう状況を想定してどう動くべきかはわかりかねます』


 兵藤さんの口ぶりは完全に他人事でその話はどうでもいいとばかりに淡々と説明口調で返答した。

 ダメだ、失敗した連中の行動について興味も示していない。


 そこに重要な情報があったらどうするんだ。

 いや、情報すら確認出来なかったのか?


『自分、素人ですよ。それでも構いませんか』


 言い訳ではなく事実である。

 戦闘に対する訓練をマヤより施されているとはいえ、未だに素人だ。


 実戦経験は1度のみ。

 それも、龍気すら使えない後天性の竜人ドラグニュートの一度っきり。


 それが心配になってついやる前から自信がないかのような言葉を発してしまった。


『重要なのは、貴方が人狼であることと、日ノ本の国民であること―』


 人狼。間違いなくそう言ったような―


『む? 兵藤さんは人狼をご存知であるわけだ。父は知らなかったのに』


 第二の父は俺に黙っていたとは思えない。

 兵藤さんに遠まわしにそれについての回答を求める。


『父上は、国内企業部門なので関係があったとしても、それを知らされずに内部調査を依頼される立場です』

『私は国際部門。オーフェンリアについては知らされています』


 兵藤さんは出世コースを歩んでいる幹部候補の人間なのだろうか。

 口ぶりの節々からそう思わざるを得ないようなものを感じ取れる。


『兵藤さんはかなりのポジションにいらっしゃると考えていいですか』


 彼との付き合い方の今後を考えるにあたって、そこは重要なので確認しておく。


『ええ。それなりの権限はあります』

『だからこそ、飛龍さんに賭けてみたくなったんですよ』

『同じ若い者同士、挑戦しませんか? 』


 兵藤さんが始めて感情をあらわにした。

 依頼する内容は内容なのに、未来へ向っていざ共に躍進。みたいな明るい言い方をする。

 ただ、俺に何か感じ取れるものがあったのだろうか。


 それか、後天性の人狼でありながら自我を失っていないという事を知っていて、適任者が俺しかいなかったのか。


 そういえばまだ聞いていないことがあったな。


『報酬を教えてください』


 一番重要であることを問いかける。

 電話に集中してすっかりマヤのことを忘れていたがマヤは俺の近くに立って電話の内容を聞いていた。


 まぁ耳がいいからこの子はこの距離で全部聞けるのかな。

 源さんの電話も全部聞いていて内容を覚えていたし。


『元来なら複数人が行う仕事を1名から2名に任せますが、一括報酬で40万米ドル』

『円でお支払いできないのは、ご勘弁を』

『こういったことは、表向きの予算には計上できませんから』

『ただ、お金は国庫から出るものですからご安心を』

『それと、諸経費についてはその全てを負担致します』


 兵藤さんは電話でそう答える。

 俺はマヤのほうを向いた。

 マヤは驚いて口を両手で押さえている。

 

 額はすごいがそういう額を要求できうる仕事だってわかっているのかな。


『あとは、飛龍さんの戸籍情報かな』


 そんな彼女を見ながら電話に耳を傾けていると妙な単語が出てくる。

 馬鹿な。戸籍情報はオーフェンリア側で処理してくれたはず。

 源さんには看破されていたが、処理自体は終わったとマヤから聞かされていたのだが。


『戸籍情報?』


 不安になってすぐさま状況を確認する。


『オーフェンリアによる飛龍さんの戸籍情報の改竄は正規のやり方ではありません』

『人狼が日本国で生活するにあたっての、「人道的見地に基づいた特例」を利用しています』


 兵藤さんがやや不満そうな口ぶりでそう話した。

 彼のプライドとしては許せないやり方だったようだ。

 この人にも感情がないわけではないことがわかる。

 

 っていうか――


『それって日本で出生した在日のオーフェンリア国民ってことになっていませんか』


 頭が痛くなってきたので額を押さえつつ兵藤さんに伺う。

 オーフェンリアの人達は何をやっているのだろう。


『そうです!出生国名は日ノ本になっていますが、それ以外の情報が適当で杜撰です』

『見るものが見たら一発でおかしいとわかってしまう。これだと貴方は違法国民に近い立場に』


『それを、あたかもこの国でまともに生まれて生きているのと同じように修正して新たなものを作り直すというのも報酬として計上できるとは思います』


『引き受けた時点で情報は修正致します。仕事のために必要な事なので』

『―以上です』


 この言葉で1つ確信をもてたことがある。

 兵藤さんはある程度の権限を持つが、船自体を捕縛させなければならないという判断を下したのはもっともっと上にいる人間だ。

 どの領域にいる人間かわからないが、戸籍情報すら修正させられる権限をもっていて、


 兵藤さんはその人から命じられて俺を選定した―多分そうだ。

 しかし、それは彼らの道具になることなんじゃないだろうか。


 そこだけは否定しておきたい。



『乗りますよ。兵藤さん』

『ただ、自分は単純な歯車になる気もありませんよ』


 俺は彼に対して偉そうな口ぶりではあったが、歯車になるのは嫌だとだけはきちんと伝えておいた。

 それが兵藤さん含めてマイナスポイント扱いにならないといいけど。


『もちろん。私もそれを望んでいます』

『今回の仕事を上手くこなし、更なる提案も出来て―』


『その提案も受け続けて下さるならば、こちら側に貴方が来る日も近いでしょう』


『その時は、貴方も日ノ本の重要な構成要因として独自に動くのです』

『それこそ、民主主義たる我が国の健全なる姿なのですから』


『貴方の意思が正当なものなら、それは国家の意思なのであって』

『国家の意思でもって行われた行動は日ノ本によるものとしてどこかに刻まれていくわけです』


 兵藤さんは今までに無いぐらい起伏に富んだ言い方でまくしたてる。

 それは俺が思う公僕の姿とは違っていた。

 日ノ本を背負い、日ノ本を背中に感じながら生きていく。

 そんな印象を受けた。


『オーフェンリアではなく、日ノ本の人間として生きる―と』


 兵藤さんの言葉に感嘆し、心の中で思ったことがそのまま言葉に出てしまう。

 

『オーフェンリアは、同盟国でしかありません』

『飛龍さんは例えば、北米が同盟国だからといって日ノ本の国民でありながら、北米のためにと生きていきたいですか? 』


 それはつまり、今の自分の中途半端さを示しているのだろうか。

 だが俺は――


『自分は純然たる日ノ本の人間です。そうでありたいとは思っています』


 そうありのままに答えた。

 

『なら、日ノ本の人間として生きるべきです』

『オーフェンリアはとても器が大きく、戦争行為などに発展する可能性は微塵もありません 』

『戦後日本を裏側から支えてくれた異次元世界の国家』

『飛龍さんが心配なさるような事にはならないはず』


 兵藤さんは事情を知っている様子だった。

 俺がやりたいことも。

 マヤのフォルフィール家を再起させることと俺が日ノ本の人間として生きるのは問題ないとそう言いたいのだろうか。


『彼らとは5:5で我々とやり取りをしている 』

『今回の仕事は、彼らのためにもなると思われます』


 どうやら、オーフェンリアにも関わりがある事象らしい。

 兵藤さん自体も確信をもっているような口ぶりはしていないが、やはり亜人か。


 ふとマヤを見る。

 彼女は自分自身何度も指を指してジェスチャーを送っている。

 連れて行てってくれということね。


『1つ条件が』


 兵藤さんが電話を切る前に何とかその話題を切り出せた。


『なんでしょう』


『1名。オーフェンリアの人間を補佐に』


 俺は彼女の参加の許可を求めるものの、兵藤さんからは意外な反応が戻ってきた。


『最初から勘定に入っています』

『我々も、貴方のことについてはオーフェンリアの方から直接伺える立場におりますから』


 電話の最後付近。彼からは全部お見通しであるということをボソッと呟かれた。

 監視でもされていたのか。

 なかなかに怖いことをサラッと淡々と説明口調で言ってくれるじゃないの。


『では、今からその端末に送るパスワードを入力して隣のロッカーからバッグを取り出してください』

『今後の行動に必要なものが一式入っています』――


 そう言ってそのまま電話が切れてしまった。

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