夜に響く悲鳴4
「お兄様、お仕事です」
「おう、待ってたぜ……って、ええ?」
俺が部屋の中で、日課となった水やりをしていると、相変わらずノーノックでメアリィが入ってくる。
俺が変なことをしてたらどうするつもりだ、こいつ。
「俺は居候だぜ。そんなむつかしい言葉使うなよ」
「……いまさらのように居直っても、無駄です。
そんな居候を快く思わない方がいらっしゃるので。
ま、具体的に言うとお父様ですけど」
「……ぐぬ」
俺はあのおっさんの、なんとも言えない嫌な目つきを思い出して、口をつぐむ。
面倒くさいやつ、というのはどこにでもいるものだ。あのおっさんもきっと、そうなのだろう。偏見だが。
ま、こっちにも正当性があるわけでもなし(よく考えたら見ず知らずの居候の立場なわけで)、俺に断るという選択肢はないのだった。
「……んで、何をすればいいんだ」
「さっすが、話が早い。
この館の地下にいる、ガーゴイルを退治してほしい、だそうです」
「ガーゴイル……」
俺のイメージだけでものを言えば。
「石像みたいなやつで、悪魔なんだっけ?
で、目をみると石化するっていう……」
「よくご存じで。
大丈夫、私もついていきます。
もし石になっても大丈夫! 私が解除しますから」
……俺が石にならない、という選択肢はないのだろうか。
まあいい。
というわけで、さっそく。
俺とメアリィは、重々しい雰囲気の扉の前に立っていた。
扉には錠がつけられており――それについた赤さびが、不気味さをよけいかもしだしている。
メアリィは腰からさげた鍵で錠を開けると。
「さ、いきましょうか」
「……だ、大丈夫なのか、本当に」
「何がです? 私は全然心配してませんよ。
お兄様が居ますから。ちゃんと守ってくれますよね?」
しょうがねえな、と俺は毒づいて。
毒づくふりをして、照れ隠しをして。
かっこをつけて、先に扉の中に入っていった。
「もともとはこの館は、お城だったんです。
今は使われていないけど、牢屋だったとか」
「……どうしてそんなもんを残したんだよ」
改装したときに、潰せばよかったものを。縁起が悪い。
「さあ。例えば、閉じ込めたい人が居たんじゃないですか?
お兄様とか」
「ええ、俺が? なぜ」
「お兄様、小さい頃は悪ガキだって、嘆いてたもの。
何も言わずにふらっと出かけて、帰ってくるころには傷だらけだったって。
かわいい自慢の息子がいつも傷だらけなら、傷つかないように閉じ込めておきたいと思うのも親心では?」
「……そんな親心、嫌だな」
わからんでもないが、何故牢屋に閉じ込めるのだ。
強いて歩み寄るなら、押し入れぐらいじゃないか?
「ふふ、勝手に出て行って、ボロボロになって帰ってくるのは、今も変わりませんね」
つっても、別人だけどな。
俺は相槌を打ちつつ、先へ進む。
暗がりを進んでいく……。
すると。
一匹の石像と行き当たる。
一本つのを生やしていて。
一つしかないその瞳は、紅く妖しく光っていた。
……その目には、宝石が埋め込まれているのだろうか。吸い込まれそうな、妙な輝きがある。
ってもな。
「なんだ、退治して欲しいとかいうから警戒してきたけど。
動かないんじゃ、怖くないな!」
俺は空元気で、後ろを振り返りながら、そんなことを言った。
「……」
けれど、返事はない。
「おい、メアリィ」
俺は振り返り、メアリィの身体をゆさぶ――、ゆさぶれない!
まるで地面に縫い付けられてしまったかのように、動かない!
「お前……まさか俺より先に石化したのか!」
そんな俺の悲鳴にも、返事はない。
おいおいおい。
回復薬が先に動けなくなったらどうするんだ。
俺が石化したら、いっかんの終わりなんじゃねーか。
っていうかそもそもそんな危険なものを、自分ちに置いとくなよ……。
とか。
不満はいっぱいあったが、俺は意識を切り替えて、戦闘モードに突入する。
「ディストリビュート!(炎魔の鉄槌)」
それは俺が新しく覚えた魔法の1つだ。炎を凝集させ、斧に見立てて振り下ろす。爆発させるいつもの魔法とは違い、効果範囲は狭いが、威力はけた違いに強い。
赤く燃え盛る斧は、石像の頭上に向かいふりおろされ――、「びしっ!」と音を上げて、消えた。
像は、無傷。
続けて、二度、三度と呪文を唱えてみるが。
一向に壊せる気配がない。
……。
うーん、なんか。
目が光ってる。
気がする?
ぎぃぃぃぃぃやああああああああああああああ!!!!
その時だった。
俺が頭の中にあるひっかかり、何かに気づく前に、それまでけして動くことのなかった石像は羽根を広げ、金切り声をあげた。
そしてその瞳をこちらへ向け――。
俺は目を閉じて、その視線をさえぎる。
どくん、どくん。
心臓が、脈打つ。
目をつむるのが正解か?
もし、石化させる魔法が、視線とは関係なしに、効果があるとしたら。
俺はころされ――。
「エグスプロージョン!」
「ぎいぃやああ!」
俺の魔法は、やはり効いていないようだ。
ぶおん、ぶおん、と室内に羽音が響くと、気配が近づいてくる。
俺はとっさに、顔をかばう。
……目に見えない「何か」は宙を疾駆し、その衝撃に俺はうしろに倒れる。
だらりと、腕から何かが流れ落ちる。
どうする?
どうすれば倒せる。
……いや、倒さなくてもいいかもしれない。
この場合逃げても許されるだろう。
俺は離れた位置に、ディストリビュートを空うちする。
……するとガーゴイルはその音につられ、そちら側を攻撃しはじめた。
あまり知能が高くないのが、幸いした。
俺はメアリィの像を抱き上げ。
命からがら、部屋から逃げ出した。
「あれ、お兄様。どうしたんです? そんなに息を荒げて」
ぱっちりと目をさましたメアリィは、地面につっぷしたままの俺をみて、そんなことを言った。
「……どうしたもこうしたも。
逃げてきたんだよ。殺されるところだった」
「嘘でしょう? だって私、ガーゴイルの姿も満足に見てないのに」
戦う前から石化してたからな、お前は。
「魔法が何もきかなかった。ダメだ。俺じゃ勝てん。逃げよう」
「あれ、私言いませんでしたっけ?
ガーゴイルに炎魔法は相性が悪いのです。なんせ石ですからね。
雷なら効果抜群、ですよ」
「おお! なら、今すぐ倒せそうだ」
「今のがいい話」
「うん。んで、俺をはやく俺の封印を解いてくれ」
そうだ。
たしか俺は、すべての属性魔法が使える――けど、メアリィに封印されていたのだった。
「次が悪い話です。私、封印をするのは得意ですけど、解除するのは苦手なんです!」
「馬鹿野郎」
「う……だって、封印解除する経験なんて、めったにないんですもの。
ないというか、必要ないものだから……」
うーむ確かに。
鍵みたいに、かけたり外したりが簡単にできるのであれば、封印の意味がない。
簡単に解除できない、という点で、メアリィの魔法の腕は確かなものなのだろう。
しかし今は、他にこれといって打開策がない。
「いい。とにかくやってくれ」
「失敗したら、ごめんなさい」
「いいよ。その代り、明日の朝、うまい紅茶を淹れてくれな」
「……ふふ、任せてください。
それじゃあ」
『解呪(アンロック!)』
と、メアリィが叫ぶ。
すると俺の両手に、白い光がまとわりつき。
……なんとなく、腕が軽くなった感触がする。
「……まだ、不完全ですね。
お兄様の魔力が莫大なせいもありますが。今使えるのは、初級魔法のサンダー程度です」
さりげなく俺のせいにしたな。
まあいい、これえ対抗策はできたわけだ。
俺とメアリィは再び、ガーゴイルの居る部屋の中へと舞い戻る。
ぎぃぃぃ。
と、その石像は鳴いていた。……泣いているのか?
しかしそんな空想に浸るひまなく、石像の赤い目がこちらを向く。
「ディストリビュート!」
俺は天井に魔法を放ち、像の視界を遮る。
「瓦礫よ、塞げ!」
と、落ちてきた破片を、メアリィが補強し、一瞬にしてそれは像を近づけないためのバリケードが完成する。
……なんだ、なかなかやるじゃないか。
「サンダー!」
俺は人差指で狙いをつけ、雷魔法を放つ。
ピッ、と毛髪のような細さで電気が宙を飛ぶ。
ぎぎしああああ。
と、ガーゴイルは悲鳴(?)を上げる。
「お兄様、効果があるようです!」
「分かってる!」
俺はそのまま雷魔法を。
「サンダー!」「サンダー!」「サンダー!」「サンダー!」「サンダー!」
連打する。
室内は、ホコリがまって、ガーゴイルの様子は見えない。……けれど、動きは止まっているし、羽根の動きも見えない。
俺とメアリィは、様子をうかがうために近づく。
「……女?」
そこに居たのは、さきほどまでの一つ目の悪魔ではなく。
女性を模した石像だった。
女性は、身体を引きずり、こちらへ近づいてくる。うう、と小さくうめきながら。
「お兄様、あまり近づいては危ないのでは」
「……心配ないよ、こいつなら」
俺はその石像に近づくと。
女は瞳のない目をカっと見開き。
「坊や。
私のかわいい、ディティ……」
とつぶやき。
まるで灰のように崩れ落ちた。
○
俺に気づいた?
……いや、あれは俺――ディティールの母親だったのか?
ならば何故。
次々と浮かぶ疑問に、明確な答えはない。
「まあいいんじゃないですか、生きてることだし」
と、メアリィは存外能天気である。
「魔物の中には、よく居るのですよ。
相手の心の隙間を狙い、相手の弱みに付け込む。
お兄様も、お母様も恋しかったのでしょう?
だから、狙われたのですよ」
違う。
俺だけが。
俺だけがそれを知っている。
なんせ俺は。
ディティールの母親のことなど。
知らないのだから。
俺の心の中を読んでも。
ディティールの母親が現れることは、ありえない。
ならば、なぜ……。
と、そんなことを考えてるうちに。
俺とメアリィは、メークインの部屋にたどりつく。
ノックをすると、しばらくして。
中から大男が出てくる。
……いつみても、魔法使いには見えない。
メークインはメアリィを見て微笑み、視線を俺にうつして、露骨な溜息をついた。
「お父様、言われたとおりの仕事をこなしました!
特にお兄様が大活躍!」
「そうか。ご苦労だったな、メアリィ」
「……俺には?」
「部屋は好きに使え」
……ねぎらいの言葉もなしかよ。
その様子を見て、メアリィは顔を曇らせる。
「お父様、それは少し、冷たいのでは?」
「冷たい? 何のことだ。
見ず知らずの男を、居候させてやってるだけでも、やさしいと思わんか」
「見ず知らずって……、お兄様は、お兄様です!」
「そう思っているのは、お前だけだ」
バタン、と。
とても大きな音がした。
……その音を出した張本人は。
自分でもその大きさに驚いたようで。
けれどメアリィは、負けずに、毅然とメークインをにらみ返す。
「どういうことです、実の父親なのに」
「ディティールの亡骸を棄てたのは私だ。
生きてるはずがない」
「……そんなっ!」
外で。
雷の音がした。
それで話は終わりとばかりに、メークインは部屋の中に入り、部屋の内側から鍵をかける。