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お花見と春の魔法 後

 ……。

探索トーチカ!」


 俺が唱えると、俺の手のひらから生み出された火の球は、所在なさげにあたりをうろうろとしだす。……実に頼りない。ほんの3メートルほど移動したあたりで、「すいません、見つからなかったッス」とばかりに一度上下に揺れると、その場から姿を消した。


 前に師匠に、言われたことがある。俺の魔力は大雑把だと。力強くて無尽蔵だが、その分繊細なコントロールに欠けると。……それに誰かを探すような魔法は、そもそも白魔法の得意分野なわけだし、荒々しい気性の火魔法に、そんな器用な真似ができるはずがない。


「まいったな……」


 と、いいつつも俺はそんなに困っていなかった。

 魔法にも人にも、得意、不得意は存在する。ならばその得意な方で、欠点を補えばいいだけだ――。


「エグスプロー ……」



「ふざけんな!!!」



 俺が大爆発の魔法を唱えようとすると、誰かが俺の口をふさいだ。


 突然の違和感に驚き、俺は顔をふりはらってその物体を取り除く。

 ……それは、小さなピンク色の妖精? だった。

「ふざけんな! あんた! 今何しようとした!」

「いや、一面を薙ぎ払おうと思っただけで」

「馬鹿か! 俺らも住んでるんだぞ! 殺す気か」

「お前が誰か知らんが、大丈夫だろ。

 焼け野原になるだけだ」

 ははは、俺は笑ってみせる。

「あんたは魔王か!」



 ま、そんなこんなで。

 その小さな生き物の名前は、ピクセスと言うらしい。

「困るんだよねぇ。勝手にハーブを採られたりなんかしたら。

 俺らの生活がかかってるわけだし」

「そりゃすまん」

「それにここに来る人が居ると、俺らの楽しみがなくなるじゃんか」


 おや?


「楽しみって」

「そりゃ、噂につられた馬鹿な人間たちをからかって遊ぶことだよ!」


 おやおや?


「俺もその馬鹿な人間だってこと忘れてない?」

「いんや、こうして姿をみせたのにも、わけがある。

 兄ちゃんなら話が分かると思ったからさ」

 そういうと、ピクサスは俺の肩の上にのった。


「俺らの悪戯っていっても、怪我させようってわけじゃないんだぜ。

 なんせごにょごにょごにょ」

 ピクサスがごにょごにょごにょと俺に耳打ちをした。


 ふむふむ。

 なるほど。

 つまり?



「けしからん!」


 理解と同時に、俺はさけんでいた。

 そんな桃色映像を、2人にやらせるわけにはいかない。

「けしからんことなんてないさ。

 俺らは解き放ってるだけだぜ?

 動物も、俺ら妖精も、本能に忠実に生きてる。

 むしろ理性なんて持ってる人間のほうが、よほど異常なんじゃあないか?」

「けしからん」

「あんちゃんも好きだろ?」

「けしからん……。けど、それは見てから考えよう」


 俺の心の良心がぐさりと殺された。特に悲鳴とかはなかった。





 ピクサスに案内されるがまま、俺は2人の居るところに戻る。


 すると……。


 うーん。


 メアリィは、さきほどまであんなに喜色を浮かべていたのに、今は一転して、その場にへたり込み、息を荒くしている。俺はかけより、声をかけた。

「おい、大丈夫か」

 メアリィは涙がたまったようなうるんだ瞳でこちらを見ていた。真っ白な肌はほんのりと赤く色づいている。身体をかきむしったのだろうか、襟元が乱れている。

「おにい、さま……私……」

 その途切れ途切れの声から、俺は状況を察した。



 隣に居るレノは、ローブを脱ぎ捨てていた。

 ……着ている服を「これでもか!」というくらいに緩めていた。

「ディティール様……なんだか、変なんです。

 とても暑い。暑くて、たまらない」




「どうだい、兄さん。

 この魔法を、『永い春の魔法』と名付けた俺だよ」

 俺の耳元でささやくピクサスに。

 頷いて、答えてみせた。


 そして親指を立てて。

 グッジョブと。



 春、それは出会いの季節。

 春、それは恋の季節。

 春、それはすなわち発情期。

 かけられたものはみな、春に魅入られる……。


「もうだめぇっ!」

 何がダメなのか分からないが、メアリィは顔を地面に突っ伏した。その勢いで、カゴにとりだめたハーブが雪崩を起こし、メアリィの頭を埋めた。


 まあ、ダメなものは仕方ない。

「はあ、はあ、はあ……」


 レノは一枚、一枚と服を。





 その時だった。


 なんつーのかな、光? みたいな。淡い光。暗い室内でみる照明みたいな、そんな光が見えた気がした。一瞬過ぎて、何も覚えてない。あとから思えば、メアリィの魔法だったのだろう。


「致死蘇生!(リヴァイブ)」


 メアリィの凛々しい声とともに、その場に一陣の風が吹く。


「げっ!」

 俺の肩に居たピクサスが、悲鳴をあげた。

「やけに強い魔力を持ってると思ったら、ラストリアス家のお嬢様じゃねーか!

 面倒ごとは勘弁だぜ。バイバイ兄ちゃん!」

 と言い残し。


 かすかな肩の重みさえなくして。

 居なくなってしまった。



 さてどうする、俺。


「お兄様」

 その声は冷たく、重い。

「分かってますよね、ご自分のなさったこと」






















 いつものランニングを終えて、俺は部屋に戻る。

 汗だくになったシャツを交換して、顔を洗う。

 ……すると顔にずきりと痛みが走る。


 運ばれてきた朝食を口に運ぶ。

 口の中がじゃりじゃりとして、絶品のはずの料理は、まったくと言っていいほど味がしない。



 ここ最近の俺は、どこかおかしい。



 俺は不安になって、メアリィの部屋を訪れた。

「なあ教えてくれ。ここ最近の記憶がないんだ。

 俺は昨日、何をしてたっけ?

 それに傷が……主に顔面に集中して怪我をしてるみたいなんだけど、何か知らないか?

 もしかしたら敵が攻めてきたのかも」

 するとメアリィは、読みかけの本を閉じて――。


「そうですね、その敵の名前はインガオーホーとでも言うのでしょうね」


 と、ひとりごちた。




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