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お花見と春の魔法

 俺は日課となったランニングを終えて自室に戻る。部屋の中にある、メアリィに分けてもらった自分用の植木に水をやっていた。

 ランニングをしているのでは決してメイドさんたちの湯あみが朝方にあるからとか、女性ものの下着を干しているからとか、不純な動機ではない。常に自分を高める努力をする。そんなストイックな性格が、俺だからだ。


「ふうぅ」

 肌着を脱ぎ、雑巾のように絞ると、汗がしたたり落ちる。

 ……我ながら、ずいぶん健康的になったものだ。


 トントン、と扉をノックされる。

「お兄様。入りますよ――って、きゃあああ!」


 俺の姿を見たメアリィは、短く悲鳴をあげて、顔を隠した。


「な、なんで裸なんですか」

「いや、着替えてたから」

「脱ぐなら脱ぐって言ってください!」


 言うも何も、ノーモーションで入ってきただろ、お前。

 理不尽な言いがかりに憤りを感じつつ。


 俺は新しい肌着を着て、メアリィを部屋の中へと招いた。


「んで、何のようだ」

「お兄様、お願いがあります」

 お願い。

 その言葉に秘められた言外の意味を想像して、俺の心臓が高鳴った。

 主に悪い意味で。

 俺の悪事がばれたのでは?

 いや、たぶんそんなはずはない。直情的なメアリィのことだ。ばれればすぐに、怒鳴りこんでくるに違いない。

 けれど。いや、しかし。裏をかいてーー。

 うつむきがちなメアリィの表情からは、何も読み取れない。


 お願いってのはまさか、俺に出ていけってことじゃないだろうな。

 するとメアリィは言いにくそうに、存外平和な言葉を口にした。

「お花見に付き合ってほしいのです」

「お花見ぃ?」

「はい。北にあるフラペチーノの森は、今が花が満開になる季節なのです。

 そこにあるハーブを採ってきて、ハーブティを飲むのが夢だったのですが」

「いや、付き合ってもいいけど。別に俺いらなくない?」

「ええ、そうなんです」

 メアリィは苦笑した。……嘘でもいいから、否定してほしかったぞ。

「実はお願いというのが、そのことで。

 フラペチーノの森には、花の精が居ます。彼らはハーブを使って、生活に役立ててるわけです。だから、余所者がくるといたずらをして、ハーブを採らせまいとする。

 ……この家には私のような、支援魔法しか使える人が居ないから。お兄様が居れば、相手をひるませることができるはずです」

「師匠は?」

「ルペルタさんは、ダメです。傭兵として雇うと業務外だし、別料金を取られます」

 あ、そう。そういうのはこっちの世界でも面倒くさいんだ。


 別に俺に用事があるわけでもなく。

 俺は二つ返事で、その「お願い」を引き受けた。



 んで、一時間後。

 館の門の前には、俺と、メアリィとレノの三人が集まっていた。

 メアリィはいつものドレスーーではなく、黒いローブに、右手には背丈ほどある杖を持参している。レノはメイド服――ではなく、動きやすそうな装束を身に着けていた。……、俺のある知識で例えれば、忍び装束と例えればよいだろうか。


「いや、別にいいんだけど。どうしてレノが居るの?」

「私も、お手伝いできます!」

「その気持ちは嬉しいが」


 たしかレノって、魔法使えないんじゃなかったっけ?


「あらお兄様、私は別に構いませんわ。荷物持ちは多い方が助かりますし」

 メアリィは一瞬すさまじい目つきでレノを一瞥した――ような気がした。


 なんだ、いま背筋に寒気が……。

 これは深入りするな、という虫の知らせなのだろうか。

 俺は気を入れ直し、今日のスケジュールを確認する。


「ええと、半日歩けば森につく。

 森についたらテプラの花を目印に、ハーブを採取する。それでよかったな?」

「ええ。まったく問題ありません。

 もし花の精が出た場合は、お兄様が退治する。

 お願いしたとおりです」


 退治する、か……。

 本当にそいつらは悪いやつらなのだろうか? 名前だけ聞くと、別段悪いことをしそうには思えないのだが。


 深い疑念は解決せずに。

 とりあえず俺ら一行は、森を目指すことにする。



 んで、しばらくして。

 舗装されていた道が途切れ、森へと行き当たる。

 メアリィは背負っていた荷物からいそいそと薄手の布を取り出し、それを羽織り始める……。ああ、虫よけか。それを見て、太ももをむき出しにしているレノはどうするのだろうと、興味と視線を向けてみる。けれどとうの本人は、きょとんと首をかしげるだけで、対策を施そうとしない。ま、本人がいいならいいけどさ。俺も何も持ってきてないし。

 そんな俺ら二人を見て、メアリィはさらに2つの布を取り出し、それを俺らに渡してくれる。

「はい、どうぞ。使ってください。

 生地に守護の魔法がかけられています。虫除けのほか、蛇の毒、簡単な呪いくらいなら防げます。何も準備してないようでしたから」

「……私の分も?」

「ええ。不慣れなように見受けられましたから」

「ありがとうございます」

「サンキュー」


 俺はそれを服の上から羽織る。


 キイイインと。

 やさしいぬくもりが、俺の全身を包み込んだ。……気がした。


 とりあえずの準備ができた俺らは森の中に立ち入り、「テプラの花」を目印に、ハーブの密集地を探していく。道中聞いた話だと、テプラの花というのは湿気が多いところに咲く花で、ハーブのサイドプラントとして適しているらしい。花の数が多くなる方向を追っかけていけば、自然と採取できるハーブも多くなる、という仕組みらしい。


 隊列は、メアリィ、真ん中にレノ、しんがりに俺、という形になる。

 メアリィは魔法で小さな光源を作ると、杖で枝を払いながら、先へと進んでいく。


 ざくざく。

 ……ざくざく。



「きゃあ!」


 目の前のレノが急に立ち止まるから、俺はその背中にぶつかってしまう。


「ご、ごめんなさい」

「いや、こちらこそ悪かった」



 改めて前へと歩き出す。


 ざくざく。

 ざくざ。


 どん、と俺は再びレノにぶつかってしまう。

「す、すいません何度も」

「いや、気にしないでくれ」


 ざくざく。

 ざ。



「ちょっとお兄様! ちゃんと前むいて歩いてください!」


 いつの間にか目を吊り上げたメアリィが、俺をにらみつけていた。

「し、失礼な、だ、誰が尻なんか見てるかよ!」

「本音がダダ漏れです!」

 いや、目の前にあったし、蠱惑的に揺れるから、つい……。



 というわけで。

 隊列は俺、レノ、しんがりにメアリィという、真逆になってしまい、俺はとても寂しい。



 ……。

 テプラの花を追いかけて、1時間程度歩いたろうか。

 これまで点在していた花が、密集している場所に出る。その根元をみれば、……はいて捨てるほどのハーブが生えている。


「わあ!」

 メアリィは感嘆の声をあげると、背中からカゴを下ろし、手当たり次第にハーブを収穫……乱獲し始める。


 ……そんなことするから、怒られるんじゃないか?


 と思ったが、嬉しそうなメアリィの顔を見て、俺は何も言わないでおく。


「メアリィ様、嬉しそうですね。

 ……ここで取れたてのハーブを使って、一口いかがですか?」

 レノは紅茶を持参してたみたいだ。俺に携帯用の茶器をそそぎ、渡してくれる。俺は足元に生えていたハーブを適当にもぎり、その上に浮かべた。

 そして、一口。


「……うまい」

「そうでしょう?

 かつて勇者が「この地のハーブ、世界一」と言ったとか言わないとか。

 魔力を回復させる効能があるとかないとか」

「信憑性が薄いな」

「ま、持ち帰ることができた人が、少ないですからね」

 レノは苦笑する。


「お兄様―、早くしてください!」


 そんなことしてる間に。

 俺はメアリィに急かされ、収穫を手伝わされることになった。



「……ふう……」


 大人が背負えるカゴで、3つ分。こんなに採ってどうするんだ、という思いはあったが、「乾燥させたり、薬用としていろいろと利用価値はある」とメアリィは自信ありげにうなずいてみせた。


 ……あいつ、この量を一人で飲んだりしないよな?


 そんな疑念とも、恐怖ともつかない予想が俺の頭をよぎる。


「それじゃあそろそろ帰ろうか」


 そして背筋を伸ばして、俺が後ろを振り返ると。


 そこに2人は居なかった。


「ったく、イイ年して、迷子になりやがって……」



 果たして。

 迷子になったのは俺か、あいつらか。

 実に哲学的な問題である。

 そして俺は深呼吸。

 上を見上げたが、鬱蒼とした木々の切れ間から、空は見えない。

 うーん、頭痛!




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