師匠と出会いと嫌な思い出 後
「もう、びっくりしましたよう!」
言って長髪のメイドさん、ミヤコさんは、俺に緑茶を淹れてくれる。
「洗濯物をとりにいったら、ディティールさんが倒れてるんですもの」
「……本当に助かったよ」
「いいんです、いつもレノがお世話になってるみたいですし」
いってミヤコさんは、にっこりと笑う。
ああ。
なんだか。
落ち着くなあ。
俺はつい先日のことを思い出して(殺されかけたこと)、ミヤコさんの平和な笑顔を眺めて、なごんでいた。
この物腰柔らかな(巨乳な)女の人は、レノと仲がいいらしい。年もレノと同じくらいに見えた。
「……紅茶じゃないんだ?」
「はい。私の地元じゃ、緑茶のほうがメジャーですので」
「俺もそうなんだ」
「へえ! 私たち、運命ですね」
ミヤコさんは茶化して笑ってみせた。
うーん。
そんなところにも、近しいものを感じて。
俺はミヤコさんのとりこになってしまいそうだった。
コンコンと。
扉がノックされる。
そこにはいつも俺の世話をしてくれているレノが……レノか?
「……ディティール様。今日も訓練の日ではないですか?
ルペルタ様がおよびですよ」
レノがなんかすげー怒ってた。
「怒ってる?」
「何がです?」
俺が聞いても、ツーンと明後日の方向をむいて、答えてくれない。
「言ってよ。俺が悪いことをしたなら、謝るからさ」
「ディティール様にご自覚がないのなら、意味がありません」
分からん。
なぜ部屋に入ってきてそうそう、こんな状態なのだ。
「教えてくれよ。俺はただミヤコさんと楽しく話をしてただけだ。
やましいことなんてないぜ」
「ならそのミヤコさんに、聞いてみたらどうです?
教えてくれるかもしれませんよ。まったく、鼻の下伸ばしちゃって」
俺が視線をミヤコさんへと向けると……ミヤコさんは口に手をあてて笑っていた。
くそっ、他人事だと思って楽しんでやがる。
「いつも世話になってるし。レノがそんなんじゃ、俺もつらいよ」
「……ふふ」
レノはほほを少し緩めた。
「そんな風に言われたら、許すしかないじゃないですか」
「お、許してくれるのか?」
「特別ですよ」
俺は内心ガッツポーズを作る。
「ふふふ、それじゃお邪魔虫は消えますね」
ミヤコさんはそーっと、緑茶のにおいを遺して、部屋を出ていった。
「さて、先日の続きだが、今日は伝説の魔剣ベリアスを取りにいってもらう」
出会いがしら、師匠は切り出した。
「えーっと……」
寝起きだから、 俺の頭はまだフル回転していない。
つっこみどころが多すぎて、何から質問すればいいのか分からない。
まず師匠の服装。
先日はビキニアーマーという、露出の多い扇情的な格好をしていた。
それに対して今日は。
肩がでる白いワンピースというフェミニンな服に、顔面には顔上部を覆うような鉄仮面という異形のいでたちである。
「……あの、聞いてもいいですか」
「なんだ。服装以外ならいいぞ」
あ、自覚はあるんだ。
きっと思うところがあったのだろう。
俺の知る由ではないが。
鉄仮面をつけた人間を見たことがない。
……女性というのは、難しい。
だから俺は、服装に関してつっこむのをあきらめる。
「魔剣ベリアスというのは?」
「魔剣だ。かつて方々を荒らしまわっていた、牛頭の大男らしい。
その化け物をまっぷたつにしたという伝説がある。今は悪用されないように、洞窟の奥底に封印されてるらしいが。
今回、お前のレベルアップも兼ねて、その魔剣を取りにいってもらう」
「ほう」
魔剣。
それにレベルアップとな。
ゲームチックな単語の応酬に、俺の中二心が少しだけくすぐられる。
「少し興味が湧いたようだな。
だが心していけよ。今日の洞窟は、昨日戦ったワイバーンの巣窟だ」
「え?」
「ちなみに昨日のは、生後1年も経っていないワイバーンの子供だ」
「え?」
「洞窟には……そうだな、軽くみつもっても、100匹は居るかなぁ」
「え?」
何を言っているのか、まるで理解できません。
「なんでそんなところに……」
「だからいったろう。洞窟の奥底に『封印』したと」
本当かよ。
封印とかって。
ただ誰かが置き忘れただけなんじゃねーの?
そんで取りに行けなくなったから、適当に祭り上げてるだけじゃないの。
ふつう封印ってさ、もっとこう厳重に、鍵かけるとか人を置くとか、伝説の魔石と引き換えとか……、何かしらの管理があるわけじゃん? 猛獣の巣の中に放り投げたりはしないわけじゃん? そんなの納得できません。
「んじゃ」
ルペルタは笑った。仮面なので、細かい表情は見えないが。昨日と同じ、ドエスな表情で笑っているだろう。
「行こうか」
はいはい、どうせ断ったって無駄なんでしょうよ。
とまあ。
なんやかんやあって。
ボロボロになった俺と――、服に一切の汚れがないルペルタ。
俺は魔剣ベリアスをしっかりと手にしていた。
「……ぜえ、ぜえ……。やりましたよ。
どうです……」
「見事!」
師匠は言って、昨日のように俺の頭を撫で――たりはしなかった。
うむ。何かを警戒しているようだ。
俺が覚えた魔法は2つ。炎で相手を縛り付ける魔法と、火で作った斧で相手を叩き切る魔法。
今日はノルマ達成ならず。
それに後半は逃げ回ってただけだしな。
「それにしてもお前は、足が速いな! そこだけは見直したぞ」
「……命が、ぜえぜえ、かかってますから」
こんなに全力で走ったの、高校の体力テスト以来だぜ。
息を整え、改めて自分の手にした剣を眺めてみる。
黒い鞘に金色の文様。鞘から抜き放つと、刀身には波のような、きれいな模様が浮かび上がっている。
「……これがベリアス。
これで俺も魔王を倒せる!」
「いや、倒せないぞ」
冷たく言い放つと、ルペルタは俺の手から剣を奪い取った。
「お前に剣は向いてない」
「そんなことはないはず。俺だって鍛えれば――」
「いや、分かるよ。武術というのは付け焼刃ではどうにもならん。
お前はまず骨格が貧弱だ。今から剣を覚えるより、魔法を極めるほうが手っ取り早い」
言われて俺は。
貧弱な身体が恥ずかしくなる。
「どうにも、そっちには才があるといってもいい」
「本当ですか!?」
「……まあ。
ふつう魔法など、一朝一夕で身につくものではないからな」
おいおい、嘘だろ。
一日にノルマ五個っていったじゃねえか。
「凡人なら、一生につかえる魔法も、それほど多くはない。片手で数えるのに十分な程度だ。
例外的にメアリィたちは辞書を作るぐらいの魔法を使えるが、それはこの家の歴史の積み重ねと、血統、教育のたまものだ。
1から魔法を覚えるものなど、そうは居ない」
えっと。
てことは俺はそうとうな無茶ぶりをさせられたってこと?
「……俺、よく生きてますね」
「本当にな。私もそう思う」
「何か俺に光るものがあったんですか?」
「いや、まったく。
めんどくさい仕事だと思ったよ。
さっさと結論をだして終わらせようと」
そうか。だからあんな無茶ぶりをしたわけか。
「けれどどんな難問も、お前はこなしてしまった。
何人もの生徒を教えたが、お前が初めてだよ」
ストレートに褒められて、俺は背中がこそばゆくなる。
「今日は、やけに褒めますね」
「ああ」
そしてルペルタは――。
「だからこの剣をくれ」
「ヤダ」
「なぜ」
「なぜって!?」
「いいからくれよ。お前、持てないだろ、そもそも」
「そういうことじゃなく。流れがあったでしょう!」
「いいから」
「じゃなくて」
今、ちょっといい雰囲気だったじゃないですか!
ルペルタ先生は刀剣集めがお好き、というお話。