師匠と出会いと嫌な思い出
翌日、目覚めた俺はレノに起こされるとーー。
って嘘でしょ。なんでまた縛られてるの、俺。
「セクハラしないようにです」
レノのとなりで、メアリィが微笑んでいた。
「お兄様、紹介します。こちらがルペルタです」
メアリィが手で示した方向を追いかけると、そこには露出の少ない服に、要所だけを甲冑で守ったという、俗に言うビキニアーマー? 的な防具を身につけた美女が立っていた。
「貴族専用の家庭教師で、今日からお兄様の先生をお願いしました」
「家庭教師って。別に、俺は……」
「あら、知ってますよ。
お兄様がロクなことに魔法を使ってない……『使えない』という噂は、聞いています。
膨大な魔力があっても、魔法の概念すらないお兄様は、まだ魔術師として未熟なようです」
う……。
それは図星だった。
とっさの集中力で「解呪」を一度だけ使ったが、それ以外はからっきし。
そもそも魔法も魔法を使う、という概念も俺の中にまだ根付いていないのだ。
だから俺は、誰かがそれを教えてくれるというなら、ありがたくそれを利用させてもらおうと思った。
「どうも」
俺は手をあげて挨拶――しようとしたが、腕が拘束されて動かないので、諦める。
「どうもじゃねーだろ」
ルペルタは舌打ちすると、持っていた竹刀を俺めがけて……。
「痛いっ!」
いやいや、嘘でしょ。俺のすねめがけて、ノーモーション、ノーためらいで振り下ろしたこの人。
「何すんだよ!」
「てめえ、師匠相手に何て言葉使いだ。
……叩き直すならまず性根からか?
ふふ、楽しみだ。そそるぜ」
「ルペルタは、黒魔道士で、火属性が得意なのです。
ここから東に行った王国のほうでは「閃熱の魔術師」というあだ名でもって呼ばれています。お兄様と相性がいいのでは?」
メアリィの顔は涼しげである。
「出会い頭から頭も下げねえようなクズとなら、相性は最高だな」
「待ってくれメアリィ。そんなわけないでしょう。
俺痛いのとか嫌いなんだって。しかしも頭を下げないって言われても、俺縛られてるし身体が動かせないし」
メアリィは微笑んで、投げキッスをすると、手をふりながら部屋を出ていった。
部屋には、俺とルペルタだけが残される。
「……帰っていいですか」
「帰れるものなら」
まったくもってその通り。
全身を戒められている俺に、選択などないのだった。
「それじゃレッスンその1.
魔法の基本は『思うこと』。
試しにやってみろ」
「ええと、」
俺は右手に力を込め、
「ほどけろぉ」
……。
何も起こらない。
「貴様、舐めてるのか」
ルペルタはイライラして、竹刀を床にたたきつける。
舐めてるっていわれても。
そもそも魔法を使ったことが(数えるくらいしか)ないんだし。
もっと丁寧に教えてもらわないと。
そんな不満たらたらな俺の表情を見て取って。
ルペルタは溜息をつき、表情を和らげた。
「そうだったな。貴様は魔法の概念もない、クソ赤ん坊みたいな、ゴミクズだったな」
やっと分かってくれたのかと。
俺が安心したのもつかの間。
「そんな甘ちゃんには、ハードルが低かったらしい。
今から5秒後に、お前の上に火の球を落とす。戒めを解かなければ、お前は焼け死ぬ」
「おいおいおい!」
嘘だろ!
落ちよ。とルペルタがつぶやくと、俺の顔面に、とても大きな――俺の全身を軽々と包んでしまうほどの大きさだ。
死ぬ。
死んでしまう。
俺は右手に力を込め、未知なる自分の能力にすがるように。
神に祈るように。
「解呪!」
「ほう。ゴミはゴミなりに意地があったか」
俺の両腕……とは言わず、全身から、ブスブスと黒い煙があがっている。
俺は身体を縛り付けている縄だけを燃やし、そのあと走って逃げたのだ。
「こ、殺す気ですか!」
「そうしないと本気が出せない、お前が悪い」
「……そうですけど」
「だろ? この調子で、どんどん魔法を覚えていってもらう!
一日5個がノルマだな」
一日5回も死ぬ思いをしろと?
「それじゃあ、次のステップにうつろうか」
「早い早い。展開早い。休憩が必要です、師匠」
俺の講義などどこ吹く顔。ルペルタが指を鳴らすと――。
ぐるおおおおおおおおおおおお。
と、猛獣の叫び声とともに、空から緑色の竜? が現れる。
大きさ?
もうわかんねえよ。こんなでかい生き物みたことねえよ。
「お前は実戦で伸びるタイプみたいだからな。
呼んでおいたぞ。ワイバーン1匹」
「そんなさらっと言われても!」
まるで出前を取るみたいなノリだな。
「あと先に行っておくが。
さっきの魔法は私が手心を加える余地があったが。
こいつに知能はないからな。下手すると死ぬぞ。だから死ぬなよ」
「ちょっと! それがアドバイスだと思ってます!?」
ワイバーンが一度吼える。
それが何か魔法の合図になっているようで、ワイバーンの口元に、空気が圧縮され、その目標を俺へと定める。
やばい。
死ぬかも。
○
そしてなんやかんや。
俺はワイバーンを退治し。
精魂尽き果てて。
地面に突っ伏していた。
使えるようになった魔法は6つ。……これでノルマクリアだな。
「ほう」
パチパチパチと。
ルペルタがわざとらしく拍手などしてみせる。
「攻撃魔法は得意みたいだな」
「……得意ってか、やるしかないでしょう」
「しかも二匹倒すなんてな。想定外だ」
「最初に一匹って言ったじゃないですか!」
「ん? そうだったか」
このアマ……。
湧き上がる黒い感情をぶつけてやろうかと思うが。
そもそも疲労で、体が思うように動かない。
「まあ、そう腐るな。動けなくなるほど魔法が使えるなんて、立派なものだよ」
ルペルタはこちらへ近づき、俺の頭を撫でた。
これが飴か。わかりやすい。わかりやすすぎる。こんなんで懐柔されないぜ。
俺の心中知らず、ルペルタが俺の身体を持ち上げて、壁によりかからせてくれる。
お。
柔らかい感触が。
思っていたよりも大きい。それに、谷間も。
俺に視線に気づいたのか、ルペルタは慌てて胸元を隠した。
「こ、この変態!」
「いや、だって目の前にあったから」
「目をつむれ! できになら潰してやろうか!」
いやいや、それは勘弁。
「……失礼ですが、師匠って何歳ですか」
「21だ!」
うわ、俺より年下かよ。
とたん、俺は少し強気になる。
ふふふ。
弱点も少し見えたことだし。
俺には美貌という武器(?)がある! (客観的なデータがないため、真実は不明)。
「な、なんだその顔は」
「師匠って優しいですよね。意外と女らしいっていうか」
「ば、馬鹿にするな!」
「照れちゃって。俺そういうところ、結構好きですよ」
ぼ、とルペルタの顔面が真赤なゆでだこのようになる。
「す、好きだなんて軽々しく言うものじゃない!」
「えぇー、いいじゃないですかぁー。
師匠だって好きな人の一人くらい、居るでしょう」
「居ない!」
俺がヘラヘラと軽口をたたいていると。
ルペルタはペチン、と俺のほほを叩き、
「もう! 知らない!」
と、いずこへか去ってしまった。
……あ、忘れてた。
俺口以外ろくに動かないんだった。
助けを呼ぶにも、空はそろそろくれ始めていて。
……こんな時間に、ここを通りかかるメイドさんも居ないよな。
そして俺は、長いながーい溜息をついた。
いわば修行パート