recorrect 3
「ふむ、僥倖だったな。
あまりに純度の高い吸血鬼だったために、夕方の日差しでもダメージを受けた。
しかし、やはり人工的に作られた、半端な吸血鬼だったため、完全に『浄化』はされず、生き残ることができた」
師匠は、したり顔でそんなことをいう。
「でも、こんな姿ってかわいそうすぎます!」
レノは口をとがらせて、それに反論する。
「なに、形あるものいつかは壊れる。
こいつはそれが早かっただけさ」
「でもでも、こんなのってないです。
灰になったまま、瓶に詰められるなんて!」
……そう、俺は師匠の手元の透明な手のひらサイズの瓶に、収められていたのだった。
○
「まあまあ二人共、落ち着いて。
解決できる問題からいきましょう」
「……悪いのは私だが、その冷静な口調、なかなか腹立たしいな」
「そんなこと言ったらかわいそうです!
……気持ちはわかりますけど」
おいおい、そこは俺の味方になってくれよ。
「とにもかくにも、俺は復活せねばならない。
人の生き血を吸っても、誰かの身体を奪っても、だ」
「……吸血鬼だけに?」
「し! 失礼ですよ。本気かもしれないんだから」
そして二人は、ふるふると肩を震わせる。
「いい加減にしてくれ!
あんたらそうやって、……ええんか、俺が死んでも。
死んで恨んでやるからな。子孫代々化けて出てやる」
「……ふ、ふふふ、すまなかった。
そう拗ねるなよ。まあ、治す方法はある」
師匠は口元を押さえながら言う。
……あんた、ぜったいに本気で俺の心配をしてないだろ。
「私の弟子を覚えてるか?
名前はヴァネッタ。お前と同じく、炎属性が得意な女の子」
「……ああ、覚えてます。性格はくっそ悪いけど」
俺はかつての戦闘を、……炎が形を為し、あまつさえまるで「命がある」かのように自在に動かした少女。
「この世には「召喚魔法」はまだ定義されていないが。
ヴァネッタの扱う魔法は、それに一番近いと私は睨んでいる。
すなわち、「魔力(思い)」で肉体を作り、「魔力(意思)」でそれに命を宿す。
何が言いたいか、わかるか?」
俺はにやりと笑った。
……俺の口って、どこにあるんだろう。
まあいいや。
「ヴァネッタが俺の身体を作り、俺がそこに宿る。
そうすれば復活できる、というわけですね?」
「ご明察。
さて問題は、……ま、いくつかあるが、……些細なことだろう。人生案ずるよりなんとやらっていうしな。出たとこ勝負だ。最悪、お前自身の魔力で……藁人形ぐらいなら私にも扱えるし……」
「……後半にいくにつれ、どんどん自信を失っていくの、やめてください」
「おお、すまなかった」
「行くしかないんでしょう?
なら、行きましょう。迷ってる時間ももったいない。
どうしてもっていうなら、頭を地面にこすりつけても頼みますよ。
……俺の頭ってどこにあるんだろう」
「ぶっ」
「くっ」
師匠。あんたは表情は見えないけど肩が小刻みに震えてるのが丸見えだし。
レノ。お前は後ろをむいて表情を隠してるけど、笑いをこらえて耳まで赤くなってるのが見えてるぞ。
お前ら、もとに戻ったら見とけよ。
○
「では、いってらっしゃいませ」
俺はメイド服姿のレノに見送られーー。
「って、ついてきてくれないのか」
「だって、ここの『拠点』を見つかってはまずいですから。
それにルペルタさんは私の何百倍も強いから、十分ですよ」
それはそうかもしれないが。
「それにしたって、俺の面倒を見てくれる人が居ないと、ほら、不便だろ。
風呂に入るときとか」
「必要ないじゃないですか、灰、いや、……その汚れない身体をお持ちなのだし」
レノはこちらを一瞥して言った。
「そうだ。くどいぞ。あまりしつこいと、女に嫌われるぞ。
そんなに私とふたりっきりが嫌か? 仲良くしようぜ」
「嫌っていうか」
師匠が指をパチンと鳴らした。
すると、どこからともなくホウキが飛んできて。
……師匠の隣に鎮座した。
「せっかくだから修業だ。足りない分の魔力は、私が貸してやるから。
必死になって動かしてみろ」
「できなかったら?」
「うむ。幾千もの雷の中をつっきる予定だから、どれかに直撃して燃えかすになる。
ま、今と対して変わらないかはははは!」
嫌っていうか。
「この無茶ぶりが嫌なんです!」
俺は言って、「エアリアル」とかつての魔法を口にした。
○
「ぜーぜー、はーはー……」
「なんだ、やればできるじゃないか」
師匠は俺を見て、軽く言う。
「……やればできるのと、やりたいってのは違うんですよ」
「結果だけ見れば同じことだろ。
減らず口がたたけるってことはまだ余力があるんだな。
よし、分かった」
「……」
俺は無言で睨み(?)つけて、それ以上口論を続けたくないので、黙ることにする。
さて。
俺らがたどり着いたのは、白塗りの洋館。貴族が住む家、というのはみなどこも似たようなものなのだろうか。メアリィが居た家と似ているが……ところどころに、細かい差がある。
たとえばメアリィ家ほど、花壇が整備されてないこと。家の壁は漆塗りで、豪華、というよりは質実な感じを思わせること。その他、メイドよりも二本足で歩くトカゲが多いこと。
……。
「師匠。俺疲れてるんでしょうか。今、トカゲが歩いてるように見えたのですが」
「はは、正常だ。なんせここは唯一「使い魔」がメイドをやってる屋敷だからな」
「つまり、どういうことです」
「ほら、そのにごった目でよく見ろ。
屋敷の人間は、一人が一体の使い魔を作り出してーー、その使い魔に仕事をさせるわけだ。
仕事兼訓練だ。それでこの家のトップクラスが、ヴァネッタみたいに、自在に使い魔を戦闘で扱えるようになる。使用者の意思ではなく、自由意思を持たせることができるように」
目の前を歩くトカゲが、お盆からグラスを落とした。
……。
すると、反対側に居たメイドが、リーダーらしきメイドに肩を小突かれる。
ああ、なるほどな。誰がどの「使い魔」なのかは、彼らにとっては周知らしい。
「お姉さまああああああああああああ」
がっし、と何かの衝撃で、俺は師匠の身体ごとグラグラと揺れる。
満面に笑みを浮かべた少女。紅い魔法使いのヴァネッタだ。
「会いたかったです! ぜんぜん連絡してくれないんだから!
今度は何を教えてくれんですか? 国家の転覆の仕方? 世界の陰謀論?
それとも要人をばれずに殺る方法ですか?」
……どれ1つとして、ろくなもんじゃねえぞ。
俺の心中のつっこみはそれはそれとして。
師匠は小さく、咳払いをした。
「悪いな。悪事の片棒はまた今度だ。
今日は頼みがあってやってきた」
そして師匠は、胸元から瓶詰の俺を取り出した。
「なんです? これ。
なんだかひどくくたびれた色……それに、汚臭がします。ろくでもない人間がろくでもない死に方をして、さらにろくでもない人骨を燃やした遺灰とかではないのですか?
私はネクロマンサーではありません」
「まあ、そういうな。こいつは生きてるんだ」
「どーも」
「さらにきもい!」
ヴァネッタは悲鳴を上げた。
……。
そいて。
こめかみをおさえつつ、ヴァネッタは話の流れを理解してくれた。
「そう。ご師匠に事情があったのはわかりました。
その汚らわしい男にも。
任せて、といいたいところなのですけれど。少し問題があって……」
「問題?」
「ええ。というのも、実はこの家にいる魔法使い――私も含めて、魔法使いと呼ばれる者たちは出払っているのです。近くの里に、ゴルゴンの集団が現れた、という話があるので。
ゴルゴンは相手を石化させる能力を持ちます。いかに鍛え上げた騎士団と言えど、相性が悪く。直接相手と対峙せずとも戦えるうちに、おはちが回ってきたというわけで」
「ふむ。つまり、そっち優先になるわけか。
構わないさ。なんなら、力を貸してやろうか」
「お願いします! 師匠ほどの力の持ち主なら、……きっと一瞬で一そうできるはず!」
「俺も居るぜ」
ヴァネッタはこちらを一瞥して。
「せめてその減らず口がどこから出てくるのか、分かるような身体になってから、
言って欲しいものですわ」
とか言いやがった。
「イヅル、任せろ」
「おお! なんだかとうとつに見せ場が来ましたね」
師匠は肩から下げてるポシェットから何かを取り出すと――、うん、藁人形を取り出して――、俺が居る瓶にぐいぐい押し付けてくる。
「任せろ。人形遊びは得意だ」
そして、にっこり笑顔。
……。
わかってたよ?
そんなすんなり自分の身体に戻れないなんてさ。
五体がある分、今よりましかもしれない……。
俺は。
俺と師匠の力を借りて、藁人形に宿ることに成功した。
「あら、ずいぶんかわいらしくなったこと」
ヴァネッタは俺を持ち上げ、頭をなでてくれる。
……こいつも、意外と少女趣味があるのかもしれない。
と、心を許しかけた瞬間。
「痛い痛い痛い!」
俺の腕を無造作にひねりやがった!
「あら失礼。ずいぶん人を呪いやすそうな身体をしてるものだから」
「そりゃそうだろうよ! だけど実際に中に人が居るんだぜ。考えてくれよ……」
うう。
「それから、イヅル。先に言っておくことがある」
師匠の真剣な面持ちに、俺は胸がはりさけそうになる。
ろくなことを言ったためしがないから。
……。
「お前、火に近づくと燃えるぞ。気をつけろよ。
もちろん、お前自身も火の魔法を使うなよ」
おいおい。
師匠。ちょうド級の攻撃魔法使い。
ヴァネッタ。火属性特化の魔法使い。
んで、このオフェンシブ専攻のパーティーにおいて、消しクズにならないように気をつけろと?
師匠は、神妙な顔でうなずいてみせた。
……やれやれ。
先が思いやられるぜ、と俺は溜息をついた。