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夜に響く悲鳴2

 俺が一眠りしていると、鼻をくすぐるいつもの香り。……誰かの淹れた紅茶。

 カチャカチャと、食器がぶつかる音がする。

 俺が目を開けるとーー。


「わわわ!」


 ぱっちり二重と、薄茶色の光彩。眉は柔らかく、全体としてはかわいらしく整っている。

そんな顔が目の前にあった。少女は顔を真赤にして、飛びずさり、おぼんで顔を隠した。

「ディティール様、申し訳ありません。

 気持ちよく寝てらしたので、つい……」


 つい、寝顔を見てた、てのか。

「恥ずかしいところを。

 俺、よだれとか出てなかった?」

 クス、とレノは笑いを漏らす。

「ええ、とても可愛く寝てました」


 かわいく?

 かわいく寝るってのが、よくわからんが。

 赤ちゃんみたいってことだろうか。

 ……だとしても、あまり嬉しくはないが。


「メアリィ様から、言われてますので」

 レノは手馴れた動作で、カップにお茶を注いでいく。

「ありがとう。

 ……んで、どうしてそれを俺の口元に運ぶのかな?

 俺の手を解放してくれたら、自分でやるんだけど」

「戒めをほどくことは、私には許されていませんので」

「おいおい、嘘だろ。めっちゃカップ震えてるし」

 おいおいおいおい。

 これフリじゃねーか? 「絶対押すなよ」のパターンだろ。ふざけんなよ。

 俺はふざけるのは好きだが、痛いのは大嫌いなんだ。


「あ!」


 言わんこっちゃない。レノが手元を滑らせて、カップをずるりと滑らせた。……瞬間、視界がスローモーションになる。レノは左手で、こぼれ落ちるお茶から、俺をかばおうとしているようだった。瞬きするほどの時間は、俺にいくつかの選択肢をあたえる。

「『解除!』」

 俺がさけぶと、両腕の戒めは「燃えて」なくなり、俺はすばやく椅子から手をふりほどくと、すんでのところでカップを受け止める。

「ふうううう。

 間一髪だったな」

「……」

 レノは、驚いた顔で、こちらを見ていた。

「すごい」

「いや、必死だったよ?」

「さすがディティールさま!

 これで助けてもらったのは、2回目です!」

 俺の両手をつかみ、レノは笑顔を咲かせた。

「2回目?」

「そう!

 一度目は、私がこの館に連れられたときのこと。

 私は珍しい「空」属性の魔法が使えたから。人買いに高く売られ、見世物にされる予定でした。けれどちょうど通りがかったディティールさまが私を見つけ……奴隷商人をやっつけ、私を救いだしてくれたんです。

 それだけじゃない。こうして働く場所さえ与えてくれた。自分で食い扶持を得て、生活ができる。それってすばらしいことじゃないですか!」

 目をキラキラさせながら、レノは俺に話しかける。

 俺はあまりの勢いに、ただ頭をかくかくさせた。

「レノは使えるんだ、魔法が?」

「いいえ。属性だけは分かったんですけど。訓練をしてないから、からっきしです。

 それにご主人様に、魔法を使うことは禁じられてますので」



 うーん。

 あのおっさんか。

 メアリィと話していてもでてくるキーワードだな。

 なんとも言えない胡散臭さを感じるのは、俺が余所者だからだろうか?

 レノの立場からすれば、身寄りのない自分を受け入れてくれた善人、と見えるのだろうか。


「今度教えてよ。どんな魔法なのか。

 ……あとごめん、ちょっとこの体勢辛いから、カップを受け取って欲しい」

 俺は手をのばした状態でカップを掴んでいたから。

 きりきりと、腕が悲鳴をあげていたのだ。

「わわわ、すいません!」

 レノは俺の手から、奪うようにして食器を受け取った。



「……ふう。このお茶はいつのんでもおいしいな」

「ありがとうございます。すっごく高くて、挿れ方はメアリィ様に教わったんですよ」

「あいつって偉いのか?」

「偉いも何も。この家の次期当主と誉れ高いお方です」


 そうか。そりゃ肩肘はるし、寄りかかる支えも欲しくなるわな。


「親父は?」

「メークイン様ですか?

 そりゃまあご立派な方ですよ。

 名家とはいえ、歴史の中では脇役ともいえる白魔術のこの家を、五大貴族にまで台頭させたお方ですからね」

「ふうん」



 ほうほう。親父にあたるあのおっさんは、それなりの野心家なわけだ。

 俺は心のメモ帳に、そっと書き込む。


「どうして、そんなことをしたんだろう」

「そんなこと? 偉くなりたかったんじゃないですか?」


 まあ、そうだよな。いちメイドが知り得る情報ではない。

 俺は苦笑して、くしゃくしゃとレノの頭を撫でた。

「んじゃあついでに何だが。

 メアリィが言ってたんだけど、親父の部屋から変な音が聞こえるって。

 特に夜中。なんのことだかわかる?」


 すると俺の質問に、レノは耳まで真赤にした。


「……ぎです」

「え? ごめん、もう一回言って」

「ですから、……です」

 確信的な部分で言いよどむから、まったくもって要領を得ない。

「もう! わざとですか!」

「本当だってば。ぎ、は聞こえる」

「夜伽です! この館に住むメイドが、夜毎相手をしてるんです!」




 なん。


 だと?




 一瞬で俺の頭の中に、すさまじい速さでいろんな映像がかけめぐる。

 つまり、どういうことだ。

 つまり、こういうことか?

 すこし大人びたあのメイドさんも、色っぽいタレ目のあのメイドさんも、俺が水をかけてしまったグラマラスなあのメイドさんも。全てあのおっさんの相手をしてるってことか?


 許せない。

 許さない。


 そんな男の醜い感情が俺の胸の中をぐるぐると渦巻いていたが、そんなことは関係なしに、レノは続けた。


「だって、召し上げ……、この家から出る時には、それが一番手っ取り早いって女将さんがいうんです」

「それが普通なのか?」

「普通? うーん、わからないですけど。

 でもそれを望む人がいるっていうのは、事実です」


 ううむ。

 確かに俺がとやかくいう筋合いではない。

「……もしかして、レノも」

「やめてください!」

 レノは勢い余って、持っていたおぼんで俺を叩いた。


 目の前が真っ白になる。

 思わず子供の頃、木刀で殴られた記憶が蘇る。


「……ディティール様みたいな素敵な方なら、考えますけど」


 もごもごと、レノが何かを口ごもる。

 が、聞こえなかったので、

「ん? なんて?」

「知りません! もう!

 トイレに行くならいまですよ!

 またディティール様を縛らなきゃいけないんですから!」


 ……何か、地雷を踏んでしまったらしい。

 プリプリするレノを横目に、俺はトイレに駆け込んだ。




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