嵐が夢5
「ううううごめんなあざいいい」
後ろを歩くミーナが、ボロボロと涙をこぼしながら、謝罪の言葉を口にする。
「……気にすんな。ってか、まだ死んだと決まったわけじゃないし」
「ううう、それでもぉぉぉ、恩人にこんなことをしたなんて……」
「……いつか出て行かなきゃならなかった。それが今だっただけだ。
俺は部外者だった。……。だから、仕方ないんだよ」
俺の言葉の真意がつかめずに。ミーナはぽかんと口をあける。
「お前ら! なにを話してる!
会話は禁じたはずだぞ!」
「っと、すいません」
俺は頭をさげ、口を閉じて後ろについて歩く。
○
「ついたぞ」
……俺らが連れてこられたのは。
洞窟のようなところの入口だった。
「……殺さないのか?」
「ふ。キサマらには、実験体になってもらう。
我が魔装機兵のテストに付き合うのだ。
実験中死ぬかもしれないが……」
男は俺の手枷を解除し。
どん、と俺とミーナを乱暴に中に押した。
そしてがちゃり、と扉にロックをかける。
「なに、飯は食わせてやる。
必要なものは言え。最低限は支給しよう。もっとも、二度と日の目をみることはないだろうがな!」
ぴちゃん、と。
……。
天井のどこからか雨粒が落ちる音。
「私たち、死んじゃうんですかね」
「……分からないな」
「死にたくないですぅ」
「俺に言われても」
ためしに魔法を唱えてみるが。
……。
この密室では、風魔法は効果がないようだ。
「ディティさん、すんごい魔法を使えないんですか?
この建物ごと、こう、……、ばーーんん! って壊すような……」
「使えねえよ。俺が使えるのは、風の魔法をすこしだけ……」
ずきりと、頭が。
……。
本当に?
頭の中のモヤが――。
「ディティさん! 血が、出てます……」
ミーナは手馴れた動作で、俺の顔を拭ってくれる。
「俺は、俺は……」
「すいません。すこし言いすぎましたね。
ディティさんにだって、できないこと、ありますよね」
「いや、違う。
俺にだって。……できることが。
できたことが」
……。
……さま。
夢の中の白い人影は。
こちらに指を向けて。
……。
傷など一瞬でふさいでくれた。
今回も、頼むよ。
傷口がどこかはわからないけど、怪我をしたみたいなんだ。
俺が思って、顔を上げると。
……その先にいるのは、心配そうな顔をしたミーナだけ。
「どうしました?」
「いや、いい。
何か薬はないか?」
「……これを。うちの家系に伝わる、秘薬です」
俺はそれを口にする。
一瞬で体に溶けて。……内なる力が湧き出るような気がした。
……気のせいかもしれないが。
「さ、出てこいよ。鬼が出るか、蛇が出るか……」
ふしゅるるるっると。
その物体は、呼吸をした。
……。
顔面の血管は浮き出ており。
目はせわしなく動いている。
「レイ・ウィンド!」
俺の魔法はソイツを直撃する。
しかし、明確なダメージは与えられない!
くそっ。
火力不足だ。
ソイツの右手がこちらに向けられる。白い光が灯り、その手からなんらかの攻撃魔法が放たれる。
俺はよこに躱し、直撃をさける。
二度、三度。
俺とソイツは交錯する。
「ちっ」
ジリ貧だ。向こうに底はないだろうが、こっちには体力にも魔力にも、限りがある。
そしてわずかずつ。
むこうは成長し始めていた。
ぎこちない単発の魔法だったが、それもりゅうちょうな動きに変わっていく。
そして魔法の威力も、制御も上昇している。
俺は何度目かの攻撃を横に避ける……が。
「きゃっ!」
その攻撃は、俺ではなくミーナに向かっていた。
瞬間。
すべてがスローモーションになる。
やめろ。ドクン。
そいつに手を。ドクン。
力が。ドクン。
欲しい。ドクン。
ああ、なんだ。あるじゃないか。昔馴染んだ炎が(魔法)が。
「エグスプロージョン!」
俺の放った火炎は、男を一瞬にして包み――、一瞬後に爆発させる。その後には、死体さえ……灰さえ残さない。
「ひいいい、死ぬかと、死ぬかと思いました」
「悪かったな」
「そうですよぅ、火魔法を使えるなら、最初から教えてくださいよ」
「さっきまで忘れてたんだ」
俺は苦笑しながら、腰のぬけたミーナに手を差し出す。
……。
○
俺が使える魔法は、まだ「エグスプロージョン」だけだ。
早く逃げ出そう、と提案するミーナに、俺は首を横に振る。
「まだはやい。仮にあいつより強い敵が出てきたらどうする?」
「その時は、ディティさんの秘められたパワーで、ぶわーーーっと」
おいおい、よく無責任に人を信じられるな。
「……それでもいいが。
どちらにせよ、あの牢屋の鉄格子は、「魔法無効化」のスペルが施されてる。
よっぽどじゃない限り壊せないよ」
「ふええん」
「……奥に、進もう」
俺には1つ、アイディアがあった。
……ここは、おそらく「黒水晶」が眠るとされる鉱山の一角なのだろう。
帝国の奴らはここで人体改造を行っているはずだ。そしてすぐに俺みたいな手頃な敵を相手取り、「実験」と称して戦闘を行っているはずだった。
つまり。
ここには「黒水晶」が存在する。
「先に奪ってしまおう」
「なにをです?」
「黒水晶をだ。
そうすれば俺の戦闘能力も上がるはずだし。いざとなったら、交換条件にも使えるはずだ」
おそらく、黒水晶の正確な在り処など、誰も分かっていないだろう。ならばこれはピンチではなく、チャンスなのだ。両国を出し抜くための。
そう思い直し、俺とミーナは洞窟の奥へと進むことにする。……泣きそうな顔のミーナは、無視することにして。