嵐が夢4
○
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……。死ぬ。
死んじゃいます……。もう一生分走った……」
とかなんとか言うミーナを引き連れて。
俺はなんとか、ハナエの家にたどり着いた。
けれどさすがミーナはプロだ。患者の前では息一つ切らさない――、苦しそうな表情など一切せず、処置に集中している。
そして薬を調合し終えると。
「疲れたぁぁ」
と、テーブルの上につっぷした。
「お疲れ様。帰っていいぞ」
「え? ひどくないですか?
せっかくこっちの村にも来たんだから、もう少し商売していきますよ」
「俺の用事は終わったから」
「使い捨てですか」
「人聞きの悪い。リリースだよ。放流」
「責任とってくださいよ!」
「やめろ!」
誤解をまねくような言い草はよせ。
そんな俺らのやりとりを見て。
笑いながらミーナが、部屋に入ってくる。
「あら、仲がいいのね。
まるで昔からの知り合いみたい」
「だとしても、この縁もこれっきりだ。
こいつに付き合うと、こっちがやばい」
「そんなこと言わないでくださいよぉ。いっしょに……その、した仲じゃないですか。
えへへ、その……」
「だからその思わせぶりなのをやめろっての」
俺はミーナの頭にチョップする。
「くすっ。
ミーナさん、もう少しいったところに宿があります。
場所も言えば貸してくれるんじゃないかしら?」
「やったあ!
さっそく聞いてみます!」
ミーナはハナエの家を勢いよく出て行った。……荷物を置いたまま。
……。
あいつ、ここに泊まる気じゃないだろうな?
まさか、そこまで図々しくないよな。
一抹の不安を感じるが。
「ディティも、お帰りなさい。疲れたでしょう?
しばらく、ゆっくりしていいからね。食べ物も、いっぱいあるわけだし」
心なしか、ミーナの表情が明るい。
……と、玄関にかざってあった花がなくなっていることに気づいた。
「こっちはどう? 何か変わったことはあった?
むこうの村はピリピリしてたけど」
「……あなたが居ない間に、スリザがきたの。
ほんのすこしだったわ。けど、もうすぐ帰ってこれるって言ってた」
……その表情を見て。
すこし。
俺の胸が痛む。
そうだよな。
ここは俺の家ではない。
わかっていた、はずなのに。
……。
「そうか。よかったな!」
けど俺の思いを気取られぬよう。
つとめて明るい声で、俺は言った。
「今の任務が終わってからだって。
戦争が起こりそうだから。
無事に帰ってくるといいんだけど」
「帰ってくるさ。すこし、夜風に当たってくる」
「疲れてないの?」
「大丈夫さ」
言って、俺は。
……。
「ただいまああ!! オッケーでした!
そのついでといってはなんですが、ここに泊めてもらえませんかーって。
あれ、ディティさんどうしたんですか?」
アホヅラしたミーナとすれ違うが。
俺は無視して、家の外に出る。
俺の帰る家は、どこだろう?
……はは。
自分が誰かも、分からないのに。
帰る家を、探すのか。
……。
……。
○
「意外だな」
しばらくして。
俺はミーナの様子を見に、宿屋に訪れていた。
……。
そこは俺の予想に反して盛況のようだ。
人だかりができており、その中心でミーナが笑顔で接客している。
「はーい、なんでも作りますよ!
滋養強壮! 男性不信! 胃薬! 風邪薬! それに惚れ薬、媚薬なんてのも!」
……さらっと怪しいのを混ぜてないか?
まあ、人の商売にケチをつけるような真似はすまい。
村人も、それぞれが納得いく買い物をしてるようだし。……って。
ミーナは胸元ががっぱり開いたドレスを着ており。
並んでいる人を見れば、
おっさん、おっさん、おっさん。青年、おっさん、おっさん。である。おっさんホイホイかよ。
こりゃ薬じゃなく、ミーナ目当ての客ばかりじゃねえか。
「おいおい、アコギな商売してんな」
「あれ、ディティさん! ありがとうございます!
これで私、里に帰る旅費もできました……」
「……ほどほどにしとけよ」
こいつは。旅費もどこかで無くしたに違いない。けれど聞かない。聞くと深みにはまりそうだから。
「ミーナちゃん、おれは腹が痛くてさあ、朝から」
「まあ、大変」
ミーナがおっさんの腹をなでる。
「そんなときはこの金翁丸! 腹下しにも聞きますよ!」
「へへへ」
ま、いいか。
俺がとやかくいう立場ではない。
○
その日の夕方。
「ディティ、気をつけてね」
「なにを?」
「……帝国軍が、探してるみたい。
「魔法使い」を」
どくり、と。
心臓が脈打つ。
「国で管理してない魔法反応が出たって。
……そいつは異分子、すなわち敵国のスパイに違いない」
「俺は、違う!」
「わかってるわよ。危ない橋を渡ってミーナを連れてきたわけだし。
……けれど、帝国は違う。この切迫した情勢だからこそ」
疑わしきは、罰する。
「ま、うちに来ても私がおい返すけどね。
ディティ、いつまでもいていいのよ。あなたはうちの親戚ってことにするから!」
「ありがとう」
ハナエの明るい笑顔に。
俺はずきりと、心が痛む。
「そうだよ、命の恩人を無碍にできますか」
部屋の奥から、ハナエの母がやってきて、その意見に同意した。
「ふふ、ご飯にしましょうか」
そしてハナエが立ち上がり――。
どんどん。
……夜の来訪者は、ずいぶん乱暴なノックをする。
「……どちらです?」
ハナエは扉越しに訪ねた。
「我々は帝国の第3駐屯兵団のものである。
この家に不審な男が居ると聞いてきた」
「居ません。うちには年老いた母が一人しか」
「なら、扉を開けてもらおう!」
ハナエがこちらに目線を送る。「逃げろ」と。しかし俺が反応するよりも前に。
扉は乱暴に開かれ。
俺は甲冑をきた男と、かち合わせてしまう。
「……居るではないか」
「そ、その人は違います!
遠い親戚です! 何も関係ないわ!」
「それを決めるのはこっちだ。
静かにしてもらおうか」
男は腰から剣を抜き。
切っ先を俺に向けた。
「名前は?」
「ディティ、としか」
「出身地は」
「……」
「ふ……。おい、コイツに間違いないな?」
男は後ろから誰かを連れてくると、乱暴に前に押し出した。
その物体を見て、俺は溜息をつく。
「……ミーナ。なにやってんだ」
「ううう、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ」
「認識がある。間違いないみたいだな。
よし、連れて行け」
なにがなんやら分からないが。
どうやらミーナのせいで俺の居場所がバレたみたいだった。
……。
「待って! その人は悪い人じゃないわ!」
ハナエが、兵隊に食ってかかる。
「いい人よ! とても優しくて……。
どうして連れていくのよ!」
「言う必要はない」
「いかせないわ!」
ハナエが身近にあったモップを手に取る。
「なにが帝国よ! 勝手にきて、勝手に威張って。
どうして私たちに迷惑ばかりかけるの!? 」
ちっ、と甲冑の男が舌打ちをする。
「……女、それ以上侮辱するなら」
まずいな。ハナエは頭に血が上り言葉が止まらないし。男も激高して剣を振り回しそうだ。
「……レイ・ウィンド!」
俺の放った魔法が、室内に吹き荒れる。
「こいつらは関係ない。
俺が脅して、匿ってもらった。
こいつらの名前も知らないし、興味もない。
いいのか? 俺を連れて行かなくて。
俺にとっちゃあんたらも、……こいつらの命も。平等に価値なんてないんだぜ?」
「くっ。
連れていけ!」
俺の両手に、枷がはめられる。
……。
これは……。
俺の魔法を封じ込めているようだった。
そこはちょっと、予定外。
「ディティ……」
不安そうな顔のハナエと、目が合う。
俺は首を横に振った。
大丈夫、心配するな。
そして。
俺はもう、帰ってこないよ。
……どうやらここは、俺の居場所じゃないみたいだから。
……。
ありがとう。
「連れていけ!」
両脇を男たちに挟まれ、俺は強制的に歩かされる。
やれやれ。
どこに連れていかれるのか?
……。
ガチャガチャと鳴る甲冑と、俺の手元の枷が。
やたらに不安をかきたてるのだった……。




