夜に響く悲鳴1
いわば説明パートです。
「いいですか」
目の前に立つメアリイは、メガネをかけて、後ろで髪を束ねている。いつもと違う風貌に、思わず胸がどきっとする。
「い・い・で・す・か!」
そんな俺の心境を見透かしたかのように、じっと目を見据えられてしまった。俺は思わず目をそらす。
「ああ、問題ないよ」
「もう! せっかく、この世界について、何も知らないお兄様に、魔法のお話をしようと思ったのに」
そうなのだ。
俺はどうやら魔法使い? らしいが、そもそも魔法なんてゲームの世界でしか知らない俺に、メアリィは時間を割いて、付き合ってくれたのだ。
「この世の全ては五大元素から成り立ちます。すなわち地・風・火・水に空属性を含めて4つです。普通の人は大体、空以外4つの属性を生まれつき持ち、習得できる属性は生涯変わりません」
「はい、先生」
「どうぞお兄様」
ピシッ、とメアリィは持っていた指示棒を俺に向ける。
「本人の属性っていうのは、どうやってわかるんですか。
俺、魔法なんて使ったことないけど」
「あるんです、それが。
これを見てください」
メアリィは手元に持っていた手のひらサイズの無色の石ころ見せてくれた。
「得意属性を色で判断できる魔水晶です。
そうですね、魔法をご存知ないのであれば……、これを手のひらに握り、意識を集中するのです。そして一番激しい感情を持ったときのことを思い出してください」
「ふむふむ」
俺はその無色の石を受け取り。
一番激しい感情――、か。
俺が終わりのないプログラミングを書いていたときの気持ちを思い出す。
……いや、思い出したくもない。
胃液がせりあげてきて。めまいがして。けれど倒れるわけにもいかず、半ばキーボードにつっぷすようにして、カタカタと指を動かし続ける。その時の気持ちは――。
――滅びよ、世界!!!!!!
ガシャン、と。
俺の持っていた石が四散する。
「……、ありえない」
「ん? どした?」
「お兄様。こちらを使ってもらってもよろしいですか?」
そして。
俺は次々と渡される魔水晶を握り締め、その度ごとに「滅びよ世界!」と叫んだのだった。
「ありえない」
全ての検査を終えて、メアリィは顔を青くしていた。
ありえないとは、どういうことだろう。やはり別世界の俺だから、魔法適正がなかったのかもしれない。まあそれはそれで仕方ない。先日カッコつけてしまったが、別世界に来てもとりたてて取り柄のない俺である。別段、ショックもない。
「まあ、気を落とすなよ。これが俺だ。お前も変な期待をしないですんでよかったじゃないか」
聞けばメアリィの兄とやらは、魔法の才能にあふれた奴だったらしい。……だからこそ異端の道を歩みたがったのだろうが。
けれどメアリィは、顔をあげて、俺の予想とはまったく異なることを話始めた。
「逆です。ありえない。今のお兄様は、属性魔法全てを扱える。……物理的に、ありえないのです」
「ん?」
「火属性を持てば、石は発火します。水であれば、流体になり、流れ落ちる。
……お兄様は全ての変化をさせた。それも『魔法を使ったことがないのに、その概念を理解していた』。これがどれほど異端なことか……」
俺はじっくりと考えてみる。
しかし。
よくわからない。
「つってもさ、普通ってのをそもそも知らないわけだからさ」
「そうだ、黒水晶!」
メアリィは俺の首から下がっているペンダントを手にとった。
「これがお兄様の魔力を増大させているのです。そして、恐らく属性変化も。
であれば、この現象も説明がいく。お兄様が魔法の概念を理解していたことに、疑問は残るけれど、もし別世界から来たという話が本当なら、あるいは」
「質問ついでにもう一つ。
昨日あのおっさんも言ってた『黒水晶』ってのは何なんだ?」
俺の質問に、メアリィは表情を暗くした。
「黒魔道士の夢です。多数の生贄と引き換えに、自身の持つ魔力と属性を思うがままに変化させる。悪魔の道具。聖杯とも呼ばれます」
「それを俺が持ってると?」
「でなきゃ、説明がつきません!」
ふむ。
俺が属性魔法を使えるのは、チートな道具を持っているから、と。
それでも納得できないことはあったが。
俺はとりあえずメアリィの講義を続けて受けることにした。
「エグスプロージョン!」
俺の掛け声(詠唱魔法)と同時に、手のひらで生み出された熱(恐らく魔力)が、爆発したり、地面を隆起させたり、水になったり、風を吹かせたり。
おお、こりゃ楽しい。
そんなことを思って、呪文を連発していると。
「きゃっ」
と、通りがかったメイドに、俺のつくった水がかかってしまう。
季節は、元いた世界で言えば春ぐらい。太陽光は暖かく、そのメイドは白いブラウス姿で洗濯物を畳んでいた。俺のかかった水は、上半身を濡らしてしまっている。……メイドの作業着だからだろう、動きやすさと、経済性を考慮して薄くつくられており、濡れたことで体のラインをはっきりと際立たせていた。
……ふむ。なるほど。
「ウィンド!」
俺が指を鳴らすと、うちわで扇いだ程度の微風が、メイドに向かって吹いていった。
メイドのスカートをさらりと揺らし、微風は去っていく。
なるほど。
俺は納得し、次の算段を練っていると。
「おにいさま!」
肩をつかまれ振り返ると、鬼の形相をしたメアリィが立っていた。
そして俺はいすにしばりあげられ。
火以外の属性魔法を封印されてしまったとさ。
「白魔法は、治癒と浄化、それから封印ならお手の物」とメアリイは笑っていた。笑顔は般若だったが。
「もう、お兄様ったら。ろくなことに魔法を使わないんだから」
「……俺は自分の能力の限界を試してただけじゃないか」
「もっと他に方法があります! さきほどはただのセクハラです!」
「うぐ」
俺は完全に論破され、口ごもる。
「……なら、どうして火魔法は封印しなかったんだ?」
「火はセクハラに使えないと思ったからです」
メアリィはしれっと答える。
「本当にそう思うか? 俺のイマジネーション(妄想力)を舐めるなよ。
……容易い。お前の服だけを燃やすことなど」
「残念でした。火は攻撃性が高く、もっとも制御が難しい魔法。
さきほどの風魔法のようなコントロールはできません。
見たところ今のお兄様に、そこまでの制御はできないようですし」
俺は自分の限界を見抜かれていて、歯噛みする。
「それに、別に魔法なんかなくったって、お兄様になら」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもありません!
いいですか、晩ご飯までその体勢で反省しててください。
あとでレノにお飲み物だけ届けさせます」
いやいや、嘘でしょ。こんな縛られた格好で、あと何時間も?
20分と経っていないはずなのに、すでにやばいんだけど。主に縄の食い込みと、それから羞恥心が。
メアリィはドヤ顔だけを残して、その場を後にする。……俺がセクハラしたことを、根に持っているのか、あいつは。
「痛い!」
俺がほんのすこしだけ反省を仕掛けたとき、俺の頭に何かが降ってきた。
頭をふりながら、地面を探すと、それは真赤に熟れたリンゴのようだ。
……。
誰かの嫌がらせだろうか。
でもいい、めんどくさい。
ふあぁ。
結局昨日もあまり寝れなかったし。
すこし寝ることにした俺である。