大地に潜む竜の声5
「ディゾルブ(悪魔の鉤爪)」
俺が唱えると、俺の右手に炎がまとわりつき――、一瞬後にはそれは濃縮され、一振りの剣の形を為した。
俺は軽くふるって、その重さ、長さを確かめる。
重さは気になるほどではない。ま、そりゃ自分で作ったんだからそうなるよな。
ただし長さは俺の腕ほどの長さしかない。……正直、それが適正かどうかも分からない。そもそも「格闘には才能がない」と言われた俺だから、白兵戦になったら逃げるしかないだろうが。
「……どうして剣なんか作るんです?
いつもみたいに、燃やしつくせばいいじゃないですか」
「お前んちを消滅させていいならな」
そう。
ここがいくら世界樹の中、いくら広大といっても。
俺が本気で魔法を使えば、どこかに引火してしまうし。
すると中の酸素も危ういし、火は上にのぼっていくから、ミザたちの家も危ないということである。
……そんな風に気を使ってる俺は偉いのに。
ミザのやつはアホ顔でぽかんとしてやがる。
「すごぉい。いろいろ考えてるんですね」
「そりゃな。最終的には、燃やし尽くすかもしれんが」
「うちにまだ、思い出のぬいぐるみがあるんです」
「だから何」
「燃やさないで欲しいなって」
「最終的にだよ?」
「……それでも、燃やさないでください」
めんどくせえ。
俺は頭をかきながら、うなずいて答える。
俺とミザは、たいまつで足もとを照らしながら。
ゆっくりと、世界樹の地下へ下っていった。
木のてっぺんから、魔法で地上部にまで降りて。……地上部から最下層を目指してくだっていく、という寸法だ。
「それにしても」
前をあるくミザが、口を開いた。
「イヅルさんは、やさしいですよね」
「はあ? どこが」
いい人、と言われるのが一番嫌いな俺である。
「だって、ふつう他人のために命をかけようなんて、思いませんよ。
生きるか死ぬかもわからないし」
「なんだよそれ。俺が死ぬのが前提?
勝って笑って帰ろうぜ」
「それに、封印だって」
「ふういん?」
昔、メアリィにかけられた封印がなんだって?
と、話が気になる途中だったが。
モンスターはそんなこと待ってくれない。
きしゃああああああああああああああ。
と、奇声をあげ、現れたのは巨大な……。
「アリ」
「よくご存じですね!
彼らはシロアリ族です!
世界樹の魔力を吸って大きくなったシロアリで、腕力は人並み以上、魔力も十二分に持ち合わせています!」
「おいおい、聞いてねーぞ」
「そして何より、数が多いです!」
ぞろぞろぞろ!
と、俺らはあっという間に囲まれてしまう。
……。
俺は無性に。
能天気ににこにこしてるミザの頭をどつきたくなる。
「ぜえぜえ、はあ、はあ、……」
「すっごーいです!」
うるせえ。
それを言葉にする気力もなくて、俺はその場に座り込む。
最初はまじめに近接戦をやってみたりもしたが。
……最終的には剣は投てき武器に変わり、ブーメラン代わりにして戦っていた……。
にしても、数が多すぎる。
「……これ、ずっと続くの?」
「続きます!」
「続きますじゃねえよ、何か策を考えろ。
これじゃ魔力も体力も尽きるぜ」
「分かりました!
今使ってる道は太くて大きい一般道。
裏道があります。そこは確か、女王アリにローヤルゼリー(特別栄養食)を運ぶ、最深部への最短ルートのはずです」
「ならそっちに向かおう。
このままじゃかなわん」
さて。
俺らは歩く方向を変える。
「……」
「……」
俺とミザは顔を合わせて。
息をひそめる。
……。
だってめっちゃ強そうな奴が、扉の前に立ってるんだもん。
顔には骸骨のマスクをかぶっており、4本ある手には、刃紋がきれいな黒塗りの刃。その立ち姿は静かだが、全身から立ち上る「殺気」が、周囲の景色さえゆがめてみせている。
そりゃそうだよな。
「最短」で、「女王アリのもとへ向かう」のが本当だとしたら。
誰がきてもいいように、自軍の最強の兵士を配置するよな。
……ここに居るのが、こいつ一匹だけだとしたら。
つまり、こいつは、全兵力に匹敵する実力があるってことか。
「……逃げよう」
「逃げないでください!」
俺の首根っこを、ミザががっしりと捕まえる。
「勝てないだろ、あれ。
レベルが2桁ぐらい違うぞ」
「そ、そういう問題じゃありません」
「んじゃお前勝てるのか」
「勝てないけど……。
でもイヅルさんなら」
「俺だって無理だよ」
「がんばれば勝てます!」
「そんな無責任で無根拠なことを俺にさせようってのか!
お前が先にがんばれよ!」
「イヤです。死んじゃいますもん」
「俺だって――」
とかなんとかしてるうちに。
そうだよね、すっかり忘れてたけど、いつの間にか俺らのすぐ傍らに、そのシロアリは立っていた。
「障害物ハ、ハ、排除スル」
そして目にも止まらぬ速さで、剣を――。
「エグスプロージョン!」
俺の放った魔法が、アリの頭に直撃。
体一面を炎が覆いつくす。
……この不意打ちで、ダメージを負ってくれればいいが。
「『魔法』の使用を確認。「ハードモード」に移行スる」
やはりアリにはノーダメージで。
アリが左手をふると、剣は形を変えて盾を為す。
「ディストリビュート!」
俺の作った炎の斧が、まっすぐにアリへ振り下ろされる――が。
アリは盾でそれを難なくいなす!
「くそっ!」
魔法無効化する盾など、聞いていない。
「エグスプロージョン(連)!」
俺は魔法を連打しながら、アリと距離を取る。
有効打はないが、むこうは近距離でしか攻撃できないはず。
遠距離でのやりあいなら、こちらに分があるはず!
「ヘル・ゲート!(螺生門)」
俺が作り出した分厚い炎の壁が、俺とアリを隔てている。
アリが近づいてこないのを見て、俺は少し深呼吸。
……うしろをふりむくと。
現状を受け入れられないミザが、ぼんやりとした顔で座り込んでいた。
「おい! ぼさっとしてると、死ぬぞ!」
アリが右手の剣を振りかぶり。
おいおい、まさか。
振り下ろした。
音はない。
その「予感」だけで、俺はミザを押し倒し、「攻撃」をかわす。
すっぱりと。
俺の居た場所の地面がえぐれていた。
風圧? 気合? それとも別の何か。
原理など不明。けれど確実に、遠距離からでも攻撃する術を、このアリは持っている!
こちらの攻撃は無効化。
あっちの攻撃はガード不能。
おいおい、どうやって勝つんだこんなの。
「イヅルさん、血が!」
どうやら怪我をしていたらしい。
俺の左手をみて、ミザが青ざめる。
「こんなのお前がいつものように――」
治してくれ、と言いかけて。
目の前に居るのがメアリィでないことに気づく。
……。
……ち。
なんて、女々しい。
「静かにしてろ! ハードガード!」
俺の魔法が左手を包み、「ジュッ」と一瞬の痛みののち、止血が終わる。
くそっ、こんなの魔法でもなんでもない。ただ傷口を焼いただけだ。
「ミザ、なんでもいい。
お前があいつの気をひいてくれ!」
俺は頭の中で対抗策を練りながら。
ミザに指示を出す。
「レイ・ウィンド!」
ミザの放った魔法は、からからとそよ風を吹かせて――。
……たしかに、ちょっとアリが気をそがれたけど。
「そうじゃない! スキを作れといったんだ」
「で、できません!」
「知るか! やんなきゃ俺らが死ぬだけだ!」
俺らは互いにののしりながら。
「ええい、レイウィンド!
ウィンド! トルネド!」
おお。
最後にミザが放った竜巻がシロアリを襲い、全身をずたずたに――はできないまでも、確実にその歩を止めていた。
まだだ。
もう、少し。
俺はタイミングを見計らって――。
アリが耐え切れずに、左手の盾を「魔法消し」に使用した瞬間を見計らい。
「ディアボロス(悪魔の右目)!」
俺の右手から放たれた炎の光線は、シロアリの頭を貫いた。
俺が作った、最短にして、最速の攻撃魔法である。
アリは。
ぎしゃああああああああ。
と悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちた。
「やったああ!!」
俺とミザは手を取り合って喜び。
「……なんでさっさと、今の魔法使わなかったんですか」
「うるせー、お前だって、最初から「トルネド」を使えばよかっただろ」
「ふん、根性なしのイヅルさんに言われたくないです」
「どっちが」
相変わらず罵り合っていた。
「さ、行きますよ!
イヅルさんったらいつまでも負けを認めないんだからーー」
ったく、それはこっちのセリフだぜ。
と、その時。
ごるるるるるるるるるるるるるる。
と。
地響きのような、声とも、ただの振動とも思えぬ音が鳴り響いた。
「……いびきか?」
「お腹の虫じゃないですか」
と、噛み合わない会話をする俺たち。
だって、こんなでかい音を出す「竜」とこれから対決しにいくなんて、思いたくないから。
「イヅルさん、先行ってくださいよ」
「お前いけよ」
「レディを先に行かせないでくださいよ」
「お前、レディーファーストってのはな」
「いいから、早く」
「やだよ」
「私もイヤ」
おいおいミザ、足が震えてるぜ。
……俺もだけど。