大地に潜む竜の声3
ミザは有翼族の一人で、「幸運の一枚羽」を受け継ぐ家系らしい。……そのため、外部の人間たちから狙われやすく、今回も一人逃げ延びた先で、油断していたところを捕まったらしい。
「私を、一族のところへ返して欲しいのです」
「一人でいけば」
「そうですね。一人でも帰れます。けど、イヅルさんが居れば、もっと楽しい旅になるんです」
「それはいい。そしたら、俺に何かくれるのか」
「言うと思ってました。
私の背中に生える、幸運の一枚ばねを差し上げます。
どんな効果かって?
そうですね、運がよくなります。
きっとイヅルさんが思ってる世界の……真逆になりますよ」
まあ、いいさ。
一人で居ても暇なんだ。
あいつらと仕事をするよりは、勝手がききやすい。
だから俺は、ミザと行動をともにすることにした。
「……ずるい……」
俺は息絶え絶えになりながら、ミザを睨め上げる。
「何がです?」
「そうやってずっと浮いていられるの」
俺はミザの背中を指差してみせる。
ミザたちは「風」の属性の恩恵を受けている。小さな翼が背中に生えてるが、それに直接的な浮力はなく――風魔法を自在に操ることで、空を飛ぶことができるとか。
「……だってしょうないじゃないですか。
魚に泳ぐなって言えます? 」
「むむ。そうかもしれんが」
「それに悔しいなら、イヅルも飛べばいいじゃない」
「できるかよ」
俺の魔法は、メアリィに封印されたままなんだ。
……懐かしい顔を思い出して。
俺の胸がずきりと痛む。
「それに、自分が飛ぶっていうイメージを持てない。
お前らは、飛べたんだろ?」
「そうですね。生まれたばかりの鳥人族は、生後3年までは体より翼のほうが大きいんです。
大体は、その時期に飛ぶことを覚えますね。思春期が終わるあたりに、魔力が成長して、かわりに翼が退化していくんだけれど」
ま、いいさ。
別に急ぐ旅でもない。
「んで、なんで一人で帰れないんだ」
「聞いてくださいよ!」
そしてミザは。
長々と自分の過去を語りだした。
ので割愛。
「……というわけで、って聞いてます?」
そのまま半日も話し続けるとは思わなかったぜ。
相槌も疲れた。
「……んで、危険な魔物が居るから帰れないってんだろ」
「そう! 私だけじゃ倒せない!」
「飛んで戻れば」
「……それは、思ったことなかったなぁ」
なんだよ、できんじゃん。
言いように俺を使いやがってと。
「あ、でもでも。そしたらイヅルといっしょに行けないから」
「いいよ別に。俺はそこに興味ないし」
「ほ、本当! うちの家系は美形が多いよ!」
いってミザは胸をはる。
「だってだって、私がさらわれたのだって、それが理由だもん。
イヅルだって可愛い子、好きでしょ?」
「うーむ」
確かに。
客観的に見て、その容姿が整ってると、言えなくもない。
だが褒めると調子に乗りそうだが、言わないでおく。
「ね? どうせ暇なんだし、いいじゃない。
私もイヅルといっしょに居たいしさ」
「しゃーねえな」
といって。
相変わらずおしに弱い俺である。
「おいおい、マジかよ」
俺はその空高く――雲をつきぬけて頭上に伸びている木を、見上げていた。
ロジロックの森というらしい。世界樹から栄養を得て、ふつうありえない大きさまで成長し、空高く伸びていく。魔物も存在しなければ、人間にもたどり着けない。だから、鳥人族にとっては楽園のような場所だと。
「人間にだってさらわれたことがある。
……あ、別にイヅルさんを差別するわけじゃないよ。
でも、外敵は少ないほうがいいから」
そういって、説明してみせた。
「……俺のぼれるかな、これ」
「大丈夫。木の中は空洞になってて、時間をかければ誰でも登れるようになってるから」
そういう意味じゃなく――。
上まで昇りきる気力があるのか、ということだったのだが。
「この前、よぼよぼのおじいさんが来て、修行がてらのぼってたけど。
大丈夫そうだったよ」
「ちなみに、どのくらい時間がかかるんだ?」
「その人は一週間くらいかなぁー」
おい。
一週間ものぼりっぱなしかよ。
と、いうわけで。
俺はミザの肩に手をかけていた。
「……本当にやるんですか?」
「コントロールと火力は任せろ」
「私はいいけど、……不安だなぁ」
いっこうに表情の晴れないミザを無視して、俺はイメージする。
俺はロケットだ。
ミザが浮力を操る。俺は真下の方向に向けて、小規模な爆発を起こす。……するとどうだ、ロケットエンジンとなって、ぐんぐん真上に飛べるではないか!
……自分の才能が、こわい。
「それじゃ、行きますよー」
ミザの体が宙に浮かぶ。それに釣られて、俺も体が引っ張られていく。
「おお、すごいすごい! このまま行けるんじゃないか!」
「ぜーぜー、はぁはぁ、あの、すっごいしんどいです」
会話をすると、すこし上下にぶれたので。
俺は改めて。
「エグスプロージョン(小)!」
試しに撃った魔法は、俺の足元で爆発して。
その爆風が俺らの体を持ち上げる!
「できた! いけるぞ!」
「ぜーぜー、あの、……、こっちは、死にそうです」
「任せとけ」
俺はあの時と、同じように。
魔法が連続的に繰り返されるように、イメージして。
「エグスプロージョン!!」
ぐんぐんと、頭上に加速していく。
地面から見えていた木の葉を越え、邪魔な枝を、ミザが器用に避けていく。
葉っぱの切れ間から光が見えてーー。
気が付けば雲の上に出ている。
「おおい、まだ着かないのか?」
「まだですよぅ。すこし、建物が見えてきたでしょう?」
とおーーーくのほうに、紅い屋根が見えた気がした。
「……けど、たどり着く前に、死んじゃいそうです」
「おいやめろ! お前が死んだら、俺も死ぬじゃないか」
「ふへへ、体が軽くなってきた」
ミザが、とても嫁入り前とは思えないやばい顔をしている。
周囲を見渡し。
まわりに何もないことを確認。
ここなら、誰に構うことなく、全力で魔法を使える。
「エグスプロージョン!(超)」
俺は魔法の威力を切り替えてーー。
さらに速度を上げることにした。
すごいすごい、どんどん加速していく。
体が風に溶けていくようだ。
息がくるしい。
はは。
くる
く。