大地に潜む竜の声2
ミヤコさんが暮らしていた村は、ヒノコ村というらしい。
館を出て、一週間ほど歩いて。
ようやくたどり着いた。
村の前には、牛を放し飼いにするスペースがあって、村人たちがそれを眺めている。
元気に走り回る一匹の黒い犬。
のどかだな、と俺は安堵する。
「さ、ディティール様。行きましょう。
住所は私、手紙をみたから知ってるんです」
「……悪いけど、ディティールって呼ぶのやめてくれないか?
それから、様づけも」
するとレノは、少し考える仕草をしたあと。
「わかりました。えっとじゃあ、ディティとお呼びしますね。
ディティ、行きましょう!」
俺はレノの後について、村へと入っていった。
そこは、2軒の家が連なった建物だった。……とはいっても、半分の家屋は老朽化が激しく、つぶれかかっている。
レノが新しい建物のほうに近づき、声をかけた。
「なんだぁー、知らない顔だな」
中から出てきた少年は――、俺たちを上から下までジロリとにらみ、そう言った。
「この村には珍しいもんなんてないぜ。
用がないなら、さっさと出ていってくれ」
「用ならあります。
この家に、ミヤコさんというお子さんが居たはずです。
……私は仕事先の同僚で。連絡がつかないから、会いに来たんです」
「そんな奴居ないぜ。
ほら、これで用はなくなっただろ。
さっさと帰ってくれ」
そして俺らは。
追い出されるようにして家を出た。
「……おかしいなあ。
住所を間違えるはず、ないのに……」
レノは持参したメモをみながら、一人つぶやいていた。
「嘘ついてたんじゃないか。
来てほしくないから」
「……、ミヤコは嘘なんてつきません」
「どうだか」
「ちょっと!」
バン、とレノはテーブルをたたく。
「ディティ、少しおかしいですよ。
イライラする気持ちも分かります。
……けれど、あなたはそんな人じゃないでしょう?」
ち。
俺の何が分かるって?
ほんの少し、一緒に暮らしただけで。
俺の心の声は、表情となって表れていたようで。
レノは俺の顔をみて、さっと表情をかげらせた。
「ごめんなさい。言いすぎました」
「……いい。
で、次はどうする?」
そうだ。
俺はこんなことさっさと終わらせたいのだ。
終わらせて、早く次に行きたい。
……次ってなんだ?
とにかく、ここには居たくないんだ。
こいつらとは、かかわりたくない。
がしゃあん、と酒場の扉を、誰かが豪快にあける。……まだ昼間だというのに、酔っているらしい。マスターは胡乱気な表情で、客をにらんだ。
「おい、酔っぱらって酒場にくるやつがあるか?」
「馬鹿やろう。他に酔っ払いを受け入れてくれる店なんか、あるめえよ」
そういって男は、カウンターに座って、酒をあおる。
「……、サコイ。娘のことで、つらいのは分かる。
だが、娘のためにも、あんたは長生きしなきゃならんはずだ」
「長生き?
あの子の代わりに?
なら、俺が行くさ。俺が代わりに『いけにえ』になる!
なあ!」
そういってサコイと呼ばれた男は、マスターの襟元を掴んだ。
「なあ、教えてくれよ。あの子はまだ16だぜ。
なんで死ななきゃならない。
なんで俺のほうが、長生きしなきゃならないんだ――」
男の嗚咽が、店内に響く。
「ねえ」
「ん?」
レノはこちらに視線を向けていた。
「助けて、あげましょうよ」
「なぜ」
「なんでって……。かわいそうじゃないですか」
「確かにな。
だけど、俺らには関係ない」
「そうですけど……」
「こっちも慈善事業じゃないんだぜ」
そういって。
俺は踵を返す。
「……、様……。
ディティールさま!」
その、悲痛な声に呼び止められて。
俺は足をとめた。
「どうして助けてあげないんですか?
かわいそうじゃないですか。
助けてあげるだけの力があるのに。
目の前で困ってる人が居るのに。
どうして……」
どうして。
どうして?
どうもこうもないぜ。
困ってれば。
「困った顔をすれば。
涙を流せば。
憐憫をもよおした誰かが助けてくれると思ったら、大間違いだ」
世界はそんな風にはできていない。
……、だって俺は、行くあてなくこうして居るじゃないか。
俺はそして。
泣きそうな顔をしたレノを一瞥すると。
……酒場を後にした。
数日、俺はその村に滞在した。
いくばくかの金はあったから、俺は昼間から酒を飲み。
そこで知り合った連中に聞いて、賭場に出入りしていた。
「おいおい、兄ちゃん、昼間からばくちかい?」
俺に話しかけてきたのは、禿げあがった赤ら顔の男。何度か顔を合わせ、すでに顔も知りである。名前はミゲル。こいつも、すでに酔っぱらっているようだった。
「よくもまぁ、若いのに金があるな」
「辞める時にまとまった金をもらったんだ」
「そーかい? 詳しくは聞かねえが。
ま、ここの賭場は今からが華場だ。
いつものショーが始まるぜ」
言って男は、手元のグラスを空にした。
店内の照明がしぼられ、酒場の小上がりに、露出の多い服をきた女が現れる。
女は店内を見回し、一礼。そして、口を開き「ショー」の説明を始めた。
「人の道を踏み外さぬ、紳士諸君。ごきげんよう。
この場はいわば「大人の」賭場でございます。
賭けるのは簡単。あなたの人生。
得るものも簡単。誰かの人生でございます。
それでは紹介します。エントリーナンバー1。
鳥人族、ルミナ」
そして一人の少女が。
カゴ、檻の中に閉じ込められていた。
ちっ。
くだらねえ。
「……ただの人身売買だろ?」
「いーや、違うね。あいつは人間じゃない。
ただの「景品」さ」
同じことだ。
命を弄んで。
下卑た快感を得る。
ほかに娯楽がないこの村じゃ。
贅沢な趣味なのかもしれないが。
反吐が、出る。
「それでは、挑戦したいというお方!
手をあげてアピールをしてくださいませ」
その声につられて、店内から自己主張をする声があちこちから聞こえ始める。
アナウンスをしていた女は、その手を数え、誰を選ぼうかと見回している。……金持ちを探しているのだろうか。
俺は群衆をかき分け……、ステージの裏手の階段を上る。店内は薄暗かったから、誰も俺が居ることに気づいてないようだった。
俺は檻に近づき。
「『解呪』」
と、魔法をとなえた。
すると人の身長ほどある檻は、まるでねずみ花火みたいに、俺の魔法で縮こまり、小さくなって崩れ落ちていく……。
その時になって初めて、アナウンサーの女が、こちらを振り返る。
「な、なにをしてるの、あなたは!」
「うるさい。趣味が悪いから、邪魔しただけだ」
「私を、誰だか知ってるの!?」
知らねえよ。
俺は指を鳴らした。
痛めつけてくれるなら、ちょうどいい。
俺もむしゃくしゃしてたんだ。
店の中には、俺と、相手をした女。女が連れてきた護衛が数名。
それから、鳥人族の少女が一匹だけ。
その少女は、こっちを見て、身体をふるわせていた。
「悪い、怖がらせたな」
「……あなた、悪い人?」
「まあいい人では、ないさ」
俺は苦笑しながら、答える。
気に入らないからぶっとばした。
感情のままに。
……。
話し合えば。
穏便にことを構えれば。
傷つく人は居なかったかもしれないが。
「でも、私を助けてくれた」
「助けたつもりはない。
気に入らないから、ぶっこわしただけだ。
……責任も取らない。お前がどこに逃げようか、勝手にしろ。
俺は守りも助けもしない」
「優しい人なのね」
「優しい。俺が?」
「そして、とても深く傷ついている」
「……」
「私、あなたについていく。
名前はミザ。よろしくね。
きっと私が、役に立つときが来るから」
そういってミザは。
俺にウインクをしてみせた。