大地に潜む竜の声
あれからしばらく。
俺とメアリィは、顔を合わせていない。
俺は黙々と日課を続け。
館には平和が訪れたように思えていた。
○
ランニングを終え、部屋で水やりをしていると。
……いつものように、部屋にメアリィがやってきた。
「……お兄様、すこしだけ、お話させてください」
そしておずおずと。
部屋の中に入ってくる。
「お兄様。私ははじめ、やっと帰ってきてくれたのだと思いました。
けれど記憶がない。それは錯乱していたからだと。
一緒に過ごせば。
時が経てば。
……。
けれど違うのですね。
まったく同じ顔をした、似ても似つかない別人。
お兄様。
ならあなたは、誰なのです?」
「……」
俺は答えるすべを持たない。
なぜなら、俺は偽物(異端者)だから。
○
「ディティールさま!」
俺が部屋で片付けをしていると。
どこから聞きつけたのか、レノが駆け付けてきた。
「どこへ行くんです!」
「俺? 帰るよ。
前も言ったろ。本当は、違う世界からきたんだ。
帰るあてができた。急で悪いな」
そんなアテなど。
ないのだけど。
「ま、待ってください。
逃げるんですか? まだ何も解決してな――」
「逃げる?
冗談だろ。
ここは俺の居場所じゃなかった。
ただそれだけだろ」
そう。
ただそれだけだ。
みんな優しいから。
大事にしてくれるから。
……それに甘えて、長く居てしまった。
もう、行かねばならないのだ。
どこへ?
……帰るべき場所へ。
それは、いったいどこだ。
分からない。
……分からないから、探すしかない。
探すために。
出かけなきゃ。
「……わかりました、引き留めることはしません。
なら、一つだけ教えてください。
ディティール様。どうしてそんなに、つらそうな顔をしているのですか?」
そんなの分かってるだろ?
「もう、何も強いたりしません。
出かけるついでに、私につきあってください。
ミヤコが――、帰省から帰ってこないのです。
ね? どうせ家を出るのです。一生に1つの、恩返しだと思って――」
そうだ。
これで最後にしよう。
好意に対して、何もできなかった俺の。
最初で最後の恩返し。
そして俺は。
レノと二人で旅に出ることにした。
……。
これで一区切り。次回から違う話題になります