さらわれのおひめ……さま?
記憶の魔法を携えて――。
俺とメアリィは、急いで帰路についていた。
「ねえお兄様。老師が言っていた、『続き』ってなんですか?」
「……お前は気にしなくていい」
先まで想像ができないなら、必要のないことだ。
「ということは、お兄様はご存知なのですね!
いったいどういうことなのでしょう」
「忘れろ」
「忘れられません! お兄様とお茶をしたあとに、その『続き』とやらが必要になるかも。
たぶんそんな気がします。すごく!」
こいつ、分かってて俺をからかってるんじゃなかろうか?
とまあ、そんなことは置いておいて。
俺らは道中、一泊の野宿を強いられた。
なんでも、雨の影響でがけ崩れが起きたらしい。すでに日は暮れているし、今から近くの村に戻るのも時間がかかる。
というわけで。
俺たちは、そのあたりの木陰にテントらしきものを用意して、キャンプらしき器具を使って野宿の準備をしていた。
……メアリィはそういった道具を一式そろえてきていた。前にもこんなことがあったが、用意周到だよな。
「お兄様は、野宿なさらなかったんですか。
その、世界中を旅していた時に」
あるわけがなかった。
俺は一般人だ。
メアリィが手早く寝る場所を整えると、石を使って、枯れ木に火を興した。
「さ、これで準備は万端です。
今日は2人居るから、交代で火の番をするのです」
「そして夜が明けたら、村まで戻るか。
長い一夜になりそうだな……」
俺は火の中に、木を放り投げた。
パチン、パチンと。
火がはじける。
俺とメアリィは、身を寄せ合って寒さをしのいでいた。
どくんと。
ひじのあたりに、メアリィの身体の柔らかい感触があたる。
俺が振り向くと。
……。
メアリィはすでに寝ている。
ま、疲れてたんだよな。
そして寝言で、
「お兄様……もう、居なくならないで」
とつぶやいた。
その寝顔はとても……。
あああああああああああ。
抱きしめたい抱きしめたい抱きしめたい。
ぎゅっとした。
ためしに、ちょっとだけなら。ばれないようにやさしくなら。許されるんじゃないか?起きても「ごめん、てへっ」っていえば許してくれるんじゃないか!
できない。できない。できない。
もしそんなことをしたら。それがばれたら。
でもこの……。
くそおおおおおおお。
「ふあああ、お兄様。おはようございます」
「おはよう。よく眠れたか?」
「はい……って、ずっと寝てしまいましたか?
交代で火の番をするはずだったのに」
「気にするな」
どっちにしろ、寝れなかっただろうしな。
「……怒ってます?」
「怒ってない」
「あの、目の下にクマが」
「光の加減だ」
「わ、手が血だらけですよ!」
名誉の負傷と言っていただきたい。
本能を抑えるために、俺は自分と戦ったのだ。
俺は勝ったのだ。ただし手は怪我した。
○
そして、結局俺たちは。
がけ崩れの現場まで行ってみることにした。
日が昇れば以外と近いことに気づいたからだ。
うねうね曲がりくねった道を上り。
開けた場所につくと、人だかりができていた。
「すんません、どうしたんですか」
俺はその辺にいるおっさんに話しかけてみる。
「おお、どうやら崩れた岩はどかしたらしいんだがな。
強盗が立ちはだかって、通れないらしいんだ」
「強盗?」
「……この辺じゃ有名なアマゾネス(女盗賊)の集団だよ」
そういって、おっさんは人だかりの奥を示した。
前に立っているのはリーダー格らしき女性。右目に眼帯をあて、紅い髪をなびかせ、きりっとした顔立ちは、とてつもなく整っている。両隣にもおつきのものが居る、片方はショートカットでボーイッシュ。反対側はくるくる巻き毛の柔らかい印象である。だが、どちらも……。
「ぐ……、美人だ」
俺は思わずつぶやいてしまう。
「いたっ! 今誰かが俺の足をふんだぞ!」
「ふーん。これだけ人が居ますからね。
犯人捜しは大変そうですね」
つーん、とメアリィはすまし顔。
……人が居るっていっても、足を踏めるぐらい近くに居るのはお前だけなんだけど。
「んで、あのアマゾネスたちは何を要求してるんです?」
「男だ」
「男!」
「うむ。今がちょうど子作りの季節らしい。付近から強い男を集め、子供を作りたいらしいが……」
ふむ。
どうやら、俺の出番のようだな。
「お兄様、今いやらしいこと考えたでしょう」
「ば、ばかやろう」
内心を見透かされ、俺は少しうろたえる。
「俺は困ってる人を見捨てておけないだけだ」
「どーだか」
さっきからこいつは、何を怒っているんだ?
まあいいか。こんなとこで時間を食うのもバカバカしいし。
○
「待て待て待てーい!
善良なる市民に迷惑をかけてはならん。
お前ら何をもってここを封鎖している」
俺は人だかりを押しのけて、アマゾネスたちの前に躍り出る。
「我が名はディティール。
返答次第によっては、切り伏せる!」
「ご丁寧にどうも。私はアマザ。妊活中よ。邪魔しないでくれる?」
「邪魔などせん。
だがお前らが自分勝手なことをするせいで、民は困っている。
場所をうつしてもらえないか」
「あら、なら簡単よ。私たちの誰かに勝てばいいの。
私たちは強い男を必要としてる。毎年適当にさらってきてるんだけど……どうも外れが多くてね」
なるほど。
アマザの足もとに男どもが転がってるのは、そういうことだったのか。
「私に勝てば、好きにしていいのに」
と、アマザはグラマラスな身体をくねらせてみせた。
「お兄さんが相手してくれるの?」
「ふ……。お前らのことなどどうでもよいが、大義のために俺はやる」
「お兄様のは大義じゃなくて、スケベ心です!」
遠くから野次が聞こえてきたが、軽く無視をする。
「あまり強そうに見ないけど……」
うるせー俺がどれだけインドアやってたと思ってんだ。
「後悔するなよ」
「そっちこそ!」
言ってアマザは、腰からするりと剣を抜き放つ。
片手で剣を持ち、切っ先をこちらへと向ける。半身はだらりと流して――。
その立ち振る舞いは、素人ではない、歴戦の勇者を思わせる。
なるほど。
一騎打ちをしかけるぐらい、実力には自信があるってことか。
ならこちらも。
「『オーガナイズ(炎魔の玩具)』」
俺が唱えると。
右手で一瞬炎が燃え上がり、それは凝集されてこぶりな剣の形を為していく。
狭い室内で戦う時に必要になるかと思って作った魔法だったが。
こんなときに役に立つとは思わなかった。
俺の魔法をみて、観客がどよめいた。
「弱そうに見えるけど、……ただものじゃない、ってわけね」
「試してみたらどうだ?」
「上等!」
そしてアマザがきりかかってくる。
俺の剣を払い、懐にもぐりこもうとする。
が。
じゅわっ。
と、アマザの刀身が灼けただれ、溶解してしまう!
アマザの目が驚愕に開かれた。
まあ、そうだよな。
そのために作った魔法でもある。
「今度は、こっちから行くぞ」
俺は剣を振りかぶり。
刀身を喪ったアマザには焦りの表情が見え――。
あれ。
けれど俺はいつの間にか。
地面にひざをついている。
全身に力が入らず、崩れ落ちる。
剣を杖替わりにしようと、地面に突き立てるが――。
魔法で作ったはずの刀身は、すでに失われていた。
目前に、地面がある。
俺は、うすれゆく意識の中で聞いた。
「やりましたよ! お姉さま!
これで身動きとれません!
このまま連れていきましょう!」
そして、浮遊感。
俺の身体は誰かにかつぎあげられたようだ。
あれ? 俺、さらわれるの?
あれあれあれ?
あれ? おかしくない?
そういうのって普通かよわい乙女じゃない?
お姫様じゃない?
主人公がさらわれるっておかしくない?
とか思いながら。
俺は意識を失った。