夜に響く悲鳴5
「お兄様、相談です」
その日いつも通り部屋に入ってきたメアリィは、……いつもと違い、どこかよそよそしかった。
いつものきれいな金髪は乱れているし、表情も浮かない。
「兄として、なんでも聞いてやるぜ」
俺が茶化してそんなことを言っても。
「そうですね」
と、クスリともしない。
「お兄様……、私聞きました。
真実の記憶の魔法、というものがあるそうです。
魔法の才能に恵まれたものしか習得できないみたいですが。
私はその魔法を使って……、確かめたいのです」
その確かめたい、は。
俺のことなのか。
それともメークインのことなのか。
それ以外の何かなのか。
……怖くて、確かめることはできないけど。
「……付き合うぜ。俺にできることなら」
「よろしくお願いいたします」
○
「ギロチン山と呼ばれる山のふもとに、人が住めないような洞窟があります。
そこにヴェルズ・ラブル老師が修行をなさっているみたい。
老師は記憶を司るとされる魔法を唯一お持ちになっているお方です」
「……ってちょっと待って。
俺が最初に聞いたとき、魔法は5つの属性に分類できるって言ってなかった?」
「そうです。人は一つの属性しか持ちえない。
けれど、稀に『複数の属性を使う人間』が居る。その方たちの境地が、いわば記憶の魔法なのです」
「……そうか、それで俺を連れていきたいわけか」
俺は一人、理解する。
メアリィは苦笑しながら。
「そうですね、それもありますけれど。
長旅だから、お兄様に頼りたいという気持ちも大きいのですよ」
「お世辞でもうれしいよ」
「ふふっ、お兄様とお話してたら、元気が出てきました」
というわけで。
俺らはギロチン山のふもとにある村に、たどりついた。
宿を予約すると、俺はメアリィに出かけてくる、と言い残して外へでる。
出先ですることと言えば1つ。
ご当地グルメである。
まぁ、ありがちだろう。
会社員時代から出張先ではB級グルメと地酒をかかさなかった俺である。この村ではどんな食べ物があるのかなっと。
時間は夕暮れ。住民は家路へとむかい、ところどころから炊飯のにおいがする。俺は看板をさげている、酒場らしき店へと入る。
「おっちゃん、酒と……、適当に食べ物。この辺でうまいやつ」
「あいよ! うちはなんでもうまいよ!」
頭に頭巾をかぶった大将は、俺に人懐こい笑みを向けてくる。
まずは酒を一口。続けて、つまみをパクリ。酒をごくごく。……。うむ、なかなか。……。
気持ちが盛り上がってくると、俺は知らないじいさんと仲良くなっていた。
じいさん、こんな温かい季節なのに頭にはターバンを巻き、なのに上半身は裸という修行僧スタイルである。
「ははは、若者よ、なかなか酒に強いのう」
「じーさんもなかなかだな」
「……それに、かわいい女子を連れとるみたいじゃのう。
うらやましい」
「だろう? 俺には不釣り合いだが、妹なんだぜ。
びっくりするほどなついてるんだ」
「それにどうやら……、ほうほう、だいぶ苦労をしてきたようじゃな」
……。
「イヅル殿。そうか、若者は、珍しいところからやってきたのじゃな」
俺は一気に酔いがさめる。
右手を銃にみたて、じいさんの顔に突き立てた。
「……、何物だ、あんた。
言っとくが、ポーズじゃない。変な動きをしたら、穿つ」
「ほうほう、メアリィ殿と魔法を探しにきたのじゃな」
じいさんはヒゲを触り、何がおもしろいのか、顔中をさらにしわだらけにした。
「『サンダー』!」
俺が放った魔法は、線状の電撃となり……じいさんの額へ向かう。
けれど。
「『解呪』」
じいさんが唱えたアンチロックに、一瞬にしてかき消されてしまう。
……。すごすぎて意味がわからねえ。相手の魔法をかき消す?
そんなことが可能なのか。
「待て待て、わしとて敵じゃない。わしこそが――」
「薙ぎ払え、『レセプション(妖魔の舌使い)!』」
俺の唱えた魔法は。
マフラーのような帯状になった炎が、縦横無尽に動き回り、対象物を含め周囲数メートルを炎を焼き払う魔法である。
はずだった。
「ほほほ、こんなに人が多いところでそんな魔法をうかったら危ないぞ」
じいさんは、俺の魔法を受け止め、笑ってみせた。
「なら、エグスプロ……!」
「お兄様、見つけました!」
俺が全力の魔法を唱えるのと、メアリィの声が聞こえたのは同時だった。
「それで、どうしたって?」
「私、見つけたんです。
老師はもう今じゃ山の中に住んでなくて、この村に居るそうなんです!
すぐ会えますよ!」
「そうそう。さすがに山の中じゃ不便じゃしのう。
可愛い女の子も居ないし」
「……おいおいじーさん、あんたは関係ないだろ」
「あるよ。ベルズェ・ラブル。それ、わしのことじゃもん」
「……」
「……」
俺とメアリィは顔を合わせる。
確かに、魔法がすごすぎるとは思った。
けど、こんな簡単に会えるなんて。
「細かい話は、そこのにーちゃんから聞いたよ」
老師は、俺にむかって親指を立ててみせる。
……何も話してない。
そうか。
こいつ、「相手の記憶を読む」ことができるのか。
「つまらないことは言うなよ」
俺はにらみつけて、低くうなる。
「ほっほっほっ、そりゃ心がけ次第じゃよ。
この先に人気のない教会がある。話はそこで聞こうかの」
○
「ところでお嬢ちゃん」
「メアリィです」
「メアリィ殿。
何故魔法を求める?」
落窪んだ瞳は、井戸の底のように真っ暗で何も見えない。
「真実を、知るため」
メアリィは姿勢を正し、その視線をまっすぐ受け止めた。
「真実とは?」
「……正しさ、です。
あるいは信頼。
どんなに私にとって不都合な事実でも。
その上に成り立っているから。
不安定な上に、私は居座りたくない」
「強き娘よ。
ならばお主はどうじゃ」
今度は俺へと向ける――。
俺は目を逸らす。
「メアリィのためだ。
力が必要なら、俺は手を貸す」
俺にとっちゃ真実なんてどうでもいいしな。
……それに。
俺は「自分がディティールだ」という嘘の上に、今の生活が成り立っている。
メアリィのようにまっすぐにはなれないし。
強くも在れない。
「ふ。まるで真逆の2人じゃな。
力を持たぬけど、強く在るもの。
力を持つが、不安定なもの。
真実を追うものと、真実に追いかけられるもの――」
「おいおいじーさん、御託はイイから。
話を進めてくれよ」
「……ふむ。
ならば結論から言おう。
お主なら魔法を習得できる。
……だが、魔法の基本は「思うこと」。
お主は何を思う? 土台がいかにしっかりしてようと、おぬしのイメージがたどりつかなければ魔法は完成すまい」
「……わかってるよ」
だから。
俺の使う魔法は攻撃魔法ばかりだ。
属性も、火が一番肌になじむ。
それは。
自分が壊すイメージしか持てないからだった。
……、メアリィはすごいな、と思う。
「教えてやるのはやぶさかではない。
……じゃが、一つだけ条件がある」
老師は照れくさそうに言った。
「メアリィ殿。わしと一緒に、その……、お茶でも……」
「おい。調子に乗るなよ」
魔法がきかないのなら、物理的に殴ろうと、俺は握りこぶしに力を込める。
「あの、私なんかで」
「メアリィやめろ。こいつはぜったいそれ以上のこともするつもりだ」
「いやいやいや、勘違いしてもらっちゃ困るぞ。
わしゃこれでも紳士じゃ。そんな下品な真似できないのじゃ」
「そんなわけあるか」
「構いませんよ」
メアリィは俺に笑顔を向けた。
まるで慈母だった。
んでなんやかんや。
俺らはベッドの上で横になっている、老師の介抱をしていた。
なんだか鼻血を出して倒れたって話だぜ。
気だけ若くて、身体がついてこないんだろうな。可愛そうに。
「メアリィ殿。死にそうなのじゃ。手を握ってくださらんか」
「まあ! 」
メアリィは、差し出された手を、両手で包み込む。
……おいおい、サービス過剰すぎるぜ。
だいたいそんな服を着てるから胸元が――、じいさんがのぞきこんでるじゃねえか。
「エグスプロー……」
「わー、待て待て! ほんの冗談じゃい」
「……お前、次にやったら燃やすからな。
お前が燃えなくても、居場所全部消し飛ばす」
「……ふっ。
それではさずけよう。記憶魔法そいや」
老師の手のひらから放たれた白い光が、俺の身体を包む。
「これでもう、使えるようになったはずじゃよ」
「……、わからん」
「そりゃそうじゃ。まだお主のなかでイメージが固まっておらん。
相手の記憶を見たいのか、それとも操作したいのか。
場所の記憶を再生するのか。
自分の記憶を相手に見せるのか。
……、おぬしは、どうしたいのじゃ」
「俺は――」
俺は真実を。
いや、嘘だ。
そんなもの、知りたくない。
俺は、ただ。
メアリィの悲しむ顔を見たくない。
ただのヘタレだ。
「……まあいい、そんなおぬしでも、一回くらいなら使えよう。
『記憶復元』と唱えるがよい。わしの術式と、おぬしの膨大な魔力があれば可能なはずじゃ」
「……サンキュー、じいさん」
「ほっほっ、何、簡単なことじゃよ。
さて、メアリィ殿」
「なんでしょう?」
爺さんはウインクして、茶目っ気たっぷりに、
「また来てくれんかの。
今度は続きを、ぜひ」
そのうち血の流しすぎで死ぬぜ、じーさん。