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寝ちゃいけないと思いつつも、寝たら戻ってこれなかった。

ブラック企業で働いていたが、黒魔道士になっていたし、なにこの美少女。




 カタカタカタ。


 部屋の中に響くのは、俺がキーボードを叩く音だけ。

 窓の外からは、賑やかな笑い声が聞こえる。

 今日が金曜日の夜だからだろう。


「ああ、疲れた」


 寝てはいけない、という思いが、俺にドリンクを飲ませる。せめて今やってるプログラムの、半分まで書き上げないと、納期に間に合わない。……。間に合わないとどうなる? いや、考えるだけでも恐ろしい。そんなことを考える時間があるなら、手を動かせ。

「やれるやれる。いけるいける!」

 俺は自分自身を励ましながら、パソコンの画面に向き合う。するとさきほどまで思いもよらなかったプログラムがーー構成が次々と頭の中に浮かんできた。

「いやっほう! 俺って天才!」

 外から消防車のサイレンが聞こえる。

 紅いランプが、部屋の中を染めて。

 視界の奥がちかちかとする。

「いいねー! 盛り上がってきた!

 燃えよビル! 滅びよ世界! 死ね俺!」

 

 疲れのあまり俺は奇声をあげて。

 全力でキーボードをぶっ叩く。


 寝てはいけない。


 いけないのに


 のに


 に。


「お兄様、そんなところで昼寝なさると、風邪をひきましてよ」

 ふわりと、柔らかい香りが鼻をくすぐる。顔をあげると、目の前に立っていた少女が、顔をほころばせた。手でふれれば溶けそうなほど金髪は細く、空を思わせるほど瞳は蒼い。……けれどその表情はまるで童女のようで、俺に親しみを感じていることがわかる。

「紅茶を淹れました。目覚めにいかがかしら」

「ああ、ありがとうメアリィ」

 俺は花柄のカップに手を伸ばし、その紅茶をすすりーー。

「……お前、誰だ」

「あらあら、まだ寝ぼけてらっしゃるの?

 私です。妹の、メアリィ・ラストリアス。「四葉のメアリィ」と言えば、この界隈でも知らないものが居ないくらいの白魔法の使い手です」

「……ちょっと待て」


 ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。


 俺は昨日までーーいや、ついさっきまで仕事をして、パソコンに向き合ってたはずだった。寝ちゃいけないと思いながら、寝てしまいーー。

「そうか、これは夢なんだはははは」

 俺は目の前のテーブルに頭を打ち付ける。

「覚めろ夢。目覚めよ俺。広がれ世界。っていうか俺の独り言のせいか?

 世界よ甦れ!」

「お兄様!」

 メアリィが。


 俺の身体をぎゅっと、抱きしめた。


「かわいそう。錯乱なさっているのね」

 錯乱ではなかったが。

 俺はその春を思わせる柔らかな香りと。

 綿毛のような感触に酔わされて。

 否定の言葉を発することができなかった。

「『目覚めよ!(テレプト)』」


 何事かをつぶやくと、メアリイの指に光がともり、それが俺に飛んでくる。光は優しい熱を帯びており、俺の精神を落ち着かせた。

「どうです? 思い出しました?」

「いや、まったく」

 というより、記憶がないというのが正しい。


 俺の返事があまりに衝撃的だったのか、メアリィは顔面を蒼くして。

 その場に倒れた。




 しばらくして。

 俺が介抱して、してる間にお手伝いが来て、まるで俺が犯人であるかのように怒られて、けれど俺も雇側の人間だと知るや否や、大人数のメイドたちがメアリィを担いで連れ去ってしまった。

 俺は冷めた紅茶を飲みながら、よく手入れされた庭園に目をくばる。


 しばらくすると、メアリィがおずおずと戻ってきて、俺の前の椅子に腰掛けた。

「お見苦しいところを。

 お兄様が旅立ってから、しばらく経つのですものね。

 私も早合点いたしました。

 すこしお話をしましょう」



 そして滔々と。


 俺に関することがらを並び立てたのだった。



 曰く。

 俺の名前はディティール・ラストリアス。

 黒の水晶(なんだそれ?)を求め、10年前に家族の反対を押し切り、家を飛び出したらしい。

 ラストリアスは白魔法の家系。家族から黒魔道士を出すなんて許さない、と俺の親父が怒って勘当したとか。

 そしてつい最近。

 ボロボロになった俺を見つけ、メアリィが介抱をしてくれていた、と。



「……分かった」

 俺はカップをひっくり返し、中に紅茶がはいっていないことを確認する。

 するとだまってメアリィがおかわりを注いでくれる。……いいお嫁さんになるぜ。

「俺はこの世界じゃない世界から来た。

 そしてそのディティールって奴も知らない。

 クソみたいな世界で、クズみたいな会社だったが、未練はある。元の世界に帰りたいんだ」

「……そう、ですね。

 いくら似てるとはいえ、別人ですものね」

 メアリィが顔を曇らせる。


 俺の心のどこかが。


 疼いた。


 たぶんメアリィがかわいそうだとか。

 そんな感情で。


 仕事でいっぱいいっぱいだった俺には、……久しぶりの感情で。

 だから俺は笑って、メアリィの頭を撫でてやる。


「ま、帰る方法が見つかるまでは世話になるさ。

 多生の縁ってやつだな。お前の兄貴代わりに、甘えてもいいんだぜ」

「……ふふ。やっぱり別人ですね。

 お兄様はそういう冗談なんて、言わなかったから」

 けれどメアリィは俺の胸にそっと、額を押し付け。

「ありがとう」

 とつぶやいた。



 俺は部屋に案内されーー。

「なにこれ」

 と、思わずひとりごちてしまう。


「何かご不満が? メアリィ様の兄上ですから、妥当かと」

「いやいやいや、部屋がでかすぎて思わず驚いただけ」

「そうですか。私には分かりかねますが」

 たとえば。

 体育館? 小学校の体育館があるとする。それがまるまる俺の部屋になってる。天井もちょうどそのくらい。それでバスケのゴールがあるあたりに、俺のベッドが天井から吊り下げてある。寝心地がいいのかもしれないけど意味がわからないし、頭おかしい。

「……布団しいていい?」

「フトン? 外国の寝具でしょうか。

 ご要望とあれば、お取り寄せいたしますが」

「やっぱいい」

 俺はぷいと、部屋の中央に歩いていく。



 いやぁ。別段悪いこともないし。よくよく考えれば仕事もーー、納期もないわけだし。家族や友達には会えないけれど。そう考えれば、わるいことばかりでもないなーーって。

 部屋の真ん中テーブルがあり、その上には花瓶が乗っている。赤い大きな花と、黄色い小さな花が添えられていた。俺は浮かれた気分ついでに、その花をつむと、後ろに立っていたメイドに。

「部屋まで案内サンキュー。

 でももっと笑ったほうがかわいいぜ」

 と、その花を渡した。

「……はい」




 おや?


 おやおやおや?



 俺の予想したパターンはこうだった。

①「何言ってるんですか? セクハラです。死んでください」

②「そうですか(棒読み)」


けれどそのメイドはどちらの反応も示さずに。

頬を染めて、「はい」と頷いた。……恥ずかしそうに。


 これってあれじゃね。

 この世界では俺って……もしかして。

「ねえ、君、名前は?」

「レノです」

 俺がその目をまっすぐに覗き込むと。

 レノは口に手をあてて、目をそらした。

 ううむ。

「レノはご家族とかいるのかい」

「父は、幼いころに亡くしました。

 それ以来この家にお世話になっているので……」

「よかったらーー」

 俺がその華奢な肩に手をのせようとーー。


「こほん」


 後ろにメアリィが立っていた。


「ど、どうしたんだい。俺は部屋でくつろぐって言っただろう」

「お兄様のいう『リラックス』とやらは、メイドに手をだすことなのですか?」

 いってピシャリと俺の右手を叩いた。

「家に帰って最初にすることがそれですか」

「……俺悪くないもん」

「もう、子供じゃないんだから。

 それにほら、あなたもいつまでも惚けてないで、下がりなさい」

 レノは頭を下げ、部屋を出て行く。


 ……間際、一度ふりむき、何かを言いたげな視線をこちらへと向けた。


 なんだ?


「部屋についたら、荷物をおいて、着替える。

 そうお伝えしたじゃないですか」

「いや、着替えようとはしたよ。

 お前がはいってこなかったら、今頃……」

「下品です!」


 メアリィは顔を真っ赤にして、俺に服を投げつけてきた。

 それはヒラヒラとした装飾のついた……うん、とても貴族らしい服だ。そしてどうやって着るのかも見当がつかない。

「わるい、俺これ一人で着れないわ」

「……レノは返しちゃったし。もう、わがままなお兄様ですね!」

 俺はだまって、メアリィのなすすべに任せる。


「それじゃ、お約束したとおり、お父様に会っていただきます」




「なあ、俺ってかっこいいの?」

 俺はふと思いついて、メアリイに聞いてみる。

「……知りません!」

 お、ということは満更でもないってことだな。

「本当に容姿が優れたものは、自慢なんてしないものです」

「っていってもな、こっちに来てから鏡なんてみてないし」

「見なくていいんです、そんなの」

 むう。

 まるで見られたら困るみたいじゃないか。



 そんな話をしながら。

そして俺は、広間に通されたのだった。



「ディティール。よく帰ってきたな」

 俺の目の前に座るのはーー、身の丈2メートルはあろうかという大男。

 白魔法の家系だというわりに、体格は立派で、武闘派にしか見えない。ローブを来て魔法を使うというより、鎧を着込んで斧を振り回す、そんなイメージが似合う男だった。

「……聞いてると思うけど、俺はそのディティールとやらじゃないぜ。

 たまたまこっちの世界に紛れ込んで、帰る方法を探しているだけの迷子だ」

「ならば問う。

 その胸に抱き昏き光は、ディティールが探し求めた「黒水晶」ではないのか?」

 言われて俺は初めて。

 自分が首から手のひらよりも小さな黒い石を提げていたことに気づいた。

「……知らん」

「黒水晶は忌まわしき黒魔道士の宝。

 常人が持てば手は腐り、精神は侵される。それを持つことができるのは彼の一族か、『完全守護』を扱える我らが一族のみ。それを持っているということはーー」

「関係ないし、俺には必要ない。

 ……何を考えてる? 俺を試しているのか」

「知らぬが仏、か。

 もうよい。下がってよいぞ」



 なんだってんだ。

















 部屋に戻り。

 俺はベッドで仮眠をとる。……といっても、ちゃんと床においたベッドの上だが。

 どうやら天井から吊ってあるのは、モニュメントらしい。

「さて、どうするか」

 俺はひとりごちて。

「お兄様」

 部屋のノックで、身を起こす。


「部屋に入ってもよろしいですか?」

「いいよ。今起きたばかりだ」

 失礼します、とおずおずとメアリィは扉をあける。

「……いつも寝てますのね、お兄様は」

「失礼な。お前のタイミングがわるいだけだろ。

 ちゃんと起きてる時もーー」

「紅茶でも淹れましょうか」

「ああ」


 その答えを待っていたのだろう、メアリイは持参したティーセットで、素早く紅茶をいれてくれる。


 ふわりとハーブの香りが、俺の鼻腔をくすぐる。




「近頃、お父様が変なのです」

 メアリィは自身でも紅茶を飲みながら、口を開いた。

「一人で悩みがちだし。

 夜な夜な悲鳴が聞こえるとか」

「……なんだそれ。確実にアウトだろ」

「でも、実際に実際に被害にあった人を見たことはないのです。

 もしかしたら、聞き間違いかもしれないし」


 聞き間違えて、人の悲鳴に聞こえる?


 それも変な話だ。


「……なんだ、メアリィは怖がりなのか」

「そ、そうじゃなくて。

 お兄様がいなくなってから、ずっとそう。

 家の中の空気がおかしいのです。お兄様が居なくなって、お母様も。

 それから……」

「心配ないさ。俺は帰ってきた」


 ずっと甘えられる相手がいなくて、ひとりぼっちのだろう。

 震える肩に手をおいて。

 俺は言った。

「そういうことにしよう。

 嫌なことばかりが起きるわけじゃない」

「そう。そうですよね!」


 そのはずだ。

 がんばれば。

 信じれば。

 ……いつかきっと。

 ……きっと必ず。


 報われるはずだと。


 そんな願いは、純真で、俺にはもう残っていない。

 なんども裏切られ、破られ。傷跡がつくたびに、心の皮は厚くなって。

 痛みに鈍くなっていく。感情から遠ざかっていく。



 だけど。だから。

 けれど。だから。


 俺はこの子の笑顔を、曇らせたくないと。

 そう思ってしまうのは、俺のエゴで。


「きっと大丈夫」


 そんな風にして、根拠のない言葉を、無責任に繰り返してしまうのだった。


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