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9.本音×諦め

 


「ねぇ、貴方一体なにをしたの?」

「どうやって朝陽に取り入ったのかって聞いてるのよ」

「興味ありませんって顔しといて、こっそり休日に待ち伏せるなんてしたたかよね」


(これが噂のお呼び出し……ってやつかしら。まったくもう、ガキじゃあるまいし)


 美人系、可愛い系、ロリ巨乳系、と見事にタイプの違った三人の女子社員が、昼休憩に入ろうと席を立った葉月の前に立ち塞がっている。

 彼女達はみな、ワンコ系ヒーロー梧桐朝陽の取り巻きだ。

 本社に所属しているだけあって仕事に関してはそれなりに優秀な彼女達も、好意を寄せた相手が絡むと途端に普段の判断能力がなくなってしまうらしい。

 場所も、いつ誰が入ってくるかわからない更衣室、というのがどうにもおかしい。


(待ち伏せってことは、あの雑貨屋前でのやりとりを見られてたってことね)


 取り巻きの中の誰かがそれを目撃して、噂にした。

 恐らくこの様子では、朝陽が葉月に例の紙袋を手渡したところもバレているらしい。



 やれやれ、とため息をつくと、彼女達はバカにしているのかと息巻いた。


「聞く耳をもってくださるかどうかはわかりませんが。街をぶらついていて偶然見つけた雑貨屋に入ろうとしたら、中から梧桐くんが出てきたんです。総務部の梧桐さんは同僚ですし、そこで少しご挨拶をしただけですよ。ああ、例の紙袋はその梧桐さんが作ったクッキーのあまりでした。今おなか一杯だからどうぞ、と勧められたのでいただいて帰りました。そのことに何か問題が?」


 一気にそこまで言い切ると、彼女達は顔を見合わせながら小さく「ねぇ」「そうね、同じだわ」「でも」と言い合いだす。

 どうやら朝陽本人にも疑惑をぶつけたらしく、彼から返ってきた答えと今の葉月の説明がだいたい同じであることに戸惑いを隠せないらしい。


 しばらくこそこそと話し合ってから、どこかばつの悪そうな顔になった美人系の社員が代表として一歩前に出てきた。


「突然ごめんなさいね。ただ、貴方と朝陽が逢ってたっていう噂を聞いた後、朝陽にそのことを聞いたら『雨宮さんに声をかけたのは俺の方なんだ。陽菜がいつもお世話になってる人なんだから悪く言わないであげてね』って妙に庇うものだから気になってしまったの」

「これまで接点がなかったのに、ですか?」

「……ええ。本当にごめんなさい」

「いいえ。その気持ち、少しだけわかりますから」


 これまで全く接点がなかった相手に、ふとした偶然で接触してしまう。

 その些細な接点に、わずかながらも心を乱されてしまう気持ちは今の葉月にならわかる。


 はっきり恋愛対象として見ていなくても、一緒にいられたらいいだろうなという程度まで好意を寄せている相手が、自分以外の人に対して休日返上してまで動いている。

 その相手が葉月が信頼に値すると判断した陽菜であることも、陽菜がただ無邪気に月城に対して惹かれ始めているだろうことも、どちらも彼女の心の平穏を乱す。


 葉月の表情の些細な変化に気づいたのだろう、美人系女子社員は「こちらが勝手に想いを寄せているだけなのに、贅沢になってしまうものなのね」と自嘲し、他の取り巻きを連れて去って行った。




「なにそれ。ハーレム率いるんなら責任持って管理しなさいっての。その子、バカなの?」


 と、女子会開始早々瑠架の毒舌は絶好調だ。


「ハーレムメンバーの方は恋愛感情で混乱しちゃったのもあるんじゃないかしら。そこまで一途に想えるっていいわよね」

「もう!葉月はもっと怒っていいと思うよ!」

「話してもわかってもらえなかったらちょっと考えようとは思ったわよ。でも、みんな本社で働いてるだけあって根は聡い人ばっかりだったから」

「……総務の上司以外はねー」

「まぁ、そうね」


 結局今回もこの話題になるのか、と葉月は苦笑した。


 月城が上司に出した総務部内のネットワーク設定見直しの稟議書に対し、技術部長が直々に総務のシステム管理担当に対し、改善要求をつきつけてきた。

 曰く、総務部というのは全社の人事・給与データを扱っている重要拠点なのだから、万が一にもデータベースの不整合やバックアップ不備が起こらないように管理徹底しなさい、というものだ。

 そのことでお叱りをうけた野上は、そもそものきっかけとなった陽菜に敵意をぶつけることもできず、これまで以上に葉月に厳しく接することでどうにかストレスを逃がしている。

 が、葉月の方は慣れたもので、どんなに理不尽な指示を出されても平然とそれをこなしてしまうため、上司からの要求はどんどんエスカレートする一方だ。


「もし葉月がここで倒れたら、恭くんだって動かないわけにはいかなくなるんだから。だって重大な損失なんだもん。その時はその上司と部長まとめて処分させちゃうからね」

「……それには私が倒れることが大前提なわけね。それじゃ、さっさと倒れてみようかしら」

「あ、その時はパワハラの決定的な証拠用意しといてね」


 ボイスレコーダー持ち歩いてるでしょ?と瑠架は楽しげに笑った。

 葉月もつられて笑う。



「そういえば梨花さんは?」

「あ、んっと、今日はその……婚約者の人と打ち合わせがあるんだって」

「ああ……獅堂さんと結婚が決まったの?なら仕方ないわね」


 駒澤梨花の婚約者は、シジョウ・コーポレーションフランス支社に勤務する、獅堂蓮司という勇ましい名を持ちながら、実際は線の細いまだ少年のようなあどけなさを合わせ持つ青年だ。

 葉月はシジョウ・コーポレーションでの契約期間において、フランス支社に在籍していたこともあり、その時に蓮司とはよく顔を合わせていた。

 その獅堂蓮司とUSAMI入社後知り合った梨花が付き合っている、という話を聞いた時は「お似合いかも」と純粋に羨ましくなったものだ。


 一方、話題を出した当人である瑠架はどこか落ち着きがない。

 聞くべきかどうしようか、と彼女らしからぬ迷いが見て取れたことで、葉月には彼女がどこからどんな情報を得たのか、それだけで気づいてしまった。

 月城の同僚である佐々木は、瑠架の学生時代の先輩だったんだ、と。


「もしかして、佐々木主任から何か聞かされた?」

「え?……ああ、うん。そうだね、葉月にはわかっちゃうんだよね。だったらその…………辛くない?」


 どうかしら、と葉月は考えながら答えた。


 彼女は確かに月城に段々と惹かれていっている。

 この3年間彼を見てきて、彼女も彼女なりに彼に寄り添えたらと思えるようになってきたばかりだ。

 熱いような、焦がれるような、そんな恋愛感情は抱いていないけれど、それでも傍にいられたらいいなと思っている。

 だから、陽菜が月城に向ける視線が憧れを超え始めたこと、月城がたまに陽菜に対して穏やかな笑みを向け始めたこと、それらに対して胸がもやもやとしているのは事実だ。


(兄さんにもよく言われるけど……3年って、意外と長いわよね)


 しかも、葉月は20代も半ば過ぎだ。そろそろ葉月のように結婚・出産と考えたい年代ではある。

 と、そこまで考えた時、彼女はふと思うのだ。

 確かに月城に寄り添いたい、背中合わせでもいいから傍にいたいという気持ちはあるが、果たして彼とそういった意味合いで触れ合えるのだろうか?と。



「ねぇ、瑠架は瀧河さんと結婚を決めた時、どう思った?」

「どうって?」

「この人の子供を産みたいとか、他の人に触れさせたくないとか、そんなこと思った?」

「え?……えっと……私の場合、それが前提だったからなぁ……うん」


 照れくさそうにぽつぽつと話す瑠架の言葉からは、彼女の恭一郎に向けるひたむきな愛情が見え隠れしている。

 何でも、学生時代に既にプロポーズされており、その時に『社会人になったらすぐ子供が欲しい』と言われていたらしい。

 それを受け入れたということは、彼女もそのつもりだったという意味になる。


(まぁ、見てる限りじゃ溺愛べったり、ヤンデレ手前って感じだものね)


 恭一郎にそこまで愛され、求められて。瑠架もそれよりは少し控えめだとしても、はっきり彼を求めている。だからこそ、彼らの結婚生活は上手く行っているのかもしれない。

 互いの相手に向ける感情の値がつりあっていなければ、恐らく悲劇しか生まれない。



「私の場合、どうなのかしらって思うのよね」

「どうって?」

「月城さんに抱かれる自分が想像できないっていうか」

「だ、っ!」


 ぶはっ、と口に含んでいた咀嚼中の卵焼きを吐き出してしまい、そのままゴホゴホと苦しそうにむせる瑠架。既婚者で2児の母親とはいえ、そういった恥じらいはまだあったようだ。

 一方葉月は、この反応が初々しくていいんでしょうねぇ、などと思わず夫である恭一郎の気持ちになってしまい、微笑ましそうに目を細めている。


「な、なんか生々しいよ、それ」

「あら、瑠架は既婚者なんだから今更でしょ。それに、そういうのって大事だと思うの」

「……うん、まぁ……言いたいことはわかるけど」


 結婚するということは、傍に寄り添うのだと、苦楽を共にするのだと誓うだけではない。

 勿論そういった形の夫婦関係もあるだろうが、普通に考えれば月城は一人っ子だし月城家は名前だけなら名家の部類に入るので、やはり跡継ぎをと望む声もあるはずだ。

 となると、そういったことは避けては通れないわけで。


(想像、できないのよね…………月城さんも、そういうことしたいのかしら、とか)


「……でもさ、結婚するってそれだけじゃないでしょ?想像できなくても……その、実際にそうなったら受け入れられちゃうかもしれないし」

「それ以前の問題よ。月城さんが私相手にそんな気になるのか、ってこと」

「あー、そっちかぁ。そればっかりはわかんないかも」


 困ったね、と自分のことのように顔をしかめて考えてくれる瑠架を見て、葉月は救われたような気持ちになる。

 瑠架もそうだが、その瑠架に対して愚痴という形だったにせよ佐々木も情報を流してくれた、ということは彼も程度はどうあれ月城と葉月のことを心配してくれている、ということだからだ。



「でもね、仮に……月城さんの関心が私から離れていったとして。そうなったら、誰よりも早く私がそれに気づけるから。……ううん、瑠架だから言うけど、今だってそうじゃないかなって気はしてる」

「……葉月」

「これまでだってそうだったの。彼の気持ちが自分から他所の人に向いた時、真っ先にそれに気づいたのは私だから。そうして、穏便にお別れしてきたから。だからね」

「もういい。もういいよ、葉月」


 飛びつくように抱きついてきた瑠架の体をしっかりと受け止めてやって、葉月は困ったように笑った。


(それにね、他の人を心に住まわせているのは私も同じなの。だから大丈夫……今回もうまくいかなかった、ただそれだけだから)


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