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4.親族×近況報告

 お茶をどうぞと勧められ、座ったのは叔父の隣。

 膝上にはノートパソコン、胸元にはボイスレコーダー、海外通話用に設定した携帯電話は今はお役御免とばかりにバッグの中に仕舞ってある。


 到着後、全員が座った途端に怒涛の勢いで始まったミーティング。

 主にホストである遥斗が仕切り、それにヴィンスが問いを投げかけ、時折それに恭一郎が答える。

 そんな中、葉月は与えられた仕事を全うすべくボイスレコーダーを稼動させながらハイスピードでキーを打ち込んではきりのいいところでメールを送信し、先方から返答がきたらいいタイミングでそれをヴィンスに示して指示を仰ぐ。

 瑠架もサポートのためについて来たらしく、恭一郎の話を聞きながら途中席を立ってどこかへ連絡を入れたりと、会社にいる時と殆ど変わらないビジネスモードの表情でそこにいた。


(なるほど。今回のメインは一宮・瀧河の業務提携話か……)


 シュナイダーと一宮は既に業務提携契約を結んでいる。

 瀧河と一宮も縁戚関係だけあって協力しながらやってきたようだが、ひとつの大きなイベントをきっかけにして本格的に提携してしまおう、ということらしい。

 この交渉にヴィンスが呼ばれたのは、イベントにはシュナイダーも名を連ねる計画だからだ。

 そこで上手くやって行けそうなら、ゆくゆくは瀧河グループとシュナイダーの直接協力関係が実現するかもしれない、とあってはそこそこの営業担当が来るわけにもいかない。



 どうにか目処が立ったところで、お茶のおかわりをどうぞ、と遥斗の妻である瑠璃がタイミングよく現れた。

 顔ぶれに瑠璃が加わったことで、ヴィンスと葉月を除く4人はお茶を飲みながらの近況報告会としゃれこんでいる。


「瑠架のところって、そろそろ家族旅行とか行けそう?」

「んー、まだ下の子は1歳だから言い聞かせても理解できないかな。少なくとも、おむつ外れてからじゃないと旅行は厳しいかも。どっちか一人をべったり面倒見るってわけにもいかないしね」

「そうなの?……でもそうよね、うちもまだ小さいから遠出は無理だもの」

「それに、最近ちょっとお仕事の方も繁忙期に入って来たから時間取れなくって。今は瀧河のお母様が見てくださるからいいけど……どうにかならないかな、恭くん」

「海外事業部から外れれば多少の融通は利くだろうが。とはいえ、瑠架が離れれば部署が困るしな」


(なに、このお正月に親族一同集まりました的な会話。……って、ああ、みんな親族か)


 瀧河の妻である瑠架と一宮の妻である瑠璃は姉妹。それだけで親戚・縁戚関係が繋がる。

 瑠架の話では、彼らは初等科時代から長い付き合いがあるらしく、だからこそこうして縁戚関係になった今では友人関係を超えた、ひとつの家族のような親密な関係性が築かれているのだろう。


 葉月はひとまず瑠璃が淹れてくれたお茶をゆっくりと飲み、そろそろお開きにというホスト側の一言を待つことにした。

 いくら目の前で家族の団欒が始まっていようとも、招かれた側がさしたる理由もなく席を立つのは失礼にあたると考えたからだ。

 そうしておいてちらりと隣の叔父を見上げてみるが、彼もそ知らぬ顔で淡々とティーカップを傾けている。



「そういえば、葉月も一緒に打ち合わせに参加するなんて知らなかった。昨日も一緒に飲んでたのにね」


 すっかり蚊帳の外にいるつもりでいた葉月は、突然話題を向けられ驚いて瑠架を見つめる。


「あ、ええ。私も今朝叔父様に誘われるまでは知らなかったの」

「そうなんだ?でもすごいよね、いきなり言われてあれだけスピーディに対応できるんだもの。普段の仕事ぶりもすごいけど……もうそれ、契約社員の域とっくに超えてるよ」

「あれ、雨宮さんってまだ契約社員やってるんだ?瀧河に入ったからてっきり正社員の枠だと思ったんだけどな」


 と話題に加わってきたのは、一宮家の次期当主でありUSAMIの外部役員でもある一宮遥斗だ。

 彼は葉月がUSAMIの契約社員をやっていた時期に、何度か直接彼女の仕事ぶりを見たことがあり、これは正社員枠でも充分通用するからと絶賛してくれていた。

 USAMIを退社してからはビジネス上での接点がなかったからか、今はてっきり正社員枠で働いていると思い込んでいたらしい。


 なんで契約社員?と素直に疑問符を浮かべる遥斗に、葉月が答えるより早く口を開いたのは間接的な雇い主である恭一郎だった。


「うちとしては経歴を買って正社員で雇い入れしたかったんだが……まぁ本人の意向を確かめたら、無理強いはできなくてな」

義兄(にい)さん、葉月はちょっと難しい資格試験の合格ラインを目指してるの。だからそれまでは契約社員を続けるんだって。……って今更だけど話してよかった?」

「本当、今更ね。別にいいわよ。隠してるわけじゃないし」

「じゃあ合格したらうちは有能な社員を一人失うわけか。その前に総務の大々的な内部改革でも計画しておくか……」


 前半部分はともかく、後半にぽつりと付け加えられた一言に、葉月のみならず事情を知る瑠架もまた苦笑いを浮かべる。

 いくら放置しているとはいえ、恭一郎も個人的には現在の総務の状況を良好だとは思っていない、ということだからだ。



 意外といえば意外なところからのこっそりとした援護射撃に対し、葉月は「人材については心配いりませんよ」と切り出した。


「春に関西支社から来た子なんですが、なかなか覚えが早くて引継ぎがスムーズに進みそうなんです。独り立ちできるまでに最低半年かかるとしても、来年までには戦力になってくれてますよ」

「あの上司が邪魔しなきゃ、でしょ」

「それを計算に入れて半年なの」

「ああ、なるほど」


 陽菜は思った以上に有能で、素直に物事を聞いてあっという間に吸収してくれる。

 可愛らしいから、若いから、と周囲の男性達はとかく甘やかしたがるが、彼女がそれに甘えている姿を少なくとも葉月も瑠架も見かけてはいないし、周囲の女性社員にさりげなく話を聞いた限りでも、悪い噂は立っていないようだった。


「若くて可愛くて、でも素直で一生懸命か。よっぽどいい育ち方をしたんだろうね、その子」

「そうだね。普通なら、媚を売ったり、天狗になったり、甘えすぎて仕事ができない子になったり、会社を婚活の場かなにかと勘違いしたり、自分がこの世界のヒロインなのよ!とか勘違いしてもおかしくないのに」

「…………まぁ、ありえないとは言い切れないな」


 瑠架の出す極論的な例え話に、それはないないと葉月がつっこもうとするより早く、どこかうんざりしたような表情で恭一郎が口を挟む。

 それを見て、あれ、と葉月は二人の表情を見比べた。


(瑠架もそうだけど、御曹司もなんだか本気で疲れた顔してる。なにかあったのかしら)


 声音からある程度感情が読めてしまう葉月が見る限り、この二人はどうやら『私が世界のヒロイン』的な大きな勘違いをした誰かを知っているかのように思える。

 しかも、知っているだけでなくそれで嫌な思いをした、そんな印象がひしひしと伝わってくるのだ。

 それに、会話には参加してこないものの遥斗や瑠璃も表情がどこか落ち着きない。



 ここはつっこまないに限る、と葉月は話題を変えるつもりで「瀧河さん」と社長令息に呼びかけた。


「私も部署が違うので良く知らないんですが、同時期に営業部に異動してきた梧桐さんの弟さん……彼も有能さを買われて本社へ?」


『営業部の梧桐くん、大事なお客様に送る資料を間違えちゃったのに、定時で帰っちゃったんだって』

『いくら帰れって上司に叱られたからってねぇ……素直に帰れる神経が信じられない、って営業部長が嘆いてたみたい』

『あの子、愛想はいいのよね。その分調子もいいけど。この前もひっきりなしに電話が鳴ってるなーって思ってたら、殆どが支社の女子社員からだって!確かにモテそうだけど、本社に来てそれはないよねー』


 やっかみ以外はいい噂しか出てこない陽菜とは逆に、次から次へと出てくるのは弟の朝陽の良くない噂。

 彼女がモテるように、彼もまたモテる。

 年齢問わず、未婚既婚すら問わずに。

 ただし、本社に勤務してそれなりの月日が経っている女性達は皆、同じ環境にいる男性社員に置いて行かれまいと必死のため、人を見る目も相応にシビアだ。

 葉月自身はそれほど朝陽に接触する機会がないため詳しくは知らなかったが、休憩時間にでもちょっと話題を振ってやると出てくるわ出てくるわ。


(うちの梧桐さんがリアルヒロインだとしたら、梧桐くんはリアルヒーローかしら)


 ただしレベル1の、と付け加えておいて葉月はため息をつく。


 明るく優しく気遣いができて、女子力の高いヒロイン系女子。

 対するは、陽気でポジティブで人付き合いが上手く、だけどちょっと抜けたところがあってそこが母性本能をくすぐる、まだまだ成長の余地がありそうな、勇者レベル1クラスのヒーロー系男子。


 物語のヒーローにも色々いるが、やる気があっても周囲の空気が読めないタイプがわりと多い。

 特に勢いだけで突っ走る変身ヒーローに多いかもしれない。



 と、とりとめもないことを考えていると、しばらく考え込んでいた恭一郎がおもむろに口を開いた。


「俺も直接は良く知らない。だが人事部長から話を聞いたのは、姉の方についてだけだ。なんだかんだと理由はつけていたが、恐らく弟はおまけだな。正直、いい噂は聞かない。ポジティブなのは結構だが、それだけでは戦力どころか足手まといになりかねないからな」

「やる気だけで突っ走る、成長前のレッドみたいだねぇ」

「レッド?」

「変身ヒーローモノのリーダー。あれって大概途中でけちょんけちょんにやられて、パワーアップするんだよね。だからそういうギッタギタになる機会があれば、その梧桐くんも成長できるのかな、って」


 そんな極端な、とツッコミが出掛かった葉月だったが、恭一郎がそれに応えて「ふぅん」と楽しげに呟いたのを見て、大人しく口を閉じた。


(やる気だ。なんかやる気だ、この人)


 声音を読まなくてもわかる。今の恭一郎は悪戯を思いついた子供のように楽しげだ。



「ヒーローだのヒロインだの……日本の各組織にはそういった存在が必ず一組は存在するという決まりごとでもあるのか?」


 それまで黙って話を聞いていたヴィンスが、呆れたように口を挟む。

 彼はどうやら、瑠架や恭一郎、この場にいる葉月と彼以外の四人が心当たりありそうな『ヒロイン』に対して、快く思っていないらしい。

 それもそうだろう、対外的に話を聞く限りでも『私がこの世界のヒロイン』と主張するような女性がいるだけで、職場が乱れることは間違いない。

 プライベートでの顔はともかく、ビジネス上では男女の区別なく厳しいと評判のこの叔父からしてみれば、そんな居るだけで職場の毒になりそうな社員は不要、と即座に切り捨ててしまいそうだ。

 加えて、そんな『ヒロイン』をみすみす見逃しているその会社とも、取引したくはないと彼ならばそう言うだろう。


「叔父様、それはさすがに極端ですわ」


 苦笑いと共に葉月がそれをやんわり否定すると、瑠架は居心地が悪そうな顔になって


「……うん、まぁ必ず存在するわけじゃないよ。でもね葉月、そういう勘違いを本気で思い込んじゃうような、そんな人がいるっていうのも事実。梧桐さんがそういう子じゃないって、信じたい……かな」

「瑠架……」


 何かを心に秘めた、そんな辛そうな表情をした親友の顔から、葉月は一時視線をそらせなかった。


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