表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

21.生真面目×デート

「そういえば四条さんはファストフード研究のプロジェクトも立ち上げている、とお聞きしましたが」

「……蓮司か。ああ、まぁあちらは部下に任せているが」


 幾度目かのお誘いを受け、どこへ行きたい?と問われた葉月はふと思い出した蓮司の言葉を口にしていた。

 以前、葉月が退院したその日に初ファストフード体験をした拓人が、即座にファストフード研究プロジェクトを立ち上げてしまった、ということを。

 拓人もその時のことを思い出して少し恥ずかしかったのか、視線を宙に彷徨わせながら早口でそれに応じる。


 元々シジョウ・コーポレーションはファストフードどころか食品業界に手を出してはおらず、このプロジェクトの目的も新しいファストフードの形を模索する、というどちらかというと技術協力的な目的で始められたものだったという。

 現在は、実際の顧客層やどんなものをその顧客が望んでいるのかというリサーチ段階であるらしく、それもその対象がハンバーガーであるのかコーヒーであるのか、はたまたベーグルであるのか牛丼であるのか、そういった違いも考えてデータ収集をしているところだ、と拓人はそう語る。


 それなら、と葉月はこう提案した。


「今日は街中を見て歩きませんか?車じゃ見えない、新しい発見があるかもしれませんよ」




 向かった先は、葉月がよく買い物に行く繁華街だった。

 休みとあって人通りも多く、あちらこちらの店から違ったテイストの音楽がもれ聞こえており、拓人はいちいち足を止めては興味深そうに店先を覗き込んだりしている。


「葉月さんはいつもこういったところで買い物を?」


 プライベートでは、彼はいつしか彼女を『葉月さん』と呼ぶようになっていた。

 彼女の方はまだ名前で呼んでいないのだが、彼はそんなことを気にした様子もなく、意外と甘さを含んだその声で柔らかく名を呼んでくれる。


『葉月』と叔父に名を呼ばれる時は、彼に必要とされているんだと嬉しくなったが。

『葉月さん』と拓人にそう呼ばれると、どこかくすぐったくて、だが少し居心地が悪くて、落ち着かない気持ちにさせられる。

 その気持ちをなんと呼ぶのか、もう答えはとっくに出てしまっているのだが……それでもこのプロジェクトが終わるまではと、彼女は己の心を律し続けている。


「そうですね。ここは繁華街の中でも輸入雑貨や海外のノンブランド製品を取り扱ったお店が並んでいるので、予算的にも財布に優しいというのが気に入ってます。反対側の専門店街はブランド物中心ですから、お呼ばれものの服を買う時はあちらですね」

「なるほど。雑多に並んでいるように見えて、きちんと客層を見極めて区分けされているわけか。……しかし『こちら側』は酷く賑やかだな。アジア雑貨の店の隣が、スパニッシュオムレツの専門店……人種も肌の色も言葉も違うのに共存できている、というのが面白い」


 ただ雑多に並んでいるだけじゃない、タイプも主義主張も店の規模も扱う商品も違うのに、それらは確かに並んで共存しているように見える。

 田舎の商店街のように手を取り合って仲良くしている、というわけではないのは見ていてわかるのだが、それでも最低限互いに干渉しあわないように、いがみ合わないようにしているのだろう。



 そうやっていくつかの店を通り過ぎたところで、拓人はふと足を止めて真っ直ぐにショーウインドーを覗き込んだ。


『いらっしゃいませ』


 そこにいたのは、最近テレビなどでも著名になってきた受付ロボット。

 しかしソレは表情が豊かでも動き回れるタイプでもなく、ただ受付カウンターの上に陣取り、大きなパネルを掲げるだけの原始的なロボットだった。

 そのロボットが掲げるタッチパネルには、【御用の部署はどちらですか?】と書かれてあり、その下には【営業部】【総務部】【人事部】【社長】などという項目が並んでいる。


 その店は中古の雑貨などを取り扱うリサイクルショップだ、当然営業部や総務部などといった部署は存在しない。

 つまりこのロボットもまた、中古として売り払われた商品だということだ。


 拓人が興味を持ったらしいことがわかった葉月は、店員にこのロボットについて話を聞いてみた。

 するとやはり、つい最近までとある会社の受付用としてカウンターに置かれてあったものの、新しもの好きな社長が別の受付ロボットを購入したことで、不要となりここに売り払われたのだという答えが返ってきた。


(もしかして、お買い上げ?)


 と一瞬葉月はそう考えてしまったものの、だがすぐに拓人のこの興味の持ち方はあの『ファストフードへの興味』を彷彿とさせる、似たようなものだと気づいて胸を撫で下ろした。

 さすがにこの大きな受付ロボットをシジョウの受付に置く、となると本職の受付嬢達が黙ってはいないだろうからだ。


「タッチパネル、か……」


 呟かれた言葉は、葉月の耳にだけ届いて消えた。





「タッチパネル式の注文方式って、欧州では実際に運用されているようですよ」

「あぁ、やはりそうだったか」


 拓人が思いついたのは、あの受付ロボットのようにタッチパネルで好きな商品を注文できる、非対面型の注文形態だった。

 日本ではところどころ試験的に運用されている店もあるようだが、やはり中々浸透しないらしくそれほどメジャーではない。

 それというのも、欧州での注文時はクレジットカード決済一択であるのに対し、日本ではさほどクレジットカード決済という文化が広まっていないから、ということが原因であるらしい。


 それなら、携帯で決済できるコンビニのようにファストフードでも携帯決済を導入すればいいんじゃないか、と彼は言う。

 通常、携帯決済だけなら今でも普通に行えるはずだが、それが非対面型のドライブスルーなどの場合はそうも行かないのが現状だ。


 タッチパネルで注文し、決済はクレジットカードかあらかじめ買っておいたプリペイドカード、もしくは携帯。

 そして商品は引渡しボックスの中に入れ、そこから取り出してもらうことで完全なる非対面を実現することができる。

 ただし商品を実際に調理したり袋につめたりするのは生身の人間がやるので、全く人の手を介さないというわけでは勿論ないのだが。


「現代社会では、どんどん人と人との繋がりが薄れていっている。本来なら人との関わりを全く持たないという形は非難されるようなものなのだが、やはりこういった社会で生き難い者もいるだろう。……何らかの理由で人と顔を合わせたくない、そういう者もいるかもしれない。ただ人が嫌い、そういう者だっているかもしれない。だから、そのための楽な注文方法もあってもいいんじゃないかと、そう考えたんだ」

「ニッチ戦略ですね。……とはいえ、人との関わりを嫌う人は意外と多いでしょうから、どちらかというと店員の顔色なんかを気にしなくて済むこの方法は、好まれるかもしれませんよ?」

「そうかもしれないな。一応、案として部下に伝えておこう」


 もしかして四条さんも人付き合いが苦手ですか?

 とは、彼女はあえて聞かなかった。

 彼は四条家の御曹司で、既に前当主たる父親を亡くしていることからいずれは当主に、そしてシジョウ・コーポレーションの社長になるべき存在だ。

 人付き合いが苦手なんです、と言って許される立場ではないのだから。




 かくして、ファストフード・プロジェクトは発案者である四条拓人の一言を得て方向転換し、いかにスマートに非対面型ファストフード店を成功させるかという話題で、酷く盛り上がったのだという。

 そこにも相談役として顔を出していたヴィオルは、シャイな人種として印象付けられていた日本人の『実は意外なぼっち好き人種』という一面を垣間見たことで、ちょっぴり人の見方が変わったのだと零していた。


 それはさておき、シュナイダー社との間で進んでいる本題のプロジェクトは順調に成果を上げていき、今は体験版を無料配布して使い心地をリサーチするという、最終段階へと進んでいた。

 あの一件以降、有沢の部下がその後任としてプロジェクトチームに加わったものの、彼は葉月のことを紹介された通り『シュナイダー社から来た調整役』として尊重し、あからさまに見下したりすることはなかった。

 他のメンバーも何事もなかったかのように振舞っていたため、有沢が彼の部下に代わった以外はこれまでと全く変わらず、スムーズに会議は進行していった。



「現段階でのリサーチ結果は……さほど芳しくはないですね。やはりシジョウグループは全体的に壮年から中年、そして老年者の利用者が多いですから、スマホアプリ自体を使いこなせない、使う気がない、という声が多いです。若年者の取り込みもしたかったところですが、一般企業のプロデュースとなると硬いイメージがあるのか……」


 どうにかなりませんかね?とシジョウ側の女子社員がそう問いかけると、ヴィオルは少し考えてから「ナビシステムとかつけちゃえば?」と提案してきた。

 グループ全体を島に見立てた土地に配置し、それぞれの建物にアクセスすれば業務内容を見たり商品の注文をしたり、病院であれば相談をすることも出来る。

 その形態がとっつきにくいのであれば、『島』全体を案内するナビシステムを作って、操作が難しいと言う高年齢者や情報端末が苦手な者に利用してもらえばいいんじゃないか、と彼はそう説明した。


「それなら、いいお助けアプリがありますよ。我が社の開発部がほんのお遊びのつもりで開発したものの、使い道がなくて放置されていたシステムなんですが。あれならもしかすると、若年層も興味を持ってくれるかもしれません」



 サンプルを、と乞われた葉月は即座にシュナイダー本社にメールを送り、テオドアが言っていた開発部のお遊びで出来上がったシステムについて、ヴィンスに問い合わせた。

 少し時間はかかったが、ややあって送り返されたメールにはサンプルとしていくつかの動画が添付されてあり、葉月は自分のPCをプロジェクターに繋いで、その動画をメンバー全員に見えるようにお披露目した。


『はじめまして、お客様っ!案内人のナビと申します。どちらに御用ですか?』


「……これは……」

「なぁ、これって」

「うん、いいな」

「萌え系ってやつですね」


 本当にただの気まぐれで作っただけだったらしく、背景も何もない真っ白なところに金髪碧眼の可愛い系美少女がにこにこと微笑んでいる。

 声は誰かのサンプルボイスを加工したのか、合成音声でやや聞き取りにくい部分もあるにはあるが、それも調整次第では耳に馴染みやすい高さの案内音声になってくれるはずだ。


「このナビシステムを改良して、案内役として組み込んでみたらどうでしょう?勿論不要な客層も踏まえてON/OFF機能をつけておけばなおよし、声もフルボイスにする必要はないですから、挨拶程度の音声があれば充分でしょうし」

「なぁ、もしこれを改良するとしたらそちらさんの開発部で引き受けてくれるのか?」

「そうですね、開発元はうちですから改良してこちらに提供するまではさせてもらいましょう。何かご要望は?」

「そうだな、それなら」


 と、拓人が口にしたいくつかの条件に、ぴしりと表情を固まらせたのはヴィオル一人。

 事情を知らない他のメンバー達は、それいいですね、と盛り上がっている。


(もしかして……今四条さんが指定した子のモデルって……彼の妹さん、なのかしら)


 名前はユリ。髪はフワフワショートボブで色はピンクベージュ、くりくりと大きな瞳は赤みの強い赤褐色。

 そんな『萌え』とは縁遠そうな拓人の具体的過ぎる指定は、どう考えてもモデルがいるとしか思えなかった。

 そしてそれは、彼が以前話してくれた『ヒロイン』を望むあまり心を壊してしまったという、義妹のことなのだと……何故だか、葉月にはそう感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ